【症例1】52歳の男性。腹痛を主訴に近医を受診したところ,腹部造影CTで急性膵炎および脾動脈瘤破裂と診断され当院紹介となった。当院CTでは腹腔動脈起始部の解離と仮性動脈瘤を認めた。血管内治療を試みたが,脾動脈遠位の屈曲・蛇行が強く,金属コイルとNBCA併用による近位塞栓で終了とした。不完全塞栓であったため最終的には手術治療を要した。【症例2】53歳の男性。受傷2日前に突然の腹痛を自覚。受傷当日,乗用車運転中に意識消失し対向車と正面衝突し搬送となった。来院時ショック状態であり,腹部超音波検査では腹腔内液体貯留を認め,造影CTでは腹腔動脈起始部より脾動脈遠位に至る偽腔開存型解離および解離性脾動脈瘤破裂と周囲血腫を認めた。腹腔動脈起始部は正中弓状靱帯圧迫症候群により狭小化していた。血管内治療を施行したところ,脾動脈解離の真腔は偽腔に圧排され完全閉塞し,偽腔より横隔脾間膜内への造影剤漏出を認めた。偽腔の近位・遠位を金属コイルで塞栓し止血を得た。経過観察後のCTでは脾門部に仮性動脈瘤の出現を認め,金属コイル・NBCA塞栓術を追加し根治し得た。孤立性特発性腹腔動脈解離に伴う解離性脾動脈瘤破裂は非常に稀ではあるが,内因性腹部出血の鑑別の一つとして考慮すべきであり,発症様式や全身状態により各施設で最適な止血方法を選択する必要がある。 Here we report the features of two cases of ruptured dissected splenic artery aneurysm associated with isolated spontaneous celiac artery dissection encountered in our institute. Case 1: A 52–year–old male was referred to us following diagnosis with acute pancreatitis with pancreatic pseudocyst, dissection of the origin of the celiac artery, and a dissecting pseudoaneurysm of the splenic artery on computed tomography(CT). Endovascular treatment was attempted, but the distal splenic artery was difficult to reach due to high flexion and tortuosity; therefore, proximal embolization alone was performed. Follow–up CT showed incomplete embolization, and radical surgical treatment was subsequently performed. Case 2: A 53–year–old male lost consciousness while driving a passenger car and was injured in a head–on collision with an oncoming car. CT showed dissection from the origin of the celiac artery to the proximal splenic artery and rupture of the splenic artery aneurysm. The celiac artery was narrowed due to median arcuate ligament syndrome. Endovascular treatment was performed, the proximal and distal portions of the false lumen were embolized with coil and cyanoacrylate, and hemostasis was achieved. Follow–up CT revealed a pseudoaneurysm at the splenic hilum, and embolization was performed again. Although, very rare cases, we should consider as one of the differentials diagnoses. 孤立性特発性腹部内臓動脈解離は稀な病態であるが,腹腔動脈解離は上腸間膜動脈解離に次いで多いとされている 1。孤立性特発性腹腔動脈解離(isolated spontaneous celiac artery dissection: ISCAD)はmulti detector–row CT(MDCT)の普及により報告数が近年増加しているものの,無症候から症候性に至るまで臨床経過は様々である。一般的には初回治療として保存的治療を選択することが多いが,合併症を有する例では侵襲的治療が選択される 2。今回我々は,解離性脾動脈瘤破裂を伴ったISCADの2例を経験したため,文献的考察とともに報告する。 本稿は倫理委員会の承認を要しない症例報告である。また,個人情報保護法に基づき匿名化されており,患者家族から論文の出版に関する同意を得ている。 患 者:52歳の男性 主 訴:左側腹部痛 既往歴:特記事項なし 飲酒歴:焼酎500〜1,000mL/日 喫煙歴:20〜30本/日×30年間 現病歴:来院10日前より左側腹部痛を自覚していたが,徐々に増悪したために前医へ救急搬送された。造影CT検査で急性膵炎および脾動脈瘤破裂と診断され,当院へ転送となった。 来院時現症:意識レベルJapan coma scale(JCS)I–0,Glasgow coma scale(GCS)E4V5M6,呼吸数18/分,心拍数110/分,血圧140/80mmHg,体温37.2℃(腋窩),SpO2 100%(室内気)腹部は平坦・軟であり左側腹部の自発痛はほぼ消失していた。血液検査では白血球17,000/μL,CRP 6.92mg/dLと軽度の炎症所見を認めた。Amyは70U/Lと基準値内であった。 腹部造影CT動脈相では,腹腔動脈起始部は解離しておりISCADの所見を認めた(補足図1a)。動脈解離は腹腔動脈から脾動脈中程まで連続しており,脾動脈起始部は偽腔に圧排され高度に狭小化しており,偽腔は瘤状に拡張していた。さらに,破裂した偽腔周囲には最大径約25mmの不整に拡張した仮性動脈瘤を認めた(補足図1b)。また,膵体尾部の腫大と膵周囲の脂肪織濃度上昇を認め,急性膵炎の所見を認めた(補足図1c)。 初療経過:循環動態は安定していたため,仮性動脈瘤に対し動脈塞栓術(transcatheter aterial embolization: TAE)の方針とした。腹腔動脈造影では,腹腔動脈起始部から脾動脈へ及ぶ解離を認め,解離性脾動脈瘤を形成していた。解離性脾動脈瘤の周囲には最大径47mmの血腫を認め,仮性動脈瘤を形成していた(補足図2a)。脾動脈の真腔は拡張した偽腔に圧排されて狭小化しておりアプローチ不能であったため,偽腔よりアプローチした。偽腔から解離性脾動脈瘤遠位の選択を試みたが,屈曲と蛇行が強く困難であった。そのため,アイソレーションを断念し,仮性動脈瘤に連続する解離性脾動脈瘤内をコイル6本でパッキングし,解離性脾動脈瘤近位に2本のコイルを留置して50%NBCA 2mLを注入した。NBCAは解離性脾動脈瘤の尾側に停滞した。その後の造影では,解離性脾動脈瘤の一部に造影効果を認めたが,これ以上の塞栓は技術的に困難と判断し手技を終了した(補足図2b)。 入院後経過:TAE後は腹痛の再燃や貧血の進行なく経過したが,第4病日の造影CTではコイル塞栓部腹側に結節状の造影効果が残存し,塞栓部の遠位にも血流を認めた(補足図2c)。不完全塞栓であったがTAEによる再アプローチは困難と考え,待機的に第8病日に手術となった。開腹時,活動性出血はほぼ認めなかった。膵体尾部に膵炎の影響と思われる高度癒着を認め,瘤との剥離は困難であった。脾動静脈を根部で結紮し,膵体尾部・脾臓合併切除を行った(補足図3a, b)。術中出血量2,320mL,濃厚赤血球輸血計4単位使用した。術後経過は良好で第25病日に退院となった。切除膵の病理組織診断では,膵炎の炎症が脾動脈へ波及し,脾動脈外膜が破壊されている所見を認めた。 患 者:53歳の男性 主 訴:意識消失,腹痛 既往歴:糖尿病,高血圧 現病歴:受傷2日前の早朝に突然の激しい腹痛とめまいを自覚したが,自宅で様子を見ていた。受傷当日,乗用車を運転中に意識消失感が出現し,車を停車させたところで対向車と正面衝突し救急要請となった。救急隊接触時ショック状態であり,ドクターヘリで当院搬送となった。 来院時現症:意識レベルJCS I–1,GCS E4V5M6,呼吸数18/分,心拍数121/分,血圧81/54mmHg,体温35.2℃(腋窩温),SpO2 99%(酸素10Lリザーバーマスク),瞳孔径は両側3.0mmで対光反射は迅速であった。腹部超音波検査でモリソン窩,脾周囲,膀胱直腸窩に液体貯留を認めた。体表上は明確な外傷痕は認めず,腹部も平坦軟であったが,上腹部に軽度の圧痛を認めた。血液・生化学検査では,白血球の上昇(25,100/μL)と貧血(Hb 10.2mg/dL)を認めたほか,Cr 1.08mg/dL,CRP 2.29mg/dL,乳酸32mg/dLと上昇を認めた。Amyは110U/Lと基準値内であった。 初療経過:ドクターヘリ医師接触時は血圧測定不能であったが,現場より初期輸液,O型赤血球輸血開始後,来院時収縮期血圧は80mmHg以上に上昇したため,直ちに腹部造影CTを施行した。腹部造影CTでは血性腹水貯留を認め,腹腔動脈起始部は正中弓状靱帯圧迫症候群(median arcuate ligament syndrome: MALS)により狭小化(補足図4a)しており,かつ解離(ISCAD)を認めた(補足図4b)。ISCADは脾動脈遠位に及び,解離性脾動脈瘤の破裂に伴う仮性動脈瘤が形成されていた。さらに,横隔脾間膜内には大量の血腫を伴っていた(補足図4c)。来院時は、“外傷性”腹腔内出血として初療を進めていたが,受傷機転が軽微なこと,腹部に外傷痕を認めないこと,来院2日前からの腹痛と意識消失のエピソードがあることを考慮し,解離性脾動脈瘤破裂による出血性ショックと最終的に判断した。開腹止血術も考慮したが,輸液・輸血により循環動態の安定化が得られたこと,CT上腸管損傷などの絶対的に手術介入を要する病態がないことからTAEの方針とした。腹腔動脈造影では仮性動脈瘤はやや遅れて描出された(補足図5a)。膵尾枝や大膵動脈は描出されず,遠位で僅かに脾実質が造影された。腹腔動脈造影を施行したところ,腹腔動脈解離に続く解離性脾動脈瘤の真腔は偽腔に圧排されて狭小化し,完全閉塞していた。そのため,偽腔内へガイドワイヤーを進め,偽腔内から仮性動脈瘤の遠位をコイル計5本,近位をコイル計7本にてアイソレーションした(補足図5b)。最終的に腹腔動脈造影,上腸間膜動脈造影で仮性動脈瘤が描出されないことと,短胃動脈から脾実質の造影効果が保たれていることを確認して手技を終了した。 入院後経過:循環動態は安定して経過し,貧血進行もなく,止血は得られたと判断した。第8病日の造影CTでは,脾門部に短胃動脈を血液流入路とする仮性動脈瘤の出現を認めた。瘤径は小さく血栓化を期待し経過観察を行ったが,第18病日のCTで瘤径14×16mmと増大を認めたため再度TAEを施行した。腹腔動脈から胃十二指腸動脈,胃大網動脈を介してアプローチし,仮性動脈瘤近位と遠位で金属コイル2本と40%NBCAにて塞栓を行った(補足図6a, b)。脾臓血流は,短胃動脈・後胃動脈を介して温存された。その後は経過良好で,第21病日に退院となった。 今回我々は,ISCADを伴う解離性脾動脈瘤破裂の症例で,それぞれ異なる治療アプローチを要した2症例を経験した。ISCADはMDCTの普及により近年報告数が増加しており,初回治療として降圧,鎮痛,抗血小板療法,抗凝固療法などによる保存的治療を選択されることが多い。腹腔内出血などの合併症を有する例では侵襲的治療が選択されるが,確立した治療法はなく,症例により手術あるいは血管内治療が選択されている 2, 3, 4。 侵襲的治療の適応として,症状持続,腹腔動脈径拡大(≧15~20mm)や瘤化,真腔の狭小化や閉塞による臓器虚血,動脈瘤破裂が挙げられる 5。ISCAD 169例のシステマティックレビューでは血管内治療が11.8%に,開腹手術が8.9%に行われており,近年では血管内治療が主流となっている 6。また,別のシステマティックレビュー(68症例)では,解離の進展範囲に関し腹腔動脈限局が22.6%,脾動脈への進展が50.9%,総肝動脈への進展が45.3%と報告されている 5。破裂症例は腹腔動脈1.2%,脾動脈2.9%に認め全例死亡している 5, 6。このように,ISCADから破裂に至る症例は非常に稀であり,文献検索した範囲では腹腔動脈起始部の解離が遠位へ進展し破裂した例は4例のみであった 2, 3, 7, 8。 今回提示した2症例では,ISCADが脾動脈遠位まで解離を来し,かつ解離性動脈瘤破裂に至った点と,その背景にそれぞれ膵炎やMALSを有していた点で非常に稀な症例であった。これまでにISCADの成因として,動脈硬化,血管炎,線維筋性異形成,結合織疾患(Marfan,Ehlers–Danlos症候群),結節性多発動脈炎,segmental arterial mediolysis,梅毒や真菌感染症などが報告されている 2。 症例1では,循環動態が安定していたことからTAEを第一選択としたが,脾動脈の屈曲・蛇行と狭小化が著しく,不完全塞栓となり最終的に手術を要した。ISCADの解離が脾動脈へ進展した結果解離性脾動脈瘤を形成し,さらに脆弱性の高い偽腔に急性膵炎の炎症が波及し破裂を来し,仮性動脈瘤を形成したものと考えられた。ISCADそのものの成因として膵炎が背景となっていたかに関しては報告が存在しない。症例2は,MALSに続発したISCADが脾動脈に進展し,解離性脾動脈瘤の形成から破裂に至った症例であった。MALSがISCADの発生に関与した症例は過去に報告されており,MALSに腹腔動脈解離が合併し膵十二指腸動脈瘤破裂に至った例 9や,MALSに腹腔動脈解離を伴い血管内治療を施行した例 10,および血管内治療に加え腹腔鏡による弓状靭帯切離を施行した例 11の3症例のみが存在している。MALSからISCADを生ずる機序は,腹腔動脈起始部の物理的狭小化によって血管内腔の圧上昇を来し,内膜と中膜の解離を生じるためと考えられる。無症候性のMALSが多く存在することは知られており,剖検例の検討では約1/3にMALSによる腹腔動脈圧迫を認めたとの報告もある 12, 13。また,CTなどの画像検査で約7%に腹腔動脈の無症候性狭窄が発見されたとの報告もある 14。ゆえに,症例2のように無症候性のMALSにISCADを潜在的に有している例も少なからず存在する可能性がある。なお,CTでISCADが偶発的に見つかった場合でも,循環動態が安定しており破裂や仮性動脈瘤を伴っていない場合にはルーチンでの血管造影は不要であり,MDCTでの形態的評価と経時的な経過観察で十分と考える。症例2ではTAEを第一選択としたが,もし仮に初期輸液にて循環動態の安定化が得られなかった場合,CT撮像ができないまま外傷性腹腔内出血として開腹止血術を先行させていた可能性があり,その場合ISCADによる内因性の解離性脾動脈瘤破裂との診断がつかなかった可能性がある。このように内臓動脈瘤破裂は,発症様式や全身状態においても選択される治療法が異なる病態であり,施設のリソースや各科のバックアップ体制なども考慮し,個々の施設で最適な止血方法を選択する必要があると考える。血管内治療,外科的治療のいずれを選択するにしても,初療を担う救急医がリーダーとして治療方針を決定し,専門的治療につなげることが要求されるため,内因性腹部出血の鑑別の一つとして常にこのような病態を念頭に置く必要がある。 また,MALSにおいては,根本原因である弓状靭帯圧迫を解除しないと,腹腔動脈,脾動脈塞栓に伴い,理論的に側副路への負担が増し将来的に瘤化から破裂を来す危険が残存する。現在ではより低侵襲な腹腔鏡下切離術が可能であり,ステントグラフト治療と組み合わせた根治的治療が将来的に期待されよう。 ISCADによる解離性脾動脈瘤破裂の2例を経験した。内因性腹部出血の鑑別としてISCADの破裂を念頭に入れる必要がある。 本稿における利益相反はない。 Please note: The publisher is not responsible for the content or functionality of any supporting information supplied by the authors. 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