症例は40歳の男性。基礎疾患に高トリグリセリド血症があり,急性膵炎を繰り返していた。約9か月前に壊死性膵炎を発症して膵尾部と胃脾間,結腸間膜に被包化壊死を合併,以降定期的にCT画像検査による経過観察を行っていた。今回左側腹部痛を主訴に来院し,腹部CT検査において胃脾間,膵尾部に各々44mm,43mmの被包化壊死を認め,いずれも2か月前の検査時より被包化壊死の増大を認めた。またそれぞれの被包化壊死に隣接して胃穹窿部の浮腫性変化と脾動脈閉塞,脾梗塞を認めた。ヘパリン・抗菌薬・鎮痛薬による保存的治療から開始したが,発熱が継続し,炎症反応の改善も得られず,入院第4病日のCT検査では脾梗塞の状況に改善がなく,一方で被包化壊死に接する胃壁全層の虚血所見が明らかとなったため,保存的治療を断念し,緊急開腹術での膵尾部切除・脾摘出・胃部分切除術を施行した。病理所見では被包化壊死と脾動脈との間には炎症性細胞の浸潤を認め,脾動脈内腔には白色血栓を認めた。胃壁漿膜側は被包化壊死に伴う炎症所見や周囲血管内の血栓形成を認めた。被包化壊死の自然史は明確ではなく,保存的治療においては,症状や画像所見を丁寧に評価して外科的治療介入の時期を見逃さないことが重要である。 A 40–year–old male with hypertriglyceridemia and recurrent acute pancreatitis was undergoing regular imaging to monitor walled–off necrosis (WON) that had developed 9 months earlier secondary to necrotic pancreatitis. The patient presented with acute left abdominal pain. Abdominal CT showed WON by the gastrosplenic ligament (44mm) and in the pancreatic tail (43mm). Both areas grew since the last imaging 2 months earlier. Edematous changes in the fornix, splenic artery occlusion, and splenic infarction were observed adjacent to areas of WON. Despite conservative management, fever and elevated inflammatory biomarkers persisted. CT after admission showed no change in the splenic infarction. It also detected ischemia in all layers of the gastric wall adjacent to areas of WON. Emergency laparotomy was performed for pancreatic tail resection, splenectomy, and partial gastric resection. Pathologic examination showed infiltration of inflammatory cells between the areas of WON and the splenic artery and a white thrombus in the splenic artery lumen. There was inflammation and thrombus in the blood vessels surrounding areas of WON on the serosal side of the gastric wall. Although the natural history of WON is not well studied, careful evaluation of clinical findings and imaging for timely surgical intervention is required. 2012年の改訂アトランタ分類 1により膵炎の局所合併症としてみられる膵あるいは膵周囲の液体貯留は,壊死の有無と発症からの経過時間により,間質性浮腫性膵炎後に発症する急性膵周囲液体貯留(acute peripancreatic fluid collection: APFC)と壊死性膵炎後に発症する急性壊死性貯留(acute necrotic collection: ANC),それぞれが4週以上経過した膵仮性嚢胞(pancreatic pseudocyst: PPC)と被包化壊死(walled–off necrosis: WON)の4つのカテゴリーに分類された。ガイドライン 2, 3, 4ではこれら膵局所合併症に関して無症候性,非感染性のものについては保存的加療を推奨し,症候性,感染合併症例を治療適応としている。今回我々は,繰り返す急性膵炎後にWONを発症し,その経過観察中に合併した脾動脈本幹閉塞による脾梗塞と,胃後壁への炎症波及に伴う胃壁虚血に対して外科的治療を施行した1例を経験した。これまでに急性膵炎に伴う脾梗塞の発生率は約7%と報告され 5,また急性膵炎に伴い胃壁梗塞および脾梗塞を合併した報告例はある 6が,WONの自然経過における同合併症の発生に関しては明確にされていない。我々は自験例におけるWONの経時的画像所見と術中所見および切除標本の病理学的所見からその機序と治療方針について考察した。 本論文は倫理委員会の承諾を必要としない症例報告である。また,個人情報保護法に基づいて匿名化がなされており,患者本人から論文出版に関する同意を取得している。 患 者:40歳の男性 主 訴:左側腹部痛 基礎疾患:高トリグリセリド血症(LPL遺伝子異常症疑い) 生活歴:喫煙歴なし,飲酒習慣なし 現病歴:以前より急性膵炎を繰り返していた。9か月前に壊死性膵炎を罹患以降,膵尾部と胃脾間,結腸間膜にWONが形成されていた(Fig. 1a–c)。6か月前,4か月前には浮腫性膵炎を罹患し絶食,輸液,ガベキサートメシル酸塩点滴,抗菌薬,経管栄養による保存的治療を受けていた。今回来院約12時間前に突然左側腹部痛を自覚,改善を認めないため,ウォークインで救急外来を受診した。 Abdominal computed tomography (CT) with contrast (a–e: contrast–enhanced CT, delayed phase, f: contrast–enhanced CT, arterial phase). a: 9 months before admission, at the onset of WON, a solitary lesion was found in the pancreatic tail. b: 6 months before admission, cystic lesions were found in the pancreatic tail and by the gastrosplenic ligament. There was no abnormal contrast effect on the spleen. c: 4 months before admission, cystic lesions were found in the pancreatic tail and by the gastrosplenic ligament. There was no abnormal contrast effect on the spleen. d: Edematous changes in the fornix of the stomach adjacent to WON on arrival (white arrow). e: All layers of the gastric wall were poorly enhanced on day 4 of admission (black arrow). f: On CT scan at the time of admission, the splenic artery next to WON in the pancreatic tail had a contrast defect (white and black arrowheads). d–f: There was poor contrast enhancement of the spleen. 経 過:来院時のバイタルサインは意識清明,心拍数91/分,血圧169/109mmHg,呼吸数24/分,酸素飽和度97%(室内気),体温37.1℃であった。身体診察では,腹部は平坦,左側を中心に腹部全体の圧痛,筋性防御を認めた。血液検査では,白血球18,100/µL,CRP 12.15mg/dLと非特異的炎症反応上昇を認め,Fib 536mg/dL,D–dimer 1.29µg/mLと軽度の線溶系亢進を認めた。膵酵素の上昇は認めなかった(Table 1)。腹部造影CT検査(Fig. 1d)では,胃脾間に最大径44mm(前回2か月前撮影時41mm),膵尾部に最大径43mm(前回2か月前撮影時38mm)のWONを認め,膵尾部以遠の脾動脈造影欠損,脾全体の造影不良を認めた(Fig. 1f)。またWONに接した胃穹窿部壁の造影不良を認めたが(Fig. 1d白矢印),胃周囲の血管には造影欠損を認めず,胃壁の浮腫性変化と考えた。脾梗塞の診断で入院加療とし,抗菌薬,ヘパリン15,000単位/日点滴静注,疼痛管理を開始した。入院後痛みは軽減したが,発熱の持続と第3病日の血液検査では白血球17,900/µL,CRP 31.40mg/dLと炎症反応の改善を得られず,入院第4病日に腹部造影CT検査を再検したところ,胃穹隆部の壁全層に及ぶ造影欠損が明確となった(Fig. 1e黒矢印)。上部消化管内視鏡検査を施行したところ,噴門部大弯から後壁にかけて胃粘膜の虚血性変化を認めた(Fig. 2)。比較的広範囲で胃壁全層の虚血壊死が生じていると疑われたため治療方針を改め,同日,緊急開腹手術を行った。腹腔内には漿液性腹水を少量認め,大網切開し網嚢腔を開放すると胃脾間・膵尾部のWONは胃後壁・膵尾部と強固に癒着一塊となっていた。脾動脈への前面からのアプローチは炎症波及により剥離困難であったため膵脾脱転したうえで脾動脈を根部から約1cmの部位で結紮し,膵臓も同部位で切離,合わせて梗塞に陥った脾を摘出した。胃後壁はWON癒着部から1cmほど離れた部位で胃壁を貫通し,壊死した胃粘膜を視認しつつWONを含めた胃部分切除を行った。結果的に胃穹窿部から体部後壁までを切除した(手術時間3時間39分,術中出血量470mL)。病理所見では胃後壁・WON・膵尾部・脾臓は一塊となり(Fig. 3a),線維性肉芽組織からなるWONの嚢胞壁には好中球浸潤を伴う中等度の急性炎症がみられ,内部は壊死物質で満たされていた。胃壁は固有筋層に及ぶ潰瘍形成を認め,一部で胃壁全層に及ぶ凝固壊死,浮腫,高度の急性炎症を認めた。漿膜側にはWONに伴う炎症所見とともに周囲の動脈内に血栓形成を認めた(Fig. 3b)。胃壁の明らかな穿孔は認めなかった。WONと隣接する動脈との間には炎症性細胞の浸潤を認め,脾動脈内腔は白色血栓で閉塞(Fig. 3c),脾臓は凝固壊死に陥っていた。術後経過は良好で,術後4日目に経口摂取を開始,同11日目に退院した。 Upper gastrointestinal endoscopy findings. There was ischemia of the gastric mucosa from the cardia and greater curvature to the posterior wall. Macroscopic and microscopic (×20) surgical pathology findings. a: Macroscopic cystic lesions were partially solid. (b, c) Histologically, the wall of the cystic lesion consists of fibrous granulation tissue with no epithelium, acute inflammation with infiltration by neutrophils, and contained internal necrotic tissue. b: The gastric wall had ulcer formation extending to the muscularis propria, coagulative necrosis throughout all layers, edema, and severe acute inflammation. Inflammatory infiltrates and thrombus were observed in the blood vessels surrounding WON on the serosal side of the gastric wall. c: In the pancreas, there was severe fibrosis, edema, and moderate to severe acute and chronic inflammation. A white thrombus was observed in the lumen of the splenic artery. W: walled–off necrosis (WON), P: pancreas, St: stomach, Sp: spleen 急性膵炎における壊死性膵炎の発症率は10~20%とされ 7,WONは壊死性膵炎の晩期合併症として生じる。WONは膵実質および膵周囲脂肪組織の壊死部が時間とともに当初の固形から融解壊死により液状化し,周囲を肉芽性・繊維性皮膜で覆う状態になったものである。近年までWONと間質性浮腫性膵炎の晩期合併症であるPPCは明確には区別されておらず,両者を含めた検討において,経過観察症例の30~50%で重大な偶発症・合併症が発生したと報告され 8, 9,発生6週以降では自然消退は期待できず偶発症・合併症率が高いとする報告 10や,嚢胞径が6cmを超えるものでは自然消退の可能性が低下し偶発症・合併症率が高くなるとする報告 9がある。一方でManraiら 11は壊死性膵炎153名の観察研究において,143名がANCを合併し,そのうちの84名がWONに移行したが,84名のWON症例中,保存的治療を受けた23名(約27%)において局所病変の自然消失もしくは軽快が得られたと報告した。また酒井ら 12は10cmを超える巨大WONの保存的治療例を報告している。このようにWONに関する保存的治療経過の詳細は未だ不明な点もあるが,現在のガイドライン 2, 3, 4においては,膵局所合併症の種数やサイズは問わず,無症候性,非感染性の症例に対しては保存的に経過観察することが推奨され,症候性の症例では感染合併が疑われるか否か,全身状態が安定か否かにより抗菌薬投与やインターベンション治療が選択される。インターベンション治療に際しては,経皮的或いは内視鏡的経消化管的ドレナージなどの非侵襲的処置から開始し,治療効果が不十分な場合には外科的手術を行うというstep–up approach法の有用性が確認されている。 本症例はこれまでに急性膵炎を繰り返していたが,今回9か月前に発症した壊死性膵炎の際に膵尾部に造影不良域を認めたほか,結腸間膜および胃脾間に不整形脂肪織濃度上昇を認めていた。膵尾部不染領域は8か月前には最大径40mmの境界明瞭な多房性病変となり,7か月前には膵尾部病変は同サイズ,胃脾間に径50mmの嚢胞性病変,結腸間膜に径67mmの不整形脂肪織濃度上昇域を認めていた。いずれも壊死性膵炎を契機に発生しており,WONと診断し1か月ごとのCT検査を行い経過観察していた。経過中の6か月前と4か月前にはそれぞれ間質性浮腫性膵炎を発症し保存的治療を行っているが,その際はいずれの局所合併症も大きさに著変はなく,その後は2か月前のCT検査において膵尾部病変は径38mm,胃脾間病変は径41mm,結腸間膜病変は径23mmとそれぞれ縮小傾向であり,脾動脈,脾臓,胃壁の造影効果にも異常は認めなかった。したがって本症例において,脾梗塞と胃壁虚血を同時に発症したのは,膵局所合併症出現から約9か月が経過したところであった。局所合併症のサイズは続発症が増加するとされる60mmより小さい40mm前後であり,この間腹部自覚症状も認めなかったため,外来経過観察中であった。 膵局所合併症の経過中にみられる病態として,感染,消化管・胆管閉塞,腹腔内・隣接消化管や臓器への破裂・穿通,出血がある 13。本症例では胃壁虚血と脾動脈閉塞に伴う脾梗塞を発症した。膵局所合併症の消化管瘻・穿破は嚢胞性病変が消化管に癒着して線維化が進行することにより,癒着臓器の伸展が強制されて生ずると考えられる。本症例では病理所見として胃壁漿膜側にWONによる炎症波及を認め,周囲動脈内の血栓形成が散見された。炎症所見は一部固有筋層に及び,比較的広範囲の胃粘膜虚血が起き,潰瘍形成を生じたと考えられた。脾梗塞に関しては,WONによる脾動脈の物理的圧排のほか,経過中に繰り返された膵炎の炎症波及による脾動脈周囲の線維化から脾動脈狭窄を生ずる機序,血管炎に伴う血栓形成機序などの関与が考えられる。本症例は短胃動脈や胃大網動脈からの十分な側副血行路が発達する前に脾全体の梗塞を来しており,動脈周囲に好中球浸潤を伴う急性炎症所見を認めることから,徐々に進行する物理的圧迫よりも,炎症に伴って急速に進行する血栓形成の要素が大きいと考えられた。脾動脈閉塞の結果として生じた脾梗塞は,発熱,疼痛などの自覚症状が改善しない場合や,膿瘍形成,破裂,敗血症性ショック,出血などの合併症を来した場合には脾摘術の適応がある 14。梗塞範囲が増えるほど合併症のリスクが高まると考えられるが,脾機能亢進症に対して行われる部分的脾塞栓術のように,無菌性脾梗塞と適切な梗塞率が保たれていれば外科的治療を必要としないという報告 15や,胃癌術後に発症した全脾梗塞の保存的治療例の報告 16がある。本症例は当初,胃壁造影不良域を浮腫性変化と捉えていた。脾梗塞に対しては出血・感染合併による病態悪化時の手術適応を念頭に置きつつ,ヘパリン・抗菌薬・鎮痛薬による内科的治療から開始したが,発熱が続き炎症反応の改善も得られなかった。入院第4病日の再評価において脾動脈閉塞および脾梗塞の状況に変化はなく,一方で胃壁の虚血所見が明確となったため,保存的治療を断念して手術治療を行った。本症例は来院時点で左側を中心とした腹部全体の圧痛・筋性防御や非特異的炎症反応上昇という腹膜炎を疑う所見を認めており,当初からstep–up approach法に則った治療介入を検討すべきであった。本症例の術中所見においてWONは胃壁と強固に癒着していたためWONを含め一塊切除とする膵尾部切除・脾摘出・胃部分切除術を施行した。 WONの合併症治療においては,常に外科的治療に移行する選択肢を念頭に置き,症状や画像所見から臨床経過を継続的に評価することが致死的合併症を防ぐために重要である。 本症例は,繰り返す急性膵炎に生じたWONの経過観察中に脾動脈本幹閉塞からの脾梗塞および胃壁虚血を合併した。自然消退しない膵局所合併症の治療方針を検討するうえで教訓的な1例と思われ報告した。 本論文の要旨は,第49回日本救急医学会総会・学術集会において発表した。 著者全員において本症例報告に関する利益相反はない。