【目的】血漿交換とステロイド投与による標準治療に反応しない,難治性の血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)にはリツキシマブの投与が有効であるが,その必要性や投与時期の判断には,ADAMTS13活性やADAMTS13に対するinhibitorの測定が必要となる。しかし,これらマーカーのリアルタイムな測定は限られた施設でしか行われていない。本研究では,当施設で経験したTTPを後ろ向きに検討し,簡便な血液データの推移から,難治性の判断およびリツキシマブ投与の判断が可能かどうかについて検討する。【対象】2008年から2013年の期間に経験したTTP 8例。【結果】標準治療に加えて,リツキシマブ投与が必要であったのは5例であった。これら難治性TTP群では,標準治療を続けるうちにinhibitorが再上昇する,inhibitor boostingが生じていた。血漿交換を続けるも,inhibitorが上昇し続けたため,リツキシマブ投与を行い,4例を救命し得た。この5例においては,7日以内のinhibitor boostingが起こった日に一致して,血小板数が再度低下する傾向が認められた。【結語】ADAMTS13活性やinhibitorの迅速な測定ができない場合でも,簡便な血小板数測定によってinhibitor boostingを察知し,早期にリツキシマブ投与の必要性を判断することが可能と考えられる。 Introduction: The effectiveness of rituximab administration for refractory thrombotic thrombocytopenic purpura (TTP) is well known. To determine the optimal timing of rituximab administration, evaluations of ADAMTS13 activity and its inhibitor are essential. The measurement of these variables, however, is limited in most hospitals. Method: We reviewed eight recent cases of TTP in six years and examined whether a commonly determined clinical parameter, such as platelet count or some other biochemical variable, could be a surrogate marker for the determination of the optimal timing for rituximab administration. Results: Of the eight cases, five were refractory to the standard therapies of plasma exchange and steroid administration. For these five cases, the ADAMTS13 inhibitor was boosted between days 4 to 7. Among blood variables, platelet counts decreased simultaneously on the day of inhibitor boosting. Conclusion: Since measurements of ADAMTS13 activity and its inhibitor, as well as rituximab administration, are limited in Japan, we believe the commonly measured variable of platelet counts could be a surrogate marker for determining the optimal timing of rituximab administration in TTP treatment. 血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP)は多臓器不全に至る重篤な血栓症であり,救命のためには集学的治療を要する。全TTPの95%以上を占める後天性TTPは,血管内皮細胞に発現するvon Willebrand因子(VWF)の特異的切断酵素であるADAMTS13(a disintegrin and metalloproteinase with a thrombospondin type 1 motif, member 13)に対する自己抗体(インヒビター)が後天的に産生されることで発症する 1。インヒビターにより,ADMATS13の活性が低下すると,VWFが切断されないため,超高分子量多重体(unsually–large VWF multimer: UL–VWF)が血液中を循環する。このUL–VWFが血小板と結合し,大量の血小板血栓を形成することで生じる微小血管障害が本疾患の本態である。 後天性TTPに対する第一選択として行われる治療法は血漿交換である。血漿交換によって,血中のADAMTS13インヒビター・UL–VWFM・サイトカインが除去され,ADAMTS13が補充される 2, 3。同時にADAMTS13インヒビター産生抑制を目的としてステロイドパルス投与(メチルプレドニゾロン1,000mg ×3日間)が経験的に行われてきた 4。血漿交換とステロイドパルス投与が標準的に行われるようになってからは,死亡率は大幅に改善し,現在は10%以下と報告されている 2。しかし,これらの治療を行っても寛解に至らない難治例には,抗がん剤や免疫抑制剤が使用されてきた。抗CD20抗体であるリツキシマブは自己抗体産生細胞を直接破壊することにより,ADAMTS13インヒビター産生を抑制する。リツキシマブがTTPに有効であると報告されて以来,多くの症例集積研究において難治性TTPに対する有効性が示されてきた 4, 5, 6, 7, 8, 9。現在のところ,血漿交換とステロイド投与による標準治療 3に反応しない場合は難治性と判断し,速やかにリツキシマブ投与を考慮するべき,と考えられている。しかしリツキシマブの適切な投与時期に関する一定の見解は本邦にはない。ADMATS13活性およびADAMTS13インヒビター値が連日測定できれば,早期に難治性と判断し,リツキシマブを早期に投与することが可能と考えられるが,これらのリアルタイムな測定は通常の医療機関では困難である。 本研究では,当院で経験したTTP症例の臨床経過から,簡便な血液検査で難治性TTPと判断し得る指標がないか検討し,さらにリツキシマブの適切な投与タイミングについても検討する。 2008年1月から2013年3月の間に奈良県立医科大学附属病院高度救命センターで加療した後天性TTP 8症例を対象とし,後ろ向きに検討した。 血液検査は,血小板数,ヘモグロビン値,血清LDH値,血清クレアチニン値,総ビリルビン値を連日測定した。ADAMTS13活性およびADAMTS13インヒビターは連日採血を行って血液検体を冷凍保存し,EIA法を用いて週に2〜3回の頻度で測定した。ADAMTS13活性は%,ADAMTS13インヒビタータイターはBethesda Unit(BU)を用いて表現する。 当施設でのTTP治療プロトコールは血漿交換(新鮮凍結血漿40~60mL/kg,5日間)とメチルプレドニゾロン;mPSL 1,000mg/day×3日間をまず行い,4日目からはmPSL 1mg/kg/dayの投与を継続し,経過をみながら漸減している。また,血漿交換も必要に応じて追加する。mPSL投与期間と血漿交換の追加は,ADAMTS13活性,ADAMTS13インヒビターおよび血液生化学検査に基づいて判断する。本治療プロトコールにて臨床症状,ADAMTS13活性,ADAMTS13インヒビター,血液生化学的検査が改善した後,再度悪化を認めなかった症例を“標準治療反応群”,プロトコールに沿った治療中に再度臨床症状が悪化した,あるいは治療に反応しなかった群を“難治性TTP群”とし,両群の経過を比較検討した。なお,寛解はステロイドの投与量が10〜20mgの維持量となってから30日間に臨床症状と検査所見に異常がみられない場合と定義する。また当施設での難治性TTPに対するリツキシマブの投与方法は375mg/m2を週1回,計4回投与としている 5。 表記は中央値と四分位区間とし,群間の比較はMann–Whitney U検定を用い,危険率5%未満を有意とした。 標準治療反応群は3例で,難治性TTP群は5例であった。 来院時ADAMTS13活性は両群ともすべての症例で検出感度以下であった。また来院時のADAMTS13インヒビターは難治性TTP群で高い傾向にあるものの,有意差は認めなかった(標準治療反応群vs難知性TTP群;2.1BU [1.7–3.4] vs 4.8BU [4.7–5.0],p=0.066)。来院時血小板に関しても両群で有意差を認めなかった(標準治療反応群vs難治性TTP群;1.2万/µL [0.9–1.6] vs 1.4万/µL [1.0–1.5],p=0.279)。 Clinical course of case 1. Case 1 was successfully managed with 4 sessions of plasma exchange and steroid administration. Platelet count (black squares, ×106/μL); ADAMTS13 activity (white circles, %); ADAMTS13 inhibitor (black triangles, BU/mL); mPSL, methylprednisolone. 標準治療反応群の代表症例の臨床経過をFig. 1に示す。症例は76歳女性で,入院当日より血漿交換を連日行った。メチルプレドニゾロン1,000mg/dayを3日間投与し,第4病日以降,50mg(1mg/kg)/dayで投与を続けた。これらの治療により,入院時には4.6BUと比較的高値であったインヒビターは低下し,再上昇を認めなかった。ADAMTS13活性も上昇し,血漿交換終了後の第6病日以降には軽度低下したものの20%程度にとどまった。血小板数は連日上昇し,経過中に低下に転じることはなかった。 難治性TTP群の症例6の経過をFig. 2aに示す。症例は47歳女性で,第3病日までは,標準治療にてADAMTS13インヒビターは低下し,血小板数は上昇したが,ADAMTS13活性は感度以下が続いていた。第3病日も血漿交換を行ったが,第4病日に血小板数は減少し,インヒビターも上昇に転じた。第4病日以降も血漿交換を継続したが,インヒビターは加速度的に上昇した。そこで第7病日にリツキシマブ投与に踏み切ったところ,第8病日の抗体価は減少に転じ,第12病日には血小板も再上昇し,第15病日には血小板数が10万/µLを超え,ADAMTS13活性も15%,ADAMTS13インヒビターも陰転化し,寛解し得た。 Clinical courses of cases 6 and 8. a) Case 6; Inhibitor boosting and platelet counts decreasing occurred at day 4. Rituximab was administered at day 7. b) Case 8; Inhibitor boosting and platelet counts decreasing occurred at day 5. Rituximab was administered at day 8. Platelet count (black squares, ×106/μL); ADAMTS13 activity (white circles, %); ADAMTS13 inhibitor (black triangles, BU/mL); mPSL, methylprednisolone. Fig. 2bに難治性TTPと診断し,リツキシマブ投与を行ったが,投与翌日に死亡した症例8の経過を示す。第4病日までは標準治療にて血小板は上昇,インヒビターも低下していったが,第5病日にインヒビターが上昇に転じ,血小板数も減少し,以後血漿交換を続けるもインヒビターは急激な増加を続け,第8病日には抗体値は20BU/mLを超えた。第8病日にリツキシマブを投与したが,第9病日の頭部CTにて出血を伴う多発脳梗塞を認め,同日に永眠となった。 Fig. 3に標準治療反応群の症例2と3,難治性TTPの症例4,5,7の血小板数とADAMTS13インヒビターの推移を示す。標準治療反応群ではADAMTS13インヒビターの再上昇は認められず,血小板数も治療開始後7日までに減少に転じる症例はなかった。一方,5例の難治性TTP群においては,ADAMTS13インヒビターの再上昇,inhibitor boosting 10, 11が第4〜7病日に起こっており,このinhibitor boostingに一致して血小板数が減少に転じていた。リツキシマブ投与は第5〜10日目に行われていた。 Course of platelet count and ADAMTS13 inhibitor in cases 2, 3, 4, 5 and 7 (a–e, respectively). In cases 2 and 3, platelet count (black squares, ×106/μL) and ADAMTS13 activity (white circles, %) increased and ADAMTS13 inhibitor (black triangles, BU/mL) decreased during plasma exchange and steroid administrations, while in cases 4, 5 and 7, platelet count decreased on the day of the inhibitor boosting (days 7, 5 and 5). 症例8以外ではinhibitor boosting時の血清LDH値と総ビリルビン値にも上昇が認められたが,標準治療反応群においても,血清LDH値や総ビリルビン値は増減している症例もあり,一定の傾向は認められなかった。 血漿交換とステロイド投与に反応した標準治療反応群は,治療開始直後よりADAMTS13インヒビターは減少し,ADAMTS13活性および血小板数が上昇していた。血漿交換終了後はADAMTS13の補充がなくなるため,ADAMTS13活性は若干低下するが,血小板数は上昇を続け,寛解に至る。こうした標準治療に反応する症例はTTPの80%以上を占める 2。一方で難治性TTPでは治療によって一旦は病態が改善する方向へ向かうが,経過中にADAMTS13インヒビターが再度上昇し,治療に抵抗性を示す。この現象は “inhibitor boosting” という概念で知られている 10, 11。“inhibitor boosting” とは,血漿交換当初は一時的にインヒビターのタイターが低下するが,血漿交換開始数日後よりインヒビターが再度増加するという現象である。Isonishiらは52名のTTP cohortのうち32名のTTPにおいて,血漿交換開始4日までに一旦低下したinhibitorが10日までに著明に増加した現象をinhibitor boostingと称している 11。我々はIsonishiらの報告と同様に,血漿交換とステロイド投与によって一旦は減少に転じたinhibitorが治療経過中に再度上昇する現象をinhibitor boostingと定義している。本現象の明確な機序は明らかではないが,ちょうど,ワクチン接種時のブースター効果と同様の現象が血漿交換でADAMTS13を補充することで生じるものと思われる。今回我々が経験した難治性TTP 5例すべてにこのinhibitor boostingが認められた。 この現象は難治性TTPの特徴と考えられ,inhibitor boostingを検知できれば,早期に難治性と判断し,速やかなリツキシマブ投与が可能になると考えられる。しかし,通常の医療機関でADAMTS13インヒビターを連日測定し,inhibitor boostingを検知することは不可能である。当施設でもリアルタイムな測定ではなかったため,結果的に難治性の判断,およびリツキシマブ投与に数日の遅れが生じたと考えられる。TTPに特徴的である破砕赤血球の出現割合,血清LDHやビリルビン値なども病勢の判断の参考とはしているが,TTP発病後の定量性には再現性などに問題もあり,標準治療に反応しているか否かの判断は難しい。今回の当施設での難治性TTP群の検討において,治療開始後のinhibitor boostingに呼応するように,血小板数の減少が認められた。これは血漿交換によって一旦は血小板数が改善するものの,inhibitor boostingによって,補充されたADAMTS13が速やかに失活し,血小板数が再度減少に転じたものと考えられる。ヘモグロビンやCre値にはこうした傾向は認められなかったことから,血漿交換によって上昇もしくは維持されていた末梢血の血小板数の再低下が,inhibitor boostingを示唆するものと考えられた。以上よりTTPに対して標準治療を行っている経過中,7日以内に血小板が再低下した場合には,inhibitor boostingと捉えて,リツキシマブの速やかな投与を考慮することが重要と考えられる。 リツキシマブの投与開始時期に関しては文献的にも一定の見解はない。Scullyらは新たに診断されたTTP患者に,標準治療に加えて3日以内にリツキシマブ投与を行った群では,寛解率,生存率とも有意に改善し,また再発率も低いと報告している 5。さらに54例のRetrospective studyにおいても,急性のTTPに対しては,3日以内の早期投与が早期の寛解に貢献することが示されている 12。本研究でのリツキシマブ投与は5日から10日目となっていた。Fig. 2aで示した症例6のようにinhibitor boostingが起こってから数日後にリツキシマブを投与しても寛解に至っている症例も存在したが,症例8のようにinhibitor boostingの程度が強く,ADAMTS13インヒビターが急激に再上昇し,救命できなかった症例もあった。症例8では,頭部CTで出血を伴う多発脳梗塞を生じたことから,急激に血栓症が悪化したものと考えられる。こうした症例では,もっと早期にリツキシマブを投与することで救命できたのではないかと考えられる。また,リツキシマブの投与が遅れる要因の一つに,本疾患に対するリツキシマブ投与が保険適応でない点が挙げられる。実際に投与する場合,非常に高額な患者個人負担,あるいは病院負担となる。この問題を解決するだけで,数日間の投与の遅れが生じ得る。現在,医師主導型のリツキシマブの治験が進行中であるが,早期の保険適応が待たれるところである。 本研究は単一施設での症例集積研究であり,多施設での症例集積研究ではないため,この点が本研究の限界である。さらに,本邦でのリツキシマブ投与を行ったTTPの症例集積研究は非常に少なく,保険適応が認められることで,今後さらなる症例の集積が可能になると考える。 標準治療に抵抗性を示す難治性TTPの本質は,ADAMTS13インヒビターの再上昇であるinhibitor boostingと考えられる。7日以内の血小板数の推移を指標に,inhibitor boostingを察知することで,早期のリツキシマブ投与が可能になると考えられる。 本研究において,申告すべき利益相反はない。