【背景】原動機付き自転車を含む自動二輪車(以下オートバイ)の乗車用安全帽(以下ヘルメット)が頭部保護に関して効果の高いことは周知のごとくである。一方,ヘルメットを着用していたにもかかわらず,頭部外傷で救急医療施設に搬送されるオートバイ事故患者は少なくない。現在,オートバイ用ヘルメットは,日本工業規格(以下JIS)により排気量125cc以下の1種と,排気量に関係のない2種の2種類に分類されている。これらの保護性能を実証実験と実態調査によって検証することを目的とした。【対象・方法】(実証実験)JIS 1種,2種ヘルメットに対し同一条件で衝撃吸収試験を実施した。人頭模型にヘルメットを装着し,衝突時の推定速度が20km/hおよび28km/hとなる高さより自由落下させ,衝突時のヘルメット内部の衝撃加速度を測定した。(実態調査)関東圏を中心に救命救急センター 30施設に対し2013年5月1日から7月31日までの3か月間に発生したオートバイ事故とヘルメットの装着状況を調査した。【結果】〔実証実験〕推定速度20km/hでの衝撃加速度は1種223±2.5G,2種205±3.2G,28km/hでは1種352±2.8G,2種232±3.2Gであった。28km/hの1種では,脳に重大な損傷を与えるとされる300Gを超えていた。〔実態調査〕302例の回答が得られた。55%が交差点内で発生し,接触・衝突が6割を超えた。さらにJIS 1種,特にハーフ形では衝突時の衝撃で脱落が確認されたものが34.3%に及んだ。また,非脱落群162例中31.3%に頭部外傷がみられた。【結語】JIS 1種,特にハーフ形では衝突時に脱落してしまうものや頭部外傷が多く,頭部を保護する目的で定められた法令に見合った保護性能を有するとは言い難かった。この結果を啓発することで,消費者がヘルメットを購入する際の判断基準の一つになることを期待したい。 [Background] Helmets for motorcycles, including motorbikes, are known to be effective head protection. However, there are many motorcycle accident patients transported to emergency medical departments for head trauma, despite wearing a helmet. In Japan, motorcycle helmets are divided into two types on the basis of Japanese Industrial Standards (JIS), the first being helmets for motorcycles with an engine displacement of ≤125cc and the second for helmets unrelated to engine displacement. The objective of this study was to compare the protective performance of these helmets through practical experiments and fact–finding surveys. [Subjects and Methods] Practical experiment: A shock absorption test of JIS type 1 and 2 helmets was performed under identical conditions. The helmets were placed on a human head model and dropped to free fall from the height at which the estimated speed at collision was 20km/h and 28km/h while measuring the shock acceleration inside the helmet during collision. Fact–finding survey: Survey forms on motorcycle accidents, including whether helmets were worn, that occurred during the 3–month period from May 1 to July 31, 2013, were distributed to 30 emergency medical centers in Japan. [Results] Practical experiment: At the estimated speed of 20km/h, the shock acceleration was 223 ± 2.5G for the type 1 helmet and 205 ± 3.2G for the type 2 helmet. At the estimated speed of 28km/h, the shock acceleration was 352 ± 2.8G for the type 1 helmet, in excess of the 300G believed to cause serious injury to the brain, and 232 ± 3.2G for the type 2 helmet. Fact–finding survey: Answers were obtained for 302 patients. Half or more of the accidents happened in an intersection, and over 60% were caused by collisions with vehicles. In addition, the helmet came off as a result of shock during collision in 34.3% of cases with the JIS type 1 helmets. Also, head trauma was observed in 31.3% of the 162 patients whose helmets did not come off. [Conclusion] Head injuries decreased in correlation with protective performance and protective range, so the protective performance of JIS type 1 hardly measures up to the laws established to mitigate trauma. We hope that by dissemination of these findings, they will become one of the determination criteria a consumer uses when purchasing a helmet. 1957年,スネル記念財団 1が設立され,ヘルメットの安全規格が提唱されて以来,ヘルメットの安全規格はより高いものへと進化してきた。わが国においても,1985年7月1日より全排気量の二輪車乗員(側車および後部乗員を含む)に対し,ヘルメットの着用が法令により義務づけられ,頭部保護に関する効果が報告されている 2, 3, 4, 5, 6。しかし,救急医療の現場ではヘルメットを装着していたにもかかわらず,頭部外傷により搬送されるオートバイ事故患者はいまだ少なくない。 ヘルメットは形状から,ハーフ形,スリークォータ形,ジェット形およびフルフェイス形に分類され,日本工業規格(Japanese Industrial Standards: JIS)では2007年より排気量125cc以下の自動二輪車乗員を対象とした1種と,排気量無制限の2種に分類して,ハーフ形,スリークォータ形を1種,ジェット形,フルフェイス形を2種としている(Table 1) 7。今回JIS 1種ヘルメット特にハーフ形の保護性能を実証実験と実態調査より検証した。 JISのヘルメットの衝撃吸収試験は,1種では172cmの高さから落下。2種では1回目は250cmの高さから落下させ,さらに128cmの高さからもう一度同一点に衝撃を加えるという異なる条件下で実験が行われている。1種,2種とも衝突時のヘルメット内部の衝撃加速度は,300Gを超えないことと規定されている 7。今回の実験では同一条件での衝撃吸収能を比較するため,ヘルメットを人頭模型に装着し,同一の高さからの自由落下とした。路面または平坦な障害物への衝突を仮定して平面の鋼鉄塊に,骨折を想定した場合衝撃に弱い部分となるヘルメット側面 5を衝突させ,人頭模型内の衝撃加速度を計測した。 落下地点の設定については,人頭の耐性限界速度が約20km/h 5であることから165cm(衝突時推定20km/h)と,原動機付き自転車の法定速度上限を考慮し,JISよりも厳格なSnell基準 1で設定されている326cm(衝突時推定28km/h)とした。 ヘルメットは1種,2種ともJISに適合した同一製品を1種ではハーフ形を,2種ではフルフェイス形をそれぞれ6個用いた。また,衝撃吸収試験は1個のヘルメットに対し1回とし,すべてに再現的に実験が行えるよう衝撃点の範囲や試験装置はJISに準拠し,ヘルメット会社所有の衝撃吸収試験装置,および同社所有の解析装置で衝撃加速度を測定した(Fig. 1)。 Illustration of apparatus for shock absorption test. Quotation: Japanese Standards Association: Protective helmets for vehicular users. JIS T 8133:2007 17) 測定値は平均値±標準偏差で表示し,脳に重大な損傷を与えるとされる300G以上 8の衝撃加速度を危険と判断した。統計学的検討は,統計解析ソフトIBM SPSS STATISTICS 21を用いて,χ2検定τ検定で危険率5%未満を有意とした。 関東圏を中心に調査協力可能と回答した35救命救急センターに,オートバイ事故症例の実態調査を行った。調査期間は2013年5月1日から7月31日までの3か月間とし,調査項目は,事故の概要・ヘルメットの種類と脱落の有無・負傷部位と重症度を調査した。 落下点165cm(衝突時推定20km/h)での衝撃加速度は1種223±2.5G(mean ± SD),2種205±3.2Gであった。落下点326cm(衝突時推定28km/h)では,1種352±2.8G,2種の232±3.2Gであった(p<0.005)(Fig. 2)。 Shock absorption test. Shock accelerations between two groups (type 1 and 2) were compared in each tests (drop at 165 and 326cm). There were significant (p<0.05) differences in both comparisons. Error bars mean standard deviations. 30施設より,302例の有効回答を得た。性別は,男性260例,女性42例であった。1種が対象となる125cc以下の小排気量のオートバイ事故は202例66.9%であった。事故状況は,交差点内での事故が161例(55.5%)で,自動車との事故が半数を超えていた。 着用していたヘルメットは,ハーフ形;105例,スリークォータ形;13例,ジェット形;73例,フルフェイス形;93例,不明;15例,未装着が3例であった。衝突時に脱落が確認されていたものが67例あり,ヘルメットの形状別では,ハーフ形36例(34.3%),スリークォータ形;1例(7.7%),ジェット形17例(23.3%),フルフェイス形13例(14.0%)であり,ハーフ形の3割以上で脱落を認めた。 非脱落群164例における,ヘルメット形状別の負傷部位の数(重複あり)をTable 2に示す。ハーフ形装着例の31.3%(15/48例)に頭部外傷を認めた(Table 2)。これを排気量125cc以下の小排気量で区切ると,ハーフ形;47例,フルフェイス形;23例であり,頭部外傷はハーフ形15例(31.9%),フルフェイス形3例(13.0%)に認めた。 オートバイの性能向上とともに,ヘルメットの安全規格はより保護性能が高いものへと改訂を重ねている。現行のJISも1970年に規格が制定されてから,1994年に一部改訂を経て,A種,B種,C種の3つから2007年に1種および2種に規格が改訂されている。しかし,基本的にバイクの排気量で分類されていることには変わりはない7。 過去,我々は1998年にJIS A,B,およびC種のヘルメットにおける保護性能の比較検討を行い,規格適合試験においてA種では,衝撃加速度400Gを越える値が測定され,A種ヘルメットの危険性を報告した。そのため,より性能が高く,保護範囲が広いヘルメットの着用を推奨してきた。日本ヘルメット工業会への電話調査によれば,2014年度の販売されたヘルメットの割合は,1種が25%で2種が75%と開きがある。タイプ別の販売実績をみても,ハーフ形17%,スリークォータ形11%,ジェット形27%,フルフェイス形45%とハーフ形の着用比率は減少しているかのようにみえるが,今回の実態調査では,302例中105例がハーフ形を着用していた。日本ヘルメット工業会は54社中17社しか加盟しておらず,全体の販売数の45%弱であり,非加盟の多くがハーフ形を販売している会社であり,販売実績とは反対にいまだ一般消費者に広く普及している要因と考える。 今回,規格変更されたJIS 1種および2種に対し,前回と同様に保護性能の比較検討を行った。衝突時の推定速度20km/hでは,1種223±2.5G,2種205±3.2Gと両者とも有効な保護性能を有していたが,衝突時推定速度28km/hでは,1種352±2.8G,2種232±3.2Gと大差があった。JIS 1種は脳に重大な損傷を与えるとされている300G 8, 9, 10を超えていた。衝突時の推定速度が30km/h近くになるとJIS 1種は頭部外傷を緩和するのに十分な衝撃吸収能力がないことが分かった。30km/hという条件は,一般道路における使用状況下で十分起こりうる速度であり,交差点侵入後に自動車などと衝突すれば,相対速度から容易に超過すると推測される。 さらに,ハーフ形の脱落率は34.3%に及び,他のヘルメットより脱落率が高く,非脱落群においても31.3%に頭部外傷を認めた。また125cc以下で区切っても,頭部外傷はハーフ形15例(31.9%),フルフェイス形3例(13.0%)に認め,小排気量の事故であってもJIS 1種がJIS 2種と同等の保護性能を有するとは言い難かった。すなわち,JIS 2種を着用していれば予防できた頭部外傷があったと推測される。 このことは,医療費にも反映される。類似の受傷機転で異なるヘルメット装着していた事例の医療費を比較すると,フルフェイス形を着用し原動機付自転車で交差点内において普通自動車に衝突した50歳代の男性は脳震盪と診断され,一般床に経過観察目的で3日間入院となり医療費は140,180円となった。これに対しハーフ形を着用し,原動機付自転車で交差点内において普通自動車に衝突した60歳代の男性は,急性硬膜下血腫と診断され,緊急で開頭血腫除去術が施され,救命救急センターに10日間入院し医療費は,1,879,530円となった。ほかにも,同様の事故で30代の男性は,急性硬膜外血腫で穿頭脳室ドレナージを施行され,14日間の入院で医療費は,990,270円となり,同じく外傷性くも膜下出血と硬膜外血腫で,14日間入院した30代の男性は保存療法にもかかわらず,14日間の入院で1,079,860円の医療費となった。保護性能を軽視すれば,事故にあった際に多額の医療費がかかるばかりか,時に重篤な後遺症を被ることにもなりかねない。 また,交通外傷による頭部負傷の度合いは必ずしも乗車する二輪車の排気量と比例するものではない。しかし,排気量125cc以上のオートバイに搭乗者がJIS 1種ヘルメットを着用したり,消費生活用製品安全法によって,一般消費者の生命または身体に対して,特に危害を及ぼすおそれが多い製品にはPSC(Product Safety of Consumer Products)マークが付けられている。このPSCマーク適応外の装飾用ヘルメットを着用しても,現行の道路交通法では取り締まることができないことも問題である。 保護性能の高いフルフェイス形が敬遠される理由の一つに着脱性がある。近年,フルフェイス形の顎の部分が可動式になったシステム形ヘルメット(Fig. 3)も登場した。このシステム形ヘルメットを,普段フルフェイス形を使用している当院職員の20歳から40歳までの男性10人に着用させ,着脱に関して従来のフルフェイスとの比較を5段階で評価した。結果は,10人中8人がフルフェイスと比べて着脱が容易であると回答した。また,ヘルメット着用時の頭部不快要因としては,頭部の蒸れ感が主要因であり,無風状態におけるヘルメット内の換気が重要とされている 11。システム形では信号待ちなどで停止した際に,顎を挙げて換気を行うことができるため不快要因が軽減される。こうした保護性能の高いヘルメットが小排気量のオートバイ乗員にも広く普及していくことを期待したい。 System type helmet. It is new shape of full–face type. 本研究では,多施設においてのオートバイ事故とヘルメットの着用について302例の貴重な回答を得た。しかし,その外傷が生命を脅かす可能性があるかどうかは,abbreviated injury score(AIS)により重症度を定量化することが必要であったが,AISだけでなく最終診断名や転記が不明であり,重症度評価を加味した統計学的検討は不十分であった。 また実際に着用していたヘルメットは,最も保護範囲が狭いハーフ形の占める割合が高かったが,PSCマーク適応外ヘルメットであったか否かは評価しておらず,昨年の販売実績(1種が25%で2種が75%)と反対に,いまだ一般消費者に広くハーフ形が普及している要因についての検討は今後の課題と考える。 JIS 1種のヘルメットは保護性能,保護範囲は必ずしも満足できるものではない。JISの規格再検討や道路交通法の改正を含め,保護性能の高いヘルメットの使用を啓発すべきと考える。また,消費者がヘルメットを購入する際の判断基準の一助になる保護範囲や保護性能の掲示等を行うことで重症頭部外傷や後遺障害が少しでも減少することを期待したい。 利益相反:衝撃吸収試験の検討に当たっては,株式会社SHOEIの衝撃吸収試験装置および,同社所有の解析装置を使用した。 本報告の要旨は,第41回日本救急医学会総会(東京,2013年10月),7th Asian Conference on Emergency Medicine(Tokyo, Japan, 2013),第50回交通科学学会学術総会(東京,2014年6月)で発表した。
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