Lamotrigine(LTG)は,てんかんや双極性障害に対し小児から成人まで幅広く投与されている薬剤である。今回我々は,初期投与量のLTG 25mg/dayで皮膚粘膜眼症候群(Stevens–Johnson症候群:SJS)を発症し集中治療の末救命しえたが,リチウム中毒によると思われる失調性構音障害を残した症例を経験した。本例の初期症状は急性咽頭炎様の所見を呈し,口腔粘膜症状や皮疹に乏しく感染症との鑑別を要し,SJSの診断に難渋した。症例報告をするとともに文献的考察を行い,近年報告されているLTGによる重症薬疹の注意喚起をし,リチウム服用者の留意点についてリチウム中毒による神経学的後遺症の観点から述べる。 Recently, patients with epilepsy or bipolar disorder increasingly are prescribed lamotrigine (LTG). A 31–year–old woman presented with Stevens–Johnson syndrome (SJS) because of an initial dosage of LTG 25mg/day and was treated by intensive care. Furthermore, she also suffered from ataxic dysarthria possible to be caused by lithium toxicity. She initially presented with only fever and throat pain, and so it was difficult to differentiate SJS from other infectious diseases. We report and describe this case using a literature study. We call attention to serious adverse drug eruption induced by Lamotrigine and to neurological sequelae due to lithium toxicity. 患 者:31歳女性 主 訴:発熱,咽頭痛 現病歴:双極性障害の既往があり,当院の精神神経科に通院中であった。入院10日前(投薬0日目)に当院の精神神経科にて服用中の炭酸リチウム800mg/day(血中濃度0.93mEq/L)に加えてLamotrigine(LTG)25mg/dayが開始された。入院2日前から38°Cの発熱と頭痛が出現し,入院日(第1病日,投薬10日目)に40°Cの発熱と悪寒があり当院に救急受診され,同日緊急入院となった。 内服薬:炭酸リチウム(200mg)4錠 分2夕後眠前,ラモトリギン(25mg)1錠 分1朝後,酸化マグネシウム(330mg)6錠 分3後,ビフィズス菌製剤 3錠 分3後,エスゾピクロン(2mg)1錠 分1眠前,フルニトラゼパム(1mg)1錠 眠前 アレルギー:和そば,パイナップルで皮疹の出現あり 既往歴:双極性障害 家族歴:特記事項なし 宗教歴:本人・母親がエホバの証人,*父親・同胞2人(兄,弟)は無宗教 来院時身体所見:意識清明,体温40.0°C,脈拍97/min,血圧155/84mmHg,SpO2 97%(room air),呼吸数24/min,両側の眼球結膜は充血し,顔面は紅潮し両眼瞼浮腫を認めた。咽頭は発赤し,右頸部に圧痛を認めたが,リンパ節は触知できなかった。項部硬直はなく,呼吸音は清,腹部は特記すべき所見なく,発疹は顔面の紅潮以外は認めなかった。神経学的な異常所見も認めなかった。 細菌培養(咽頭,尿,血液2セット):すべて細菌陰性 胸部X–ray:特記すべき所見なし 血算・生化学分析結果(第1病日):WBC 6,000/mm3(Neut 90.6%),Hb 12.8g/dL,Ht 38.8%,Plt 8.5万/mm3,T–Bil 0.4mg/dL,AST 71IU/L,ALT 29IU/L,LDH 489IU/L,ALP 185IU/L,γ–GTP 28IU/L,Alb 3.2g/dL,BS 107mg/dL,Amy 124IU/L,BUN 14.6mg/dL,Crea 0.7mg/dL,CK 129IU/L,Na 133mEq/L,K 4.1mEq/L,Cl 104mEq/L,CRP 5.2mg/dL,PT 13.3sec,APTT 35.6sec,Fib 297mg/dL,FDP 72.0µg/mL その他の検査結果: ・薬物血中濃度(第3病日)炭酸リチウム1.43mmol/L(0.6–1.2),ラモトリギン0.91µg/mL ・プロカルシトニン(第4病日)2.05(0.00–0.05ng/mL) ・ウイルス検査 アデノウイルス迅速検査陰性,CMV–IgM(EIA)陰性,CMV–IgG(EIA)陽性,EB VCA–IgM(FA)<10倍,EB VCA–IgG(FA)320倍,EB EBNA 320倍,ムンプスIgM(EIA)陰性,ムンプスIgG(EIA)陽性 ・HHV–6検査 1回目(第8病日)HHV–6 IgM 10倍未満,HHV–6 IgG 40倍,HHV–6 PCR 陰性 2回目(第22病日)HHV–6 IgM 10倍未満,HHV–6 IgG 80倍 ・DLST(ラミクタール):薬剤誘発性リンパ球刺激試験(drug–induced lymphocyte stimulation test) 1回目(第8病日)陰性(最大SI 1.5<1.8) 2回目(第22病日)陽性(最大SI 10.5≧1.8) 入院後経過(Fig. 1):急性咽頭炎を考え入院時から抗生剤(CTRX 2g/day)を点滴投与し,内服薬は続行としていた。しかし発熱の改善はなく顔面の浮腫が増悪(Fig. 2),第3病日に収縮期血圧70mmHgのショック状態となり集中治療室に転棟となった。入院時に採取した細菌培養はすべて陰性であった。LTGを含め内服薬はすべて中止したところ,第4病日には精神状態が不安定(LTG服薬への焦燥感)になり精神科医と相談しLTG(25mg)1錠のみ再開した。これが結果的にチャレンジテストとなり,服用後に播種状紅斑が全身に出現し(Fig. 3),38°Cまで軽快しつつあった発熱も40°Cへ再上昇しLTGによる薬疹と診断した。鑑別疾患としたCMV,EBV,ムンプスウイルスはいずれも既感染パターンであった。第5病日よりprednisolone(PSL)30mg/dayを開始したが,口唇及び口腔内のびらん・出血が出現し始め(Fig. 4),SJSの診断基準 1(Fig. 5)のうち主要所見3項目を満たしSJSと診断し,第6病日よりステロイドパルス(methylprednisolone 1g/day × 3日間)を開始した。しかし同日より意識状態が悪化してJCS III–100まで低下し,第7病日より全身痙攣を来した。頭部CTでは異常はなく,腰椎穿刺はDICのため実施できず原因は特定できなかった。重症薬疹の鑑別疾患である薬剤性過敏症症候群(drug– induced hypersensitivity syndrome: DIHS)はHHV–6の再活性化を認めず否定的であった。PSLは第9病日より60mg/dayから5日ごとに漸減し,徐々に意識状態及び全身状態は改善した。第18病日に一般病棟に転棟となったが,失調性の構音障害を残した。第50病日にPSL 7.5mgで退院となり,第90病日にPSLは中止となった。第26病日及び退院3か月後の頭部MRIでは異常はなく,1年経過した現在も外来通院中であるが,構音障害の改善は認めていない。なお第22病日のLTGのDLSTは陽性であった。 Summary of the clinical course. She presented with throat pain and fever on hospitalization (day1), but gradually she was getting into shock. She was treated in the ICU (intensive care unit) between day3 and day18. On day4 she presented with maculopapular eruption of her trunk and extremities soon after re–exposure to LTG 25mg. On day7 she presented with erosions and bleeding of her lips and oral cavity. So we diagnosed SJS due to LTG and treated by steroid pulse (mPSL 1g/day × 3days). After that we started PSL 60mg/day and gradually decreased every 5days. She suffered from generalized seizure during day7–9 and pleural effusions during day5–16, but she was treated by anticonvulsants and NPPV. Then she was gradually getting better and discharged ICU on day18. Y axis means body temperature (BT). CTRX: ceftriaxone, LTG: lamotrigine, PSL: prednisolone, mPSL: methylprednisolone, NPPV: non–invasive positive pressure ventilation Facial edema (day3). She presented with facial edema, especially bilateral eyelids’ edema on day3. Maculopapular eruption of her knee (day4). She presented with maculopapular eruption of her trunk and extremities after re–exposure to LTG 25mg on day4. Erosions and bleeding of her lips (day7). She presented with general edema. Furthermore we found erosions and bleeding of her lips and oral mucosa. But on this photograph we slightly can see erosions and bleeding of her lips. According to this symptoms, we clinically diagnosed SJS due to LTG on day7. Diagnostic criteria for Stevens–Johnson syndrome. 1 本例では最終的に強い口腔粘膜のびらん・出血を呈し診断基準(Fig. 5)よりSJSと診断したが,皮膚病変は病像の最終段階においても全身性の播種状紅斑が見られたのみで,初期は口腔粘膜症状や皮疹に乏しく,感染症との鑑別を要し診断に難渋した。重症薬疹の死亡例では,皮疹よりも発熱が先行するケースがSJS・TENで各々75%・47%と高く 2,皮疹が出ない場合の重症薬疹の診断の難しさを裏付けている。本例では結果的にチャレンジテストとなり臨床診断したが,重症薬疹の補助診断である皮膚の迅速病理診断は本例のように皮疹に乏しい症例では実施できない。またDLSTもLTGでは福田らの「薬疹情報」によるとSJS 7/8(87.5%),中毒性表皮壊死症(toxic epidermal necrolysis: TEN)6/6(100%),DIHS 15/16(93.8%),その他の薬疹タイプでも19/21(90.5%)と陽性率は高い 3ものの,結果に時間を要することが欠点であり早期の診断は難しく,病歴及び臨床症状が診断に最も重要である。LTGによる重症薬疹については,本例加療中の2015年2月4日に厚生労働省より安全性速報(ブルーレター)が通達され,16名の死亡報告 4がなされた。さらに2016年1月20日に3学会合同ステートメント(日本うつ病学会,日本神経精神薬理学会,日本臨床精神神経薬理学会)が発表され,注意喚起がなされている 5。LTGによる重症薬疹の頻度は小児で0.3~0.8%,成人で0.08~0.3%とされる 6が,LTGは投与方法が少し複雑で,用法用量の非遵守例で死亡に至る重症化が顕著とされる。しかし,重症薬疹発症例のうち57.8%は用法用量が守られており,必ずしも回避できるわけではなく 5,本例でも用法遵守はされていたが初期投与量(25mg/day)の服薬8日目で発症している。一般的にSJS・TENの死亡率は各々3%・19%とされ 2,たとえ救命できても後遺症として失明に至る視力障害,眼瞼癒着,ドライアイなどの眼後遺症を残すことが多く 7,その社会的な問題は大きい。LTGは催奇形性において若年女性に使用しやすい抗てんかん薬であり,双極性障害においても,うつ病エピソードの再発予防に効果のある数少ない薬剤であり,使用頻度は今後も増えることが予想され,LTGによる重症薬疹に遭遇する頻度は稀とはいえ減る可能性は低い。本例のように重症薬疹の発症形態が非典型的な場合,皮膚科または眼科を受診せず,一般当直医が対応するケースがありうる。まずは発熱・口腔咽頭の発赤腫脹が初期症状になる重症薬疹症例があることを銘記し,基本的なことだが,薬剤の服用歴について問診し,早期の診断治療を心がけるべきである。 本例ではステロイドパルスが奏効したが,後遺症として構音障害を残した。以前よりリチウム中毒による遅発性の小脳失調症状は報告 8があり,症状出現後数か月後から1年後に画像上小脳萎縮を呈する報告 9もある。1987年にAdityanjee 10は,「the Syndrome of Irreversible Lithium–Effectuated Neurotoxicity」の頭文字をとってSILENTと提唱しており,神経学的異常所見が以前になくリチウム服薬中止後2か月以上経過をしても改善しない神経学的後遺症を残すものとされている 11, 12。症状は小脳失調症状が最も多く,他にも錐体外路症状,認知機能障害,脳幹機能障害があり,非典型的なものに視神経炎,垂直性眼振,myopathy(ミオパチー)などがある 8, 12。本例でも失調性構音障害の特徴とされる断綴性言語を確認したが,他の神経学的所見は異常なく,画像上も変化を確認できなかった。しかし,他の薬剤等では失調性構音障害の原因は説明できず,リチウム中毒による後遺症を考えた。詳細な病態は分かっていないが,SILENTは病理学的に多発する脱髄所見が見られ,中枢神経を中心に末梢神経でも確認されており,小脳に多く,Purkinje細胞の減少,小脳の萎縮,小脳皮質のgliosis等が見られるとされる 12, 13, 14。このようなリチウム中毒による神経学的後遺症は急性の大量服用だけでなく,長期服用者で血中濃度が正常範囲内でも1.25%で起こるとされ 15,危険因子は肺炎などの感染症の併発,脱水,急性腎不全などのリチウムの血中濃度が上昇する病態,他の薬剤(抗精神病薬,三環系抗うつ薬,抗てんかん薬,一部のNSAIDs,ACE阻害薬など)との併用とされている 16, 17。機序として発熱により血液脳関門(blood–brain barrier)の透過性が亢進し,リチウムの取り込みが増加することが考えられていることに加え 8, 18,急性期の大量服用と異なりリチウムを以前から服用している場合は常用による細胞内への蓄積があり,急性中毒と異なりすでにリチウムに暴露されており,中毒症状として重症になる傾向が報告 19されている。本例では第3病日のリチウム血中濃度は1.43mmol/Lと軽度の上昇であったが,SJS発症に伴い細胞内のリチウム濃度が上昇した可能性がある。リチウム中毒の治療の根幹は既知のごとく血液透析であるが,血中濃度と細胞内のリチウム濃度が必ずしも相関しないことは以前から報告 17, 18があり,透析後リチウム血中濃度の再上昇予防のためCHDF(continuous hemodiafiltration:持続的血液濾過透析)併用もされている。血液透析の適応は,①4mmol/L以上,服薬量として40mg/kg以上の服薬,②2.5mmol/L以上で重篤な症状(痙攣や意識障害など)がある,または腎機能障害や心不全等の合併がある場合,③2.5mmol/L以下でも末期腎不全や入院後にリチウム濃度が上昇する場合,また治療30時間後でも1mmol/L以下にならないときとされる 17。本例の場合は③の適応が考えうるが,本例ではSJSへの対応をしている最中で状態も悪く,リチウム中毒について失念しておりフォローできなかった。本例のようにリチウム服用者が感染症や脱水,急性腎不全など血中濃度が上昇するような病態を併発した際には,原疾患が重篤であればリチウム中毒の対応に注意が向かない可能性がある。また急性中毒だけでなくSILENTも念頭において治療にあたる必要があり,とくに血液透析については従来の急性中毒の適応のみでは不十分であり 20,リチウム長期服用者では閾値を下げて考えたほうがよい。 LTGによるSJSの症例を経験した。重症薬疹であっても,急性上気道炎様の症状で一般医が診療する可能性もあるため注意が必要である。また本例では,リチウム中毒によるであろう失調性構音障害を残した。リチウムの長期服用者では,その血中濃度と中毒症状の発現が相関しないことがある。リチウム長期服用者の中毒に対する血液透析の適応については,十分なコンセンサスが得られていないものの,神経学的な後遺症の観点からは血液透析を考慮する必要がある。 本報告の一部は第43回日本救急医学会総会(2015年10月22日)で発表した。 利益相反はない。