症例は35歳男性。19歳で左腎移植を受けたが,徐々に移植腎の機能が低下し,入院6週間前に血液透析を導入された。その後,透析中に血圧が上昇し頭痛を繰り返し訴えていた。入院前日も透析中に血圧が上昇し頭痛を訴え,翌日痙攣を発症し当院へ搬送された。来院後に降圧薬,抗痙攣薬を投与して気管挿管し,人工呼吸管理とした。来院時の頭部CTには異常を認めなかったが,第3病日のMRIでは脳の血管原性浮腫を認め,posterior reversible encephalopathy syndrome(PRES)と診断した。本症例は体液過剰による高血圧と血管内皮細胞の脆弱性から血液透析中にPRESを発症したものと思われた。保存的加療にて軽快し,第17病日に退院した。PRESは脳の血管原性浮腫により頭痛,意識障害,視覚障害,痙攣などの症状を呈する症候群である。一般に予後は良好であるが,脳出血を合併し不良となる場合もある。また血液透析患者は脳出血を発症すると重篤化しやすい。血液透析患者が透析中に高血圧,頭痛を呈している場合はPRESの発症に留意し血圧を管理するべきである。 A 35–year–old man with a history of renal transplant 16 years ago was admitted to our hospital with seizure and hypertension one day after hemodialysis. Hemodialysis had been induced 6 weeks previously, and he had experienced headache and exacerbation of hypertension at every dialysis session since then. We administered anticonvulsants and a vasodepressor and initiated artificial respiration. Computed tomography (CT) of the brain at admission did not show any abnormalities. However, magnetic resonance imaging (MRI) on hospital day 3 showed vasogenic cerebral edema, and the patient was diagnosed with posterior reversible encephalopathy syndrome (PRES). We surmised that the main cause of PRES in this case was aggravated hypertension secondary to excessive fluid retention during hemodialysis. The patient responded well to medical therapy and supportive care and had a full recovery without sequelae. He was discharged 17 days after admission. PRES generally has a good prognosis. However, the prognosis may be poor in patients complicated with cerebral hemorrhage. The incidence of cerebral hemorrhage among hemodialysis patients is quite high, and they tend to have poorer prognosis. Clinicians should be aware that exacerbation of hypertension and headache during hemodialysis are indicative of PRES and appropriate management of blood pressure is essential. PRESは急性期に頭痛,意識障害,視覚障害や痙攣などの神経症状を伴い,画像所見で脳の血管原性浮腫を呈する症候群である 1。急激な血圧上昇や薬剤などが原因で起こる血管内皮細胞障害がその病態と考えられている 1, 2。大部分の患者の予後は良好だが、不可逆的な脳出血を合併する場合もある 1, 2。とくに血液透析(hemodialysis: HD)患者では脳出血を合併した場合の予後は不良であり,PRESの発症に留意すべきである。 今回HDにより高血圧と頭痛が増悪し痙攣を呈したPRESの1例を経験したので報告する。 患 者:35歳の男性 主 訴:痙攣 現病歴:入院6週間前にHDを導入した。血圧はHD導入前より170~200/90~120mmHgと高く,透析の前後で収縮期,拡張期とも5~10mmHg程度上昇していた。普段よりHD中に頭痛を訴え,入院の前日もHD中に頭痛を訴えていた。当日患者の居室で物音がし,家族が様子を見に行くと患者が意識朦朧としていたため救急車を要請した。救急隊による観察中に,全身性痙攣を来し,当院へ搬送された。 既往歴:膀胱尿管逆流症により腎不全となり,19歳で左腎移植を受けた。しかし,慢性活動性抗体関連型拒絶反応により移植腎も機能低下し,35歳でHD導入となった。 常用薬は以下のような免疫抑制薬と降圧薬を中心とした薬剤を服用していた。 タクロリムス3mg分2 プレドニゾロン5mg分1 オルメサルタン10mg分1 アムロジピン5mg分1 アルファカルシドール0.5μg分1 沈降炭酸カルシウム1.5g分3 セベラマー塩酸塩3g分3 現 症:血圧197/117mmHg,心拍数140/分,呼吸数27/分,鼓膜温36.8℃,意識レベルはGlasgow coma scale E4V4M6で顔面・四肢に麻痺を認めなかった。顔面,胸部,両上肢に小さな打撲痕が散在していた。 血液検査:WBC 15,900/μL,HB 12.5g/dL,Plt 12.7×104/μL,AST 19IU/L,ALT 12IU/L,Glu 130mg/dL,BUN 51mg/dL,Crea 11.6mg/dL,Na 144mEq/L,K 4.7mEq/L,CK 123IU/L,CRP 2.1mg/dL,PT–INR 0.96,APTT 27.8sec 動脈血液ガス:リザーバーマスクで酸素6L/分で投与しpH 7.195,PCO2 26.9mmHg,PO2 138mmHg,HCO3– 25.3mmol/L,BE –16.6mmol/L,Lac 12.4mmol/L 画像所見:頭部CTでは異常所見を認めなかった(Fig. 1a, b)。胸部X線ではCTRが63%と拡大し,胸部CTでは心嚢液が著明に貯留していた。 a, b: Head CT scan on admission. The CT is normal; there are no signs of edema and no low–density areas. c, d: Head CT on hospital day 3. There are no abnormalities on CT except for the small subdural hematoma (SDH) (arrowhead). 経 過:ICUへ入室後まもなく,再び痙攣を呈した。このためジアゼパム10mg,プロポフォール50mg投与にて鎮静した後,気管挿管を実施し,人工呼吸管理を開始した。また,ニカルジピン持続投与による降圧を実施した。フェニトインも投与し,以降痙攣の再発は認められなかった。血液検査,心電図,頭部CT,髄液検査からは痙攣の原因は不明であった。 第2病日より入院前に週3回行っていたHDを再開した。当院に搬送される前は,膜面積1.2mm2のポリスルホンダイアライザーを用い血流量150mL/hで4時間かけて行われていた。dry weight は63.0kgに設定され,1回除水量は1.0Lから2.0L程度であった。入院中の透析は膜面積1.1mm2のポリスルホンダイアライザーを用い,血流量150mL/hで4時間かけて行った。入院中,体液過剰と判断し,dry weightは60.5kgに下げて設定し,1回除水量は1.4Lから2.0L程度とした。第2病日の透析後は意識清明となり,同日抜管した。 降圧治療は,収縮期血圧160mmHg台を目標に,オルメサルタン10mg/日,アムロジピン10mg/日,カルベジロール10mg/日の経口投与を実施した。 腎移植後から維持投与されているタクロリムスおよびプレドニン,腎性貧血に対するエリスロポエチン製剤(遺伝子組換えダルベポエチンアルファ)については,臨床経過からも高血圧の被疑薬ではないと判断された。 第3病日に脳波検査を行ったが,痙攣の原因となる異常所見は認めなかった。同日のMRIでは,T2強調画像およびfluid attenuated inversion recovery(FLAIR)像で,両側の後頭葉と前頭葉に高信号領域が認められた(Fig. 2a, b)。一方同部位は拡散強調画像(diffusion weighted image: DWI)で高信号を示さなかった(Fig. 2c, d)。よって,同部位の所見は血管原性浮腫と診断した。MRIでは,さらにFLAIR像で右側の大脳半球に沿って少量の硬膜下血腫を疑う高信号域を認めた。同日実施した頭部CT検査でも,急性硬膜下血腫が確認された(Fig. 1c, d)。これは痙攣の際に転倒し受傷したものと考えた。その後嘔吐,頭痛,意識障害など頭蓋内圧の亢進を示唆する症状は現れず,経時的なCT検査でも血腫の増大や脳実質の異常所見は認めなかった。 a–d: Brain MRI on hospital day 3. a: FLAIR imaging shows high–intensity cortical and subcortical signals in both occipital lobes (arrows). There is a small SDH on the right (arrowhead). b: FLAIR imaging shows high–intensity subcortical signals in both frontal lobes (arrows). The small SDH is visible on the right (arrow head). c: There are no high–intensity signals in the brain parenchyma on DWI. d: Low–intensity cerebral parenchyma on DWI. The SDH is visible on the right (arrowhead). e–h: Brain MRI on hospital day 16. e: There are no visible high–intensity cortical or subcortical signals in the occipital lobes on FLAIR imaging. The small SDH remains visible on the right (arrowhead). f: FLAIR imaging shows notable reduction of the high–intensity subcortical signals in the frontal lobes. The small SDH remains visible on the right (arrowhead). g–h: There are no high intensity signals on DWI. 第16病日の脳MRIでは血管原性浮腫は改善しており,可逆性変化であったことが明らかであった(Fig. 2e–h)。このMRI所見の推移からPRESと診断した。 本症例は後遺症を残すことなく軽快し,第17病日に退院となった。 HD患者は一般的に高血圧,自己免疫疾患等の合併,またステロイド,免疫抑制薬等の使用などPRESの誘因を複数有している場合が想定される。しかしHD患者におけるPRESの疫学についての報告は少なく,現時点では詳細は明らかではない。Canneyら 2は592人の末期腎不全患者を10年間追跡して調べたところ,PRESを発症した患者は5人(発症率0.84%)で,いずれもHD患者であったと報告している。 HD患者の意識障害,痙攣の原因としてはPRESの他に脳血管障害,脳腫瘍,尿毒症性脳症,電解質異常,低血糖,薬物中毒,脳髄膜炎,血管炎,脱髄疾患などが挙げられる 3, 4。本症例は高血圧,頭痛および痙攣を呈したものの,降圧薬および抗痙攣薬投与して軽快した臨床経過と,脳MRIの所見の推移からPRESと診断した。 我々の渉猟し得た範囲では,慢性腎不全に対しHDを開始した患者でPRESを発症したとする報告は本症例を含め27例であった。内訳はTable 1に示す。うち7例は再発例で初回のepisodeについて記した。年齢は6~60歳,性別は男性13人,女性14人,慢性腎不全の基礎疾患は様々であった。症状は痙攣と頭痛がともに17例と最多で,霧視,視野欠損,複視などの視覚障害11例,せん妄9例,嘔気8例などであった。画像所見はMRIにおいて15例が脳実質の椎骨脳底動脈領域に異常所見が限局していたが,他の12例では椎骨脳底動脈領域以外にも異常信号を認めた。CTで異常所見があったものは6例,なかったものは6例で,他の15例はCT所見が記載されていなかった。予後は2例を除いて良好だった。PRESの誘因として高血圧を挙げたものが22例と最多で,うち体液過剰であったと記載されたものが12例だった 2, 5, 6, 7, 8, 9, 10。他の誘因として不均衡症候群が3例,免疫抑制薬が2例で,血液透析,ダイアライザー,HIV感染症,ミトコンドリア病を挙げたものがそれぞれ1例だった。 高血圧はHDの主要な合併症であるが,その機序として不適切なdry weightの設定による体液過剰に加え,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系が亢進する場合やエリスロポエチンの関与などが挙げられる 11。またHD中は除水により血圧が低下することが一般的であるが,本症例では収縮期,拡張期とも上昇傾向にあった。HD中に血圧が上昇する機序は明確にはなっていないが,体液過剰,RAA系の亢進,交感神経系の亢進,血液透析による降圧薬の血中濃度低下,血管内皮細胞の機能不全などの関与が報告されている 12, 13。Agarwalらは,HD中の血圧の上昇は適切なdry weightを設定することで改善されることから,体液過剰を示しているとしている 14。本症例も来院時心嚢液が貯留していたことや,入院後dry weightを下げて血圧が低下したことから体液過剰が高血圧およびHD中の血圧上昇の主因と思われた。またPRESの病態として血管内皮細胞障害がある。血管内皮細胞が障害されると,血管拡張作用があるnitric oxide(NO)の分泌が低下し,血管収縮作用があるendothelin–1の分泌が上昇することで血圧上昇を来す 12, 13。HD中に血圧上昇を来す患者は血管内皮細胞が脆弱とされる 13。本症例は体液過剰を主因として高血圧となり,血管内皮細胞の脆弱性を背景としてHD中にPRESを発症したことが考えられた。さらにPRESによる頭痛の症状が交感神経系を刺激して高血圧が持続したため,病態が進行し痙攣に至ったものと考えられた。 一般的に,HD患者は脳出血発症率が高く,予後も不良である。前述のCanneyら 2が報告したPRES 5例のうち2例は脳出血を合併して,死亡している。Table 1からは,CTで異常を指摘されていない症例も散見される。すなわちHD患者の脳出血合併例の中にはMRIを行わずPRESの発症が見過ごされている例も少なくないと思われ,PRESの発症に留意する必要がある。HD中に患者の血圧が上昇し,頭痛を訴える場合はPRESを発症している可能性がある。このような場合は,降圧薬や除水により適切に血圧を管理すべきである。 HDにより高血圧と頭痛が増悪し,痙攣に至ったPRESの1例を経験した。本症例は体液過剰を主因として高血圧となり,血管内皮細胞の脆弱性を背景としてHD中にPRESを発症したことが考えられた。HD中に血圧が上昇し,頭痛を訴える場合はPRESも念頭において血圧を管理すべきである。 本論文に開示すべき利益相反関係はありません。
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