感染性肝嚢胞はしばしば症例報告され経皮的ドレナージの対象となるが,感染性肝嚢胞穿孔は極めて稀な疾患である。今回我々は,術前に診断困難であった感染性肝嚢胞穿孔により汎発性腹膜炎を来した1例を経験したため報告する。症例は86歳の男性。既往に肝S2に嚢胞の指摘あり。胆嚢炎,胆管炎で1か月の入院歴があり,内視鏡的乳頭切開術および抗菌薬治療で改善し退院となっていたが,退院当日夜間より39℃の発熱があり,改善に乏しいため再入院となった。CTで胆嚢腫大,壁肥厚があることと胆管炎を否定できないことから,内視鏡的胆嚢・胆管ドレナージを施行し抗菌薬投与を開始した。既知の肝嚢胞は壁の造影効果に乏しく感染は否定的であった。解熱傾向にあったが,入院4日目に40℃の発熱と腹膜刺激徴候を認め緊急手術を行った。手術所見として,既知の肝嚢胞に穿孔を来し膿汁流出を認め,嚢胞開窓ドレナージ術および胆嚢摘出術を施行した。術中よりショック状態であり集中治療管理を要するも,術後経過は良好であり術後37日目に自宅退院した。胆道系感染からの逆行性感染により既知の肝嚢胞に感染を来し穿孔したものと考えられたが,術前診断は困難であった。しばしば診断確定困難な急性腹症が散見され低侵襲治療が試みられるが,腹部所見を手がかりにして手術のタイミングを逃してはならない。 Infected liver cysts are often reported in cases and are treated by percutaneous drainage. However, infected liver cyst perforation occurs very rarely. Herein, we report a case of peritonitis caused by perforation of an infected liver cyst that was difficult to diagnose before surgery. The patient was an 86–year–old man with a cyst in liver S2. He had a history of hospitalization for 1 month with cholecystitis and cholangitis. Although he was discharged from hospital, he had a fever of 39℃ on the night of discharge. Therefore, he was re–hospitalized. Endoscopic gall bladder/bile duct drainage was performed and antibiotic drug administration was initiated. While there was a tendency towards fever, he ultimately developed a fever of 40℃ and signs of peritoneal irritation on the fourth day of hospitalization, which required an emergency operation. Perforation and pus were observed in the known liver cyst, and cyst open fenestration drainage and cholecystectomy were performed. The postoperative course was good and the patient was discharged from hospital on the 37th postoperative day. Often acute abdominal disease, which is hard to diagnose, is only found incidentally. However, we should not miss the clues from abdominal findings that lead to surgery. 肝嚢胞はcomputed tomography(以下CT),腹部超音波検査で発見されるありふれた病変であり,ときに感染を併発し治療を要するが感染性肝嚢胞穿孔は極めて稀な疾患である。我々は,肝嚢胞感染から穿孔および汎発性腹膜炎を呈し緊急手術を要した稀な1例を経験したため報告する。 なお,本研究はHelsinki人権宣言に基づいており,所属施設の倫理委員会の承認を得ている。また個人情報保護に基づき匿名化をしている。 患 者:86歳の男性 主 訴:全身倦怠感,食欲不振 現病歴:7日前からの発熱,全身倦怠感が改善せず,食事摂取困難となり当院受診。 既往歴:発作性心房細動,慢性腎不全,肝嚢胞(S2),急性胆管炎 来院時現症:意識清明。血圧71/52mmHg,脈拍80bpm,呼吸数16/分,SpO2 98%(room air),体温38.9℃であった。身体診察では腹部を含め有意な異常所見を認めなかった。 血液検査では,WBC 15,400/μL,CRP 20.86mg/dLと炎症値の上昇,BUN 53.0mg/dL,Cre 2.19mg/dLと腎機能の増悪,T–Bil 2.9mg/dLと上昇を認めるもその他の肝胆道系酵素の上昇は認めなかった。尿培養は陰性,血液培養は1/4本でEscherichia coliが陽性であった。胸腹部CT,magnetic resonance cholangiopancreatography(以下MRCP)で胆嚢腫大およびび漫性の総胆管拡張を認めたため,endoscopic retrograde cholangiopancreatography(以下ERCP)を施行したが造影欠損は認めず,傍乳頭憩室による生理的変化と判断した(Fig. 1a, b)。乳頭炎の可能性は否定できず悪性腫瘍の関与も懸念されたことから,endoscopic sphincterotomy(EST)および生検を施行したが悪性所見は認めなかった。絶食,meropenem(以下MEPM)による抗菌薬治療で速やかに解熱,炎症値の低下が得られ,経過中出血性十二指腸潰瘍合併などがあり入院が長期化したものの第37病日に独歩退院となった。しかし,退院当日夜間より39℃の発熱を認め改善に乏しく退院後4日目に当院再受診した。 (a) MRCP recognized diffuse biliary dilatation. (b) ERCP recognized diffuse biliary dilatation but did not recognize image of contrast defect. (c) Pneumobillia considered to be a change after EST is admitted. (d) Accepted gallbladder swelling and surrounding fluid accumulation. (e) No contrast effect of liver cyst wall was recognized. (f) Endoscopic gallbladder biliary duct drainage was performed. 来院時血圧83/54mmHg,脈拍130bpmで心房細動,呼吸数18/分,SpO2 98%(room air),体温37.5℃であった。身体診察では心窩部に軽度圧痛を認めるのみであった。 血液検査では,WBC 13,900/μL,CRP 16.43mg/dLと炎症値の上昇,BUN 39.0mg/dL,Cre 1.21g/dLと腎機能の増悪,肝胆道系酵素はT–Bil 1.4mg/dL,ALP 411IU/Lと上昇を認める以外は正常であった。 CTではEST後の変化と思われるpneumobilliaおよび胆嚢腫大を認めた(Fig. 1c, d)が,肝嚢胞壁の造影効果は認めなかった(Fig. 1e)。胆道系感染と判断したが腹部所見に乏しく,手術などより低侵襲であるERCPによる胆嚢・胆管内瘻化ドレナージを行った(Fig. 1f)。胆汁培養ではEscherichia coli,Enterococcus faeciumが検出された。絶食,MEPM投与で熱型,炎症値ともに改善傾向にあったが,第4病日に再度39.8℃まで発熱し,心窩部痛の増悪と腹壁全体の緊張を伴う腹膜刺激徴候を呈した。頻呼吸および発熱からやや不穏,SIRSを呈しqSOFA スコアは2点,SOFAスコアは1点であった。血液検査ではWBC 11,300/μL,CRP 10.83mg/dLと炎症値の増悪は認めなかったが,日本止血血栓止血学会DIC診断基準2017年版感染症型で5点とDICを呈していた(Table 1)。CT上多量の腹水の出現および既知の肝嚢胞に壁の造影効果を認めた(Fig. 2a, b)。感染性肝嚢胞が疑われたが,汎発性腹膜炎を呈していたため緊急手術を行ったところ,腹腔内に大量の混濁した腹水を認めた。胆嚢は肉眼的な炎症所見には乏しかったが,胆汁培養から細菌検出があり摘出,また肝S2の嚢胞にpin hole上の穿孔所見と膿汁流出を認め(Fig. 2c),嚢胞開窓術,洗浄ドレナージ術を施行した。手術時間は3時間42分,出血量は140mL,腹水および膿汁培養からは細菌検出は認めなかったものの膿汁中白血球は強陽性であった。術中より平均動脈圧65mmHgの維持にノルアドレナリン0.06γ,ドーパミン5γ投与を要するショック状態であったが,lactateは2mmol/Lを超えることなく推移し敗血症よりも循環血液量減少性ショックの要素が強かった。術後人工呼吸器管理,昇圧薬投与,アンチトロンビンIII製剤,トロンボモジュリン製剤の使用,ヒドロコルチゾン200mg/日使用など集中治療を要した(Fig. 3)が第37病日に独歩退院となった。 (a) Contrast effect of liver cyst wall was recognized. (b) A large amount of ascites appeared. (c) Liver cyst was infected and perforated. (d) Contrast agent reflux from the duodenum to the common bile duct. Clinical course of the patient. NAD: noradrenalin, AT III: antithrombin III, rTM: recombinant thrombomodulin, MEPM: meropenem, VCM: vancomycin, LVFX: levofloxacin, MBP: mean blood pressure 退院後経過は良好も,上部消化管造影で十二指腸から総胆管への逆流所見を認め(Fig. 2d)乳頭機能不全もしくはESTにより逆流を招いた可能性が示唆された。 肝嚢胞は日常診療においてよく遭遇する病変であるが治療を必要とする頻度は高くない 1。嚢胞の巨大化による圧迫症状や,嚢胞の細菌感染や出血を合併すれば治療対象となるが,感染性肝嚢胞の本邦報告例は100例に満たず 2, 3比較的稀な病態である。感染性肝嚢胞の臨床像として,肝膿瘍が左葉に生じることが稀であるのに対し,比較的均等に右葉,左葉に認めることおよび感染例の多くが5cm以上の嚢胞であることが報告されている 4。治療として経皮的ドレナージ術が試みられる報告が多く 5手術加療を要する例は少ないものの,経皮的ドレナージ術困難,ドレナージ後の再燃,感染コントロール不良を理由に手術施行となった報告が散見される 6, 7, 8。また細菌性肝膿瘍が穿孔し手術を要した報告も認める 9が,本症例のように感染性肝嚢胞が穿孔し手術となった例は検索し得る限り報告がなく,極めて稀な例であるといえる。細菌性肝膿瘍での穿孔頻度は7.1~15.1% 10,肝膿瘍全体での腹腔内への穿孔頻度は1.8% 11と報告されており,感染性肝嚢胞穿孔となるとそれ以下の頻度であると考えられる。 肝嚢胞への感染経路として胆道系が多いと言われており 12,本症例も再入院時胆汁培養から細菌が検出され,先行する胆道系感染から逆行性に嚢胞内感染を来したものと考えられた。嚢胞内感染では超音波検査で嚢胞内容物のエコー輝度増加など画像変化が生じることは知られているが,その変化は1か月程度遅れてから認める例もあり早期診断は困難である 13。CT上の嚢胞壁造影効果についても,感染性肝嚢胞の60%程度にしか認めないという報告があり画像上の確定診断は困難である 14。本症例でも再入院時CTでは,肝嚢胞壁の造影効果は乏しくこの時点で嚢胞内感染を起こしていたかは不明であった。また,手術前CTでも後方視的に読影すれば嚢胞壁の造影効果を認めるように観察されるものの確定できるほどの所見とはいえず,少なくとも穿孔を予測することは困難であった。穿孔後の画像変化に関しては稀な例であり,有用な報告がなく,多量の膿汁流出を伴えば嚢胞サイズの縮小を認めることが考えられるが,本症例ではpin hole上の穿孔で流出膿汁も少なく嚢胞サイズの変化は明らかでなかった。感染性肝嚢胞と診断し得たとしても穿孔を来しており,経皮的ドレナージ術では治癒し得ず手術加療の選択は妥当であったと考える。 本症例では膿汁培養から白血球が強陽性であったものの細菌検出は認めなかった。感染性肝嚢胞では,嚢胞内容の培養検査に先駆けて抗菌薬が投与される例がほとんどであり,40%の例で起炎菌が陰性になることが報告されている 2。本症例においても膿汁培養提出3日前より抗菌薬投与がなされており細菌検出を認めなかったのであろう。胆道系からの逆行性感染と考えられる例であり,起炎菌は入院時胆汁培養から検出されたEscherichia coli,Enterococcus faeciumと推察される。 内視鏡的治療や経皮的ドレナージの発達に伴い肝胆道系感染に対する手術機会は著しく減少している。CTなど画像診断の発達に伴い診断確定困難な急性腹症も減少し,診断未確定で手術加療を選択することはしばしばためらわれる。しかし,本症例のように術前確定診断困難ながら手術加療を要する例は確実に存在し,手術のタイミングを逃さないためにも丁寧な腹部診察と腹部所見に基づく手術選択の決断力が腹部救急に携わる医師には求められる。 本症例は感染性肝嚢胞穿孔という稀な疾患であり術前診断は困難であった。しばしば確定診断困難な急性腹症が散見され低侵襲治療から加療が試みられるが,腹部所見を手がかりにして手術のタイミングを逃してはならない。 本論文の要旨は,第45回日本救急医学会総会・学術集会(大阪)で発表した。 本研究に対して企業・組織または団体からの資金提供はなく,著者全員に発表内容に関係する企業・組織に関して利益相反はない。
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