症例は61歳男性。自転車で走行中にトラックにはね飛ばされ前医に搬送された。前医で骨盤骨折と診断,血管内治療目的で当院に転院搬送となった。CT検査で心囊気腫・左血気胸・左肺挫傷・肋骨骨折・骨盤骨折を認めた。胸腔ドレーン挿入,血管造影検査施行後に集中治療室管理とした。気胸と心囊気腫を伴った鈍的胸部外傷症例であることから,外傷性心囊破裂を疑いvideo assisted thoracic surgery(VATS)を施行した。しかし胸腔内及び心膜観察が充分に行えず,開胸手術に移行したところ横隔神経背側に最大長約10cmの心囊破裂を認めた。心臓自体に損傷を認めず,破裂部位を非吸収性ポリプロピレン糸にて水平マットレス縫合2針で閉鎖した。外傷性心囊破裂により心ヘルニアとなった場合,循環不全を来し致命的となりえるため緊急手術が必要である。一方,心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂症例では特異的な症状を呈さず,診断も困難である。また遅発性心ヘルニア発症の可能性があり,確実な診断と治療が重要となる。積極的な探査手術により診断・治療に至った心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂の1例を報告する。 A 61–year–old man with blunt chest trauma and pelvic fracture was transferred to our hospital. CT findings demonstrated pneumopericardium, left hemopneumothorax, left lung contusion, left multiple rib fractures and pelvic fracture. Severe blunt chest trauma complicated with pneumopericardium and left pneumothorax made us suspect pericardium rupture. Therefore, we first performed video assisted thoracic surgery (VATS). However, the pleural space and pericardium could not be observed sufficiently, so we decided to convert to thoracotomy. As a result, rupture of left pericardium was found located dorsal to phrenic nerve. The greatest dimension of this rupture was approximately 10cm and sutured using non–absorbable polypropylene suture. Rupture of pericardium complicated with cardiac herniation caused by blunt trauma require emergency surgery, because cardiovascular failure deriving from cardiac herniation could be lethal. However, diagnosis of this trauma is difficult, if there is no cardiac herniation, which may have delayed appearance. Therefore, if there is suspicion of rupture of pericardium, a diagnosis of this trauma should be done. We report that rupture of pericardium without associated cardiac herniation could be diagnosed and treated by thoracotomy. 鈍的胸部外傷に伴う外傷性心囊破裂は発症率0.08–0.4%とされ,稀な外傷である 1, 2。病院前や搬送後早期死亡症例も多く,生存率は36–47%と低い。さらに剖検で初めて診断に至る症例があるなど確定診断が困難とされる 1, 2, 3。 心ヘルニア非合併型心囊破裂症例に対して,手術にて診断と治療を行った1例を経験したため報告する。 患 者:61歳,男性 既往歴:高尿酸血症 現病歴:自転車で走行中に,交差点で約50km/hrで走行していたトラックと衝突,約10mはね飛ばされ前医に搬送された。前医CTで骨盤骨折周辺に血腫を認め,血管内治療目的で当院へ転院搬送となった。 Primary survey:気道開通,呼吸数20/分と呼吸はやや促迫し,左呼吸音減弱と左胸郭運動低下を認め,10L酸素投与下でSpO2 95%であった。頸静脈怒張や皮下気腫を認めなかった。血圧は来院時70/49mmHgであったが,初期輸液後は安定した。脈拍は搬送時より80回/分前後を推移し,体表上の活動性出血はなく,FASTは陰性であった。来院時レントゲンでは左肺野透過性低下・左多発肋骨骨折(Fig. 1)及び骨盤骨折を認めた。意識レベルはGlasgow coma scale 14(E4V4M6)で麻痺は認めず,体温は36°Cであった。 Chest plain radiograph on arrival findings. Chest plain radiograph demonstrated decrease in permeability of left lung field and left multiple rib fractures. Secondary survey:左側頭部挫創・左胸郭運動低下・左腰部圧痛・両膝挫創・左足関節腫脹を認めた。CTにて心囊気腫・左多発肋骨骨折・左血気胸・左肺挫傷(Fig. 2)及び骨盤骨折を認めたが,造影剤の血管外漏出像は認めなかった。 Chest CT on arrival findings. Chest CT demonstrated pneumopericardium, left hemopneumothorax, left lung contusion and left multiple rib fractures. 来院後経過:左血気胸に対して胸腔ドレーンを挿入,少量の血性排液とair leakを認めた。初期輸液に反応したが来院時低血圧であり,骨盤骨折に対する血管造影検査を施行したが造影剤血管外漏出像を認めなかった。整形外科で骨盤の待機的手術予定となり,ベッドアップ30度,体位変換禁止で床上安静の方針となった。また胸部CTで左気胸と心囊気腫所見を認め,外傷性心囊破裂の合併が疑われた。体位変換に伴って致死的になりえる心ヘルニア発生が懸念されたが,来院後全身状態は安定し,骨盤骨折の治療方針からも体位変換禁止であったため心電図モニター下で厳重な経過観察とした。第2病日のCTで心囊気腫所見の改善がなく,全身状態は安定していたため,心囊破裂精査加療目的の手術を準緊急的に第5病日に施行した。 手術所見:全身麻酔・分離肺換気・仰臥位で手術を開始,術前より挿入されていた左胸腔ドレーンを抜去し,同部位から胸腔鏡を用いて左胸腔内の観察を試みた。しかし胸水・凝血塊・フィブリン塊などにより,胸腔内や心膜の観察が充分にできなかった。胸腔内癒着が否定できず,開胸による修復術を必要とする可能性が高いと考え,ポート追加挿入による観察を行わず第5肋間で前側方開胸を施行した。結果的に胸腔内に癒着はなく,開胸操作は問題なく行えた。胸腔内を観察したところ,横隔神経背側で長径約10cmの心囊破裂(日本外傷学会分類2008,心損傷Ic)を認めた(Fig. 3a)。心臓やその他臓器に損傷を認めず,心囊内にドレーンを留置し,横隔神経を損傷しないように非吸収性ポリプロピレン糸で水平マットレス縫合を2針粗に行った(Fig. 3b)。新たに胸腔ドレーンを留置し,閉胸して手術を終了とした。 Intraoperative findings. a: Rupture of pericardium was located dorsal to phrenic nerve. The greatest dimension of this rupture was approximately 10cm. b: Rupture of pericardium was sutured using non absorbable polypropylene suture. 術後経過:術後,無気肺と肺炎を合併,呼吸器管理及び抗菌薬投与を行い,全身状態改善を認めた。第14病日に骨盤骨折に対する観血的固定術を施行,その後リハビリ目的に第48病日に転院となった。 外傷性心囊破裂は高エネルギーによる鈍的胸部外傷症例に発症するとされ 4,胸壁前方減速作用による胸壁・胸椎間の心膜への圧迫が原因と考えられている 1, 5, 6。頻度は0.08–0.4%と稀で 1, 2,合併損傷を伴い病院前や早期に死亡する症例や,剖検で診断に至る症例もあるとされる 2, 3, 6。 心囊破裂だけでは症状を認めないが,破裂部位を通して心臓の位置異常を来す心ヘルニアを合併した場合,突然の循環不全を生じて致死的となることがある 1, 2, 3, 17。心ヘルニア合併率は33–100%といわれ,合併時の生存率は33–40%と低値である 1, 7。外傷性心囊破裂は頭側から尾側方向にかけて横隔神経に平行に破裂することが多いとされ 6,破裂部位別頻度は左:右:横隔膜面=50%:17%:27%と心膜左側に多く 2,本症例は比較的典型例といえる。心ヘルニアは発生部位によって心大血管への影響が異なるとされ,左側心ヘルニア症例では心膜辺縁による心筋・冠動脈圧迫を生じ,右側は動静脈接合部や両側心室流出路のねじれにより静脈還流や心拍出量低下を来すとされるが 8,心ヘルニア発生部位ごとの予後に関する一定した見解はない 2, 7, 9, 10。心ヘルニア合併には心囊破裂のサイズが重要とされ,極めて小さいものや大きいものは心ヘルニアのリスクが少ないとされる 2。8–12cm程度の心囊破裂が心ヘルニアのリスクが高く,外科的処置が必要とされている 1。また心ヘルニアは受傷24時間以内の発生が多いとされるが 11,遅発性心ヘルニアの報告があり 2, 12, 13, 14, 15,受傷5年後の発生報告もある 2。遅発性心ヘルニアのリスクや予防に関する報告はないが,潜在的な心囊破裂への適切な対応をしなければ,長期間経過後に心ヘルニアを発生する危険性がある。このため診断困難とされる心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂を診断し,破裂部位の同定と治療を行うことは致死的病態を避ける上で重要である。 心ヘルニアを合併し,循環不全や画像検査で心臓位置異常などが確認できた場合,外傷性心囊破裂の診断は比較的容易である 6, 16, 17。一方,心ヘルニア非合併症例の場合,示唆する所見として心囊気腫・気胸・胸水などの画像所見が挙げられ 7, 18,気胸や胸水の重症度と心囊破裂部位の関係を示唆する報告もあるものの 18,これらの所見や受傷部位だけから,その存在や破裂部位を疑うしかないため診断が困難である。 過去に検査方法として心膜開窓術を施行し,温生食100–150mLを心囊腔内に入れ,回収できない場合に心囊破裂と診断する心囊内洗浄の報告があるが 2, 7,最近の報告がなく正診率に疑問が残り,破裂部位の大きさや局在の確認は困難と考えられた。心囊気腫や縦隔気腫が確認された場合,胸腔ドレーンを挿入し気腫所見の改善がなければ,心囊破裂を示唆するという報告もある 18。しかし,渉猟した限り心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂に対する確立された検査方法はなく,術前に診断された症例は心ヘルニア合併例も含めて18%とわずかで 1,多くが術中に診断されている 6, 16, 18, 19, 20。 すなわち心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂の診断は,手術による直視下または鏡視下での確認以外では困難であり 14, 18,各種所見などから疑った場合には積極的な手術施行が診断のために必要であると考えられる。本症例も各種所見から左心囊破裂を疑ったが,術前診断や破裂部位同定はできなかった。 手術方法に関しては側臥位からの側方開胸による診断報告が多かった 6, 9, 12, 13, 16, 19, 20。しかし,多くが術前に心ヘルニアが明らかであった症例,血胸や横隔膜ヘルニア治療目的で開胸した際に心囊破裂が判明した症例であった。術前に破裂部位を含め心囊破裂の診断がついた場合には,対応する側臥位からの後側方開胸が最良であると推測される。ただし,破裂部位が不明な場合,無闇に側臥位を取れば,破裂の位置次第では心ヘルニアを起こす危険性がある。また側臥位では片側の精査しかできず,最初に誤って心囊非損傷側に対して手術を行うと,その後の損傷側への処置に時間を要してしまうだろう。低侵襲なVATSによる外傷性心囊破裂の診断報告があり 14, 18,全身状態安定例に対して仰臥位で両側胸腔に施行した報告もある 18。よって心囊破裂が疑われるが,診断がつかない全身状態安定例に対しては,仰臥位でVATSによる診断を行い,必要に応じた開胸手術への移行が最善と考えられる。全身状態不安定例では,左右で心囊破裂がより疑われる方から仰臥位での開胸手術を状況に応じて検討すべきだろう。 本症例では当初仰臥位でVATSでの診断を試みたが,胸腔内と心膜の観察が充分にできず,開胸手術に移行し外傷性心囊破裂の診断を下した。肋間を変更してVATSでの診断に努める選択肢もあったが,本症例では新たなポートの盲目的な挿入による副損傷が懸念された。またこれまでVATSでの治療報告はなく,破裂部位修復は開胸手術下で施行されている 14, 18。左心囊破裂を強く疑った状況で,副損傷と修復処置を考慮すれば,本症例の開胸への移行は妥当と思われた。左心囊破裂がなかった場合,追加侵襲となるが仰臥位のため右側への処置移行は迅速にできただろう。 破裂部位修復の術式は,非吸収糸を用いた縫合閉鎖や各種メッシュ素材による修復が選択され,心臓浮腫が強いなどの理由で縫合閉鎖や修復困難な際は破裂部位拡張が施行される 6, 16。これらの処置は心ヘルニア回避目的に行われるため,心ヘルニアを起こしえない小さい破裂や,修復が非常に困難な症例及び全身状態が極めて不良でない限り,心ヘルニアを確実に避けるため破裂部位修復を行うべきであろう。また修復の手術手技は比較的困難でないことからも実施すべきであると考える。 胸部CT所見から心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂を疑い,手術による診断と修復を行った1例を経験した。心ヘルニア非合併型外傷性心囊破裂は,診断に手術を要することが多く,疑った場合は積極的な手術介入が望まれる。心囊破裂を確認した場合,心ヘルニア回避のため可能な限り修復を行うべきである。 本論文に利益相反はない。