劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock–like syndrome: TSLS)は,突発的に発症して急激に進行する敗血症性ショックである。症例は46歳男性で,数日前より咳嗽と黄色膿性喀痰があり近医を受診し,重症肺炎の診断で当院救命救急センターへ転送となった。来院時呼吸不全,循環不全を呈し気管挿管,人工呼吸器管理下で入院となった。血液培養,吸引喀痰からA群溶連菌を検出し,肺炎によるTSLSと診断した。播種性血管内凝固症候群,急性腎不全,急性呼吸窮迫症候群も併発しそれぞれに対してトロンボモジュリン製剤の投与,持続血液浄化療法,airway pressure release ventilation(以下,APRV)による人工呼吸管理,腹臥位療法によって集学的治療を行い第24病日に独歩退院となった。本症例において救命することができた要因として,1日9時間の腹臥位療法に併用してAPRVでの呼吸管理を連日行い,排痰ドレナージし感染巣をコントロールできたことが考えられた。 Streptococcal toxic shock–like syndrome (TSLS) is characterized by sudden onset of symptoms and rapid progression, sometimes leading to septic shock. The present patient was a 46–year–old man. A few days previously, he developed a persistent cough and began expectorating yellow pus–like sputum. Another physician diagnosed severe pneumonia. He was brought to our emergency department with respiratory difficulty, and circulatory failure was noted upon arrival. After intubation, he was placed on artificial respiration and admitted to the hospital. Blood culture and analysis of extracted sputum revealed Streptococcus pyogenes, which, with concomitant pneumonia, is consistent with a diagnosis of streptococcal TSLS. Because the patient had developed disseminated intravascular coagulation, acute renal failure, and acute respiratory distress, thrombomodulin was administered, together with multimodal treatment comprising continuous hemoperfusion therapy, artificial respiration with airway pressure release ventilation (APRV), and placement of the patient in a prone position. On day 24, he was able to walk without assistance and was discharged. The present treatment was successful, perhaps because of the use of respiratory management including APRV, and 9 hours per day of prone position therapy, which facilitated sputum drainage. 劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock–like syndrome:TSLS)はβ溶血を示すレンサ球菌を原因とし,突発的に発症して急激に進行する敗血症性ショックを来す症候群である。軟部組織病変,循環不全,呼吸不全,血液凝固異常,肝腎障害など多臓器不全を来し,死亡率は30–80%程度と報告されている 1, 2。溶血性レンサ球菌による市中肺炎は稀である 3。今回我々はStreptococcus pyogenes(以下,S. pyogenes)を起因菌とする重症肺炎によるTSLSを経験し,経時的な気管支鏡検査による評価を行い,集学的治療により救命し得たので報告する。 患 者:46歳男性 現病歴:海外出張数日前より黄色膿性の喀痰を排出し,倦怠感を認めた。4泊5日の台湾出張より帰国直後から呼吸困難が増悪し,空港のクリニックを受診した。同クリニックで肺炎を指摘され当院救命センターに救急搬送された。 既往歴:健康診断で糖尿病を指摘されたが医療機関を受診しなかった。 喫煙歴:なし アレルギー歴:なし 来院時身体所見:身長170cm,体重95kgでBMIは33と肥満であった。意識は清明で体温39.0°C,血圧130/70mmHg,脈拍数150/分,呼吸数40/分,SpO2は酸素10L/分をリザーバーマスクで投与して96%であった。右肺にcoarse crackles,wheezeを聴取した。体幹および四肢に皮疹は認めなかった。 来院時血液所見:動脈血血液ガス所見ではpH 7.42,PaCO2 23.1mmHg,PaO2 96.8mmHg,BE −7.1 mmol/L,乳酸 5.6mmol/Lであった。血液検査では白血球10,000/μL,CRP 34.9mg/dLと炎症反応は著明に上昇しており,プロカルシトニン175.3ng/mLと重症敗血症が推測された。また,BUN 56mg/dL,Cre 4.13mg/dLと腎機能障害が認められ,血糖 809mg/dL,HbA1c 11.2%と高度の耐糖能障害が認められた。Na 114mEq/Lと高張性低Na血症を認めた。血小板数8.1×104/μLに低下,FDP 31.9µg/mLに上昇し凝固障害を来していた(Table 1)。急性期播種性血管内凝固症候群(以下,DIC)診断基準は5点であった。 画像所見:胸部X線写真で両側肺野に浸潤影を認め,胸部CTでは散在性に両側肺野でair bronchogramを伴うconsolidationを認めた。また,気管支鏡検査では肺炎に一致して気管支壁の発赤を認めた。 来院後経過:来院当初はNIPPV(noninvasive positive pressure ventilation)で呼吸管理としたが,呼吸状態の急速な悪化,血圧低下から肺炎による敗血症性ショックと診断した。気管挿管,人工呼吸器管理としEarly Goal Directed Therapy(以下,EGDT)に則り急速輸液とカテコラミンを投与して,尿量>0.5 mL/kg/h,ScvO2>70%,CVP 8–12mmHg,MAP>65 mmHgを目標とし管理した 4。しかし尿量が乏しく血圧が上昇しないため,入院3時間後に持続的血液濾過透析(以下,CHDF)を導入した。EGDTは10時間で達成され,第1病日に血圧は安定化した。呼吸状態は気管挿管後,呼吸器モードA/C(PCV),FiO2 1.0,Pinsp 20cmH2O,PEEP 10cmH2Oの条件においてもP/F比100以下であり,急性呼吸急迫症候群(以下,ARDS)と判断し第1病日からmetylprednisolone 90mg/dayを持続的に投与した。さらに入院時急性期DIC診断基準が5点であったため,DICと診断し遺伝子組み換え型トロンボモジュリンも投与した。上述のごとく敗血症性ショックに急性腎不全,ARDS,DICを合併する多臓器不全の状態であった。培養で菌が検出されるまで抗菌薬はMEPM 3g/day,AZM 500mg/day,VCM 2g/dayを投与し,γグロブリン製剤も投与した。第3病日に血液培養,喀痰からS. pyogenesを検出したため,de–escalationを検討した。CRPは依然高値が継続していたためPIPC/TAZ 13.5g/day,CLDM 1,800mg/dayに変更した。第3病日に循環動態は安定し尿量も得られたのでCHDFを終了した。第4病日に再度P/F比が106まで低下し,体温が41°Cまで上昇し急速に呼吸状態の悪化を来した。同日の胸部レントゲンにおいて肺野透過性は両側とも著明に低下しており,CTでは両側背側無気肺の増悪を来していた。同日の気管支鏡検査では発赤は強く白色膿性喀痰が多量に認められた(Fig. 1)。これよりP/F比の悪化は,喀痰の排出が不良であったために形成された両側無気肺が影響していると考えた。このため両肺背側の喀痰ドレナージのため,第4病日より腹臥位療法に加え呼吸器設定APRV(FiO2 1.0,高圧相30cmH2O,低圧相0cmH2O,高圧相時間4.5秒,低圧相時間0.5秒)に設定し,腹臥位療法を1日9時間施行した。同スケジュールを継続し,2日後の第6病日にP/F比の改善を認め,同日の気管支鏡検査所見においても依然気管支壁の浮腫が強く,発赤も高度であったが,喀痰の排出は良好でレントゲン上も背側無気肺は改善した。腹臥位療法とAPRVによる呼吸器管理を4日間継続し,P/F比が300以上になったところで腹臥位療法を終了し,APRVによる人工呼吸管理のみとした。APRVの設定はFiO2 1.0,高圧相30cmH2O,低圧相0cmH2O,高圧相時間4.5秒,低圧相時間0.5秒から開始し徐々に高圧相を20cmH2Oまで低下させ,第10病日に胸部レントゲン,胸部CTを施行し,背側無気肺の改善を確認したうえでCPAP+PSへと呼吸器モードを変更した(Fig. 2)。呼吸状態の改善とともに解熱,炎症反応も改善し第12病日に抜管した。抜管後も呼吸,循環状態に問題なく,抜管翌日にはICU退室となった。第13病日より抗菌薬はABPC/SBT 12g/dayに変更するも,肺炎の増悪はなく経過し第17病日に投与を終了した。その後,糖尿病の内服加療を行い第24病日に独歩退院となった。 Upper: On admission, Chest X–ray shows infiltrative shadows in both lungs. Chest CT scan shows infiltrative shadows throughout the pulmonary areas in both lungs. An air bronchogram is also shown. Bronchoscopy shows almost no swelling in bronchial walls and only slight erythema. Yellow pus–like sputum is also visible. Middle: On the four days after admission, Chest X–ray showing less transparency throughout the pulmonary areas than at admission and marked atelectasis in the bilateral posterior lung regions, which was confirmed by an air bronchogram. Bronchoscopy on the same day showed thickening of the bronchial walls, which were filled with infected sputum and hemorrhagic. Lower: On the ten days after admission, Atelectasis in the posterior lung regions markedly improved. Clinical course after admission. Nadr: noradrenaline, DOB: dobutamine, A/C: assist/control,APRV: airway pressure release ventilation, CPAP: continuous positive airway pressure, CHDF: continuous hemodiafiltration レンサ球菌には多くの種類があるが,S. pyogenesはA群β溶血性レンサ球菌の1菌種であり,これらはGroupA streptococcus(GAS)と呼ばれている。そして同菌種は,稀に劇症型溶血性レンサ球菌感染症(TSLS)を引き起こす菌である。TSLSは全数把握対象の5類感染症に指定されており,A群のみならずB,C,G群などその他のレンサ球菌すべてが含まれる。TSLSは増加傾向にあり高齢者,基礎疾患を有する人に増加傾向にあり,GASは壊死性筋膜炎,蜂窩織炎,化膿性関節炎などを感染巣とすることが多いと報告されている 5。壊死性筋膜炎などの皮膚軟部組織の感染,化膿性関節炎などが感染巣である場合,外科的デブリドマンを行うことが推奨されており,局所感染のコントロールができなければ改善は期待できない 6。医学中央雑誌で,「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」,「肺炎」のキーワードでの症例報告は22件が検索され,肺炎による劇症型溶血性レンサ球菌感染症は14例であり,80%以上が死亡に至っており予後の悪い疾患であり,報告は稀である 3。 肺炎の治療は適切な抗菌薬を投与しても咳嗽反射の弱い高齢者や痰をうまく排泄できない新生児は喀痰のドレナージが不良となり重症化しやすいと考えられる。重症化した際の治療は,人工呼吸器による支持療法や喀痰のドレナージが重要であり,抗菌薬とあわせて集学的治療を行うことが重要である。そして,敗血症性ショックとなった場合はEGDT,CHDFをはじめとする集学的治療が推奨され,これらの治療に反応しなければ患者は救命することが困難となる 7。TSLSの死亡例は入院当日あるいは数日で死亡している報告が多く,急激な状態悪化を示す例が多い 8, 9。本症例は適切な抗菌薬が投与され,EGDTは6時間以内ではないが達成され,ARDSに対して人工呼吸管理,mPSL持続投与療法を行い,急性腎不全およびサイトカイン除去を期待してCHDFによる支持療法も行ったが,炎症反応は改善せず呼吸状態は増悪した。TSLSの肺炎は本症例のように気管支壁の炎症・浮腫が顕著となり喀痰排泄不良,無気肺が形成され酸素化が維持できなくなり,炎症反応が改善しないことが死亡してしまう一因として考えられる。 本症例のごとく内科的疾患は外科的処置によるドレナージは期待できない。このため適切な治療がされていても,肺炎における局所感染は排痰が十分でなければ治療に苦慮する。本症例では通常の体位ドレナージやrecruitment maneuverなどの呼吸管理では排痰は困難であったため,腹臥位療法で喀痰排出を促し,呼吸器設定をAPRVにすることで末梢気道の開放を維持することができた。 従来ARDSの患者に対する腹臥位療法は酸素化の改善,人工呼吸器による圧損傷予防には有効であったが,転帰には影響しないといわれてきた 10。しかし近年,腹臥位療法は見直され,重症ARDS患者には1日15時間前後の腹臥位療法で生存率の改善が認められることが報告 11されている。またAPRVは高いI/E比により平均気道内圧を上昇させ,虚脱肺のリクルートメントが期待できる呼吸器設定であり,自発呼吸が維持できるという特性がある 12。とくに肺内シャント量が増加する荷重側肺虚脱,すなわち本症例のような背側の両側無気肺はAPRVの良い適応になると考えられる。腹臥位療法にAPRVを併用して人工呼吸管理を行うことにより,相乗効果によるガス交換が改善されたと報告 13がある。本症例では,朝から夕方まで1日9時間の腹臥位療法に追加して,APRVによる人工呼吸管理を施行した。気管支鏡検査で肺炎による高度炎症により,気管支壁は浮腫状で膿性喀痰が貯留していたが,このような状況でも背側に貯留した喀痰は,腹臥位療法にAPRVによる人工呼吸器管理を追加することにより,喀痰のドレナージが良好となり酸素化は改善した。 TSLSに特異的な治療はない。本症例の経過からも感染巣のドレナージができたことが患者を救命できた要因であると考えられる。本症例のごとく外科的ドレナージができない症例においては,通常の体位ドレナージのみでなく,早期より積極的に腹臥位療法やAPRVなどの理学療法,呼吸器管理を行い排痰できる環境を作ることが重要となるが,その他の支持療法が確実に行われていることが必須である。 本報告に利益相反はない。
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