症例は49歳,男性。15年前に胆石症に対して腹腔鏡下胆嚢摘出術を受けた既往がある。心窩部痛を主訴に前医を受診した。造影computed tomography(CT)にて門脈血栓症の疑いがあり,当院へ転院搬送となった。生化学検査で著明な肝酵素の上昇を認めた。再度造影CTを施行すると,正中弓状靭帯症候群(median arcuate ligament syndrome: MALS)による腹腔動脈起始部狭窄を来しており,加えて上腸間膜動脈からの側副血行路が発達していた。さらに肝十二指腸間膜と後腹膜に一部extravasationを伴った血腫と肝側の門脈血流不全を認めた。血管造影検査では,上腸間膜動脈(superior mesenteric artery: SMA)からの分枝が肝十二指腸間膜内で動脈瘤を形成して,肝門部で右肝動脈に流入していた。血管分布の解剖学的な観点からretroportal arterial aneurysmの破裂と診断した。lipiodolで希釈したhistoacrylを用いて動脈塞栓術を施行した。術後の経過は良好で,第12病日に退院となった。MALSに伴った腹部内臓動脈瘤に関して,retroportal arterial aneurysmの破裂の報告はなく,若干の文献的考察を踏まえて報告する。 The patient was a 49–year–old male who underwent laparoscopic cholecystectomy for cholelithiasis 15 years earlier. He presented with sudden epigastric pain at the emergency room of another hospital. Portal vein thrombosis was suspected on computed tomography and he was then referred to our hospital. Laboratory examination showed marked hepatic dysfunction. CT revealed median arcuate ligament syndrome, an aneurysm in the hepatoduodenal ligament, portal venous insufficiency, and retroperitoneal hematoma with extravasation. We performed emergency interventional radiology. Angiography showed that collateral circulation from the superior mesenteric artery had developed from stenosis of the origin of the celiac artery, with a retroportal arterial aneurysm. We diagnosed rupture of the retroportal arterial aneurysm and performed arterial embolization. The postoperative course was uneventful and the patient was discharged on the 12th postoperative day. To our knowledge, there are no previous reports of retroportal arterial aneurysms, although there are reports of ruptured abdominal visceral aneurysms with median arcuate ligament syndrome. 正中弓状靭帯症候群(median arcuate ligament syndrome: MALS)は外因性圧迫による腹腔動脈(celiac artery: CA)起始部の慢性狭窄によって,食後上腹部痛や嘔気・嘔吐,腹部膨満など消化器症状を呈する病態である。MALSに伴う腹部内臓動脈瘤の好発部位は膵十二指腸動脈が大半であり,稀に中結腸動脈や背側膵動脈での瘤形成の報告も散見される 1, 2, 3が,retoroportal arteryでの報告はない。一般に内臓動脈瘤が破裂すると,腹腔内出血,後腹膜出血や消化管出血などを来し,死亡率は約20%である 4。我々は,MALSによりretroportal arteryに形成された動脈瘤が破裂したことにより,肝十二指腸間膜内に血腫を形成し,二次的に門脈血流不全を来した1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。 患 者:49歳,男性 主 訴:心窩部痛 既往歴:15年前に胆石症に対して腹腔鏡下胆嚢摘出術を受けた。 内服薬:なし 現病歴:突然の心窩部痛が出現し,症状が改善しないために前医へ救急搬送された。造影CT検査にて門脈血栓症を疑われ,同日当院へ転院搬送となった。 来院時現症:体温35.9度,血圧166/89mmHg,脈拍69/分,SpO2 99%(room air),呼吸数18/分でやや血圧上昇を認めた。腹部はやや膨隆し,心窩部を最強点として圧痛を認めたが筋性防御は認めなかった。 血液・生化学検査:AST 580IU/L, ALT 472IU/L, ALP 356IU/L, LDH 562IU/L, T–Bil 3.8mg/dL, WBC 15,000/ µLと肝胆道系酵素と炎症所見の上昇を認めた。Hb 16.4g/dL, Hct 45.6%で貧血を認めなかった(Table 1)。 造影CT:MALSでCAが狭窄しており,上腸間膜動脈(superior mesenteric artery: SMA)からの側副血行路が発達し,肝十二指腸間膜内に動脈瘤を疑わせる造影剤の貯留を認めた。平衡相では,上腸間膜静脈(superior mesenteric vein: SMV)周囲の腸間膜に血腫が形成され,extravasationを認めたが出血点ははっきりしなかった。さらにSMVから門脈本幹への血流不全を認めた(Fig. 1)。 Abdominal computed tomography. a: A retroportal arterial aneurysm is seen in the hepatoduodenal ligament (arrow). b: A hematoma is seen in the mesentery (arrow). c: The portal vein is obstructed by a hematoma in the hepatoduodenal ligament (arrow). d: Stenosis of the origin of the celiac artery is seen and caused by median arcuate ligament syndrome (arrow). 来院後経過①:造影CTの結果を踏まえて,診断かつ治療目的に緊急血管内治療(interventional radiology: IVR)を施行した。 IVR所見:右大腿動脈アプローチで5Fロングシース(メディキット)を挿入し,シェファードフック型の5F造影用カテーテル(テルモ―クリニカルサプライ)でSMAと腹腔動脈にアクセスした。SMA造影で膵十二指腸動脈を含めて求肝性に側副血行路の著明な発達を認めた。とくにSMA分枝から右肝動脈に流入する非常に発達した側副血行路であるretroportal arteryを認めた。同部位に動脈瘤が形成されており,その周囲にextravasationを認めたため,動脈瘤破裂と診断した。腹腔動脈造影にてCA起始部の狭窄を認めた。狭窄部を越えて総肝動脈から造影すると左右肝動脈まで偏位なく造影された。ラジフォーカスガイドワイヤー(0.035インチ,先端アングルタイプ,テルモ)を固有肝動脈まで進めた。コブラ型カテーテル5Fr(テルモ―クリニカルサプライ)をさらに右肝動脈まで進め,coaxial techniqueでProgreat Σ(130cm,先端形状アングル,テルモ)を右肝動脈から分岐するretroportal arteryへ選択的にカテーテルを挿入した。retroportal arteryの造影ではCT所見と同様にextravasationを認めた。そこで,責任血管の出血点を前後に挟む形で,lipiodol(テルモ)で33%の濃度に希釈したhistoacryl(ゲルベ・ジャパン)溶液0.5mLにより塞栓した。良好な血流遮断を確認して治療を終了した(Fig. 2)。 Superior mesenteric arteriogram. a, b: A retroportal arterial aneurysm (arrow) is seen arising from the superior mesenteric artery. c, d: Transcatheter arterial embolization was successful and leakage from the arterial aneurysm resolved (arrow). 来院後経過②:第2病日の造影CTにてextravasationは消失しており,門脈血流の改善を認めた。腸間膜内血腫は残存していたが,治療前と比して血腫拡大は認めなかった。門脈血流不全は動脈瘤破裂により形成された血腫が肝十二指腸間膜で門脈を圧排していたことが原因と判断した。血液・生化学データにて肝胆道系酵素は改善し,貧血の進行も認めなかった(Table 2)。高ビリルビン血症のみ遷延していたが,術後経過とともに消退した。その後,病状が再燃することなく経過し,第12病日に軽快退院となった。MALSに関しては,保存的な経過観察の方針とし,定期的な画像検査にて,動脈瘤をフォローアップすることとした。現在2か月経過しているが再発を認めていない(Fig. 3)。 Follow–up abdominal computed tomography. a: On the day of admission, portal venous flow was obstructed by a hematoma from a ruptured aneurysm. b: Two months post–procedure, portal flow was restored by resolution of the hematoma (arrow). 正中弓状靭帯(median arcuate ligament: MAL)は第12胸椎―第1腰椎の高さで大動脈の前方で横隔膜脚を橋渡しするように位置しており,呼吸変動や姿勢によってCAを圧排することがある。MALSは1963年にHarjola 5が最初に報告した病態で,慢性的にCAを圧迫することで盗血現象が生じ,消化器症状が出現するといわれている。主に30~50歳台の痩せ型女性に多く,それが進行すると,側副血行路であるSMAや膵十二指腸動脈アーケードなどの血流が逆行性に増大し,動脈の血行学的ストレスが加わって動脈瘤が形成されると報告 6されている。なかでも,好発部位は膵十二指腸動脈アーケードである 1。retoroportal arteryは総胆管を栄養する血管の一部で,上十二指腸部の総胆管に分布する 7。本来は,血管造影でも同定できないほどの微細な血管である 2。このような微細血管が発達する原因としては,血管奇形,血管周囲の器質化病変や血栓による血流障害や悪性腫瘍による新生血管の造成などが挙げられる。同血管以外にも,総胆管や肝管を栄養する血管として胆管周囲血管叢(epicholedochal plexus)が分布している 8。しかし,過去に胆管周囲血管叢がSMAから流入しているという報告はなく,今回の責任血管ではないと考えられた。そのため,本症例では,MALSが原因でretroportal arteryに動脈瘤が発生したと推察される。 医原性動脈瘤は破裂頻度が高く,大出血を来し,致死率も高いとされており,その原因として,術中に損傷を受けた動脈壁に感染や炎症が加わり動脈瘤が形成されると推測されている 9。一般的に,手術に伴う動脈瘤の発生部位としては,膵頭十二指腸切除後には総肝動脈に多く,胆嚢摘出術や胆管空腸吻合術後には右肝動脈に多いと塩田ら 10は報告している。本症例においても,胆嚢管周囲の組織剥離操作時にretroportal arteryを損傷したことで動脈瘤形成に至った可能性は否定できない。 医学中央雑誌で「正中弓状靭帯」「腹腔動脈起始部狭窄(MALSについて記載された症例のみ)」「動脈瘤」を検索したところ,論文報告は24症例で,うち破裂例は14例であった(Table 3)。平均年齢は55歳,男女比は17:7,膵十二指腸動脈瘤が19例と最多であった(重複例を含む)。しかし,retroportal arterial aneurysmの報告例はなかった。藤沢ら 11は膵十二指腸動脈瘤破裂71例を検討して,一般に消化管出血を呈すると出血性ショックを来すことが多いが,後腹膜出血ではタンポナーデ効果により,ショック状態になることが少なく,全身状態が比較的安定していることが多いと報告している。本症例は,動脈瘤破裂が後腹膜や腸間膜内にとどまっていたため出血性ショックを呈さなかったものの,肝十二指腸間膜内を走行している門脈を血腫が圧排し,門脈血流障害を呈していた。造影CTのみでは診断に苦慮し,緊急血管造影検査が非常に有用であった。 Miyayama (2015) Hiramatsu (2015) Kumazu (2015) Kamata (2015) Iwai (2014) bloating nausea/emesis Nakano (2014) Takase (2014) abdominal pain nausea/emesis abdominal pain nausea/emesis Nagao (2014) Uga (2014) EA PDA Sato (2013) abdominal pain hematemesis Kajioka (2013) Maeda (2013) Yoshida (2012) Sato (2012) Yamaguchi (2010) abdominal pain bloating Kimura (2009) Yoshida (2009) Saito (2009) bloating nausea/emesis Oishi (2008) Tsunashima (2008) Fukuda (2003) abdominal pain back pain Suzuki (1998) 腹部内臓動脈瘤の治療は,診断と治療が同時に可能で,低侵襲であるIVRが第一選択である 1。但し,再出血,塞栓部の再開通や臓器虚血の可能性もあり,全身状態と動脈瘤の部位に応じて治療方針を慎重に選択する必要がある。近年では,IVRによる動脈塞栓術と塞栓による側副血行路の血流不全が生じるリスクも考慮して動脈バイパス術を施行するハイブリッド治療も報告 12されている。外科的治療の場合はdisorientationによる副損傷や膵炎の合併,動脈瘤破裂によるショックバイタルなどの要因でIVRに比して成績が悪い 13。MALSによる動脈瘤の治療としてIVRのみでは,血流不均衡は改善されず動脈瘤再発の可能性が残される。開腹手術による血行再建術やMAL切離術を施行し,血流改善を考慮すべきである。海外では,CAのバルーン拡張やステント留置などIVRでの狭窄解除を行った報告 14も散見される。ただし,海外においてもIVR後に動脈瘤が再発したという報告はなかった。 本症例では,動脈瘤が門脈に近接しており,術後の癒着や多量の血腫による解剖学的偏位がみられ,開腹手術にて出血部位の同定は困難と判断し,IVRの選択は妥当であったと考える。また,CAのステント留置はCA根部での屈曲が強く困難であった。今後は,外来で厳重にフォローアップし,動脈瘤の再発時には破裂のリスクも考慮して瘤の処置のみでなく,MALSに対する治療も検討する必要があると思われる。 MALSと胆摘後の複合的な要因でSMAの分枝であるretroportal arteryに生じた動脈瘤の1例を経験した。本症例では,出血部位が肝十二指腸間膜というごく限られたスペースのため門脈が血腫で圧排されるという非常に珍しい病態を呈していた。本症例のように,全身状態が安定しており,出血部位が不明の後腹膜出血に対しては診断と治療を兼ねた血管造影検査を第一選択することで,早期診断と低侵襲のIVRを行うことができた。 利益相反はない。