Abstract

上部消化管内視鏡中の偶発症として空気塞栓症は非常に稀ではあるが致命的となり得る。今回我々は空気塞栓症による心肺停止に対してveno–arterial extracorporeal membrane oxygenation(VA ECMO)を導入した1例を報告する。症例は膵臓癌の既往がある70歳,男性。上部消化管内視鏡検査中に突然酸素化が低下,心肺停止となった。直ちに蘇生処置を開始しVA ECMOを導入した。大腿動静脈にカニュレーションを行い,回転数を上げたところ,多量の空気が静脈カニュレから回路内に流入し一時回路停止に陥った。回路内の空気除去を迅速に行ったことで有効なECMO流量を保つことができた。その後の全身CTの結果,全身の血管にガス像を認め空気塞栓症と診断され,翌日逝去された。本症例のように急変対応中に空気塞栓症の確定診断を得ることは困難であり,疑うことが必要である。心肺停止例への胸骨圧迫や気泡吸引の効果は限定的であるため,従来方法で蘇生が得られない場合はVA ECMO導入が有効である可能性がある。しかしECMO自体がシャントとして動脈性空気塞栓症を助長させる可能性があるため注意が必要である。そのため右内頸静脈に脱血カニュレを挿入し気泡吸引後にECMOを確立させることが望まれる。 Air embolism during endoscopic treatment is a rare but lethal complication. We report the case of a cardiac arrest patient with air embolism treated by veno–arterial extracorporeal membrane oxygenation (VA ECMO). When we performed gastroduodenal endoscopy for 70–year–old man with pancreatic cancer, there was a sudden drop in oxygenation and subsequent cardiopulmonary arrest (CPA). We immediately tried to resuscitate, and VA ECMO was induced. We cannulated into the femoral vein and artery, and gradually increased pump’s revolution. Then a significant amount of air emerged from the venous cannula to the ECMO circuit. This led to temporary cessation of circulation but was overcome after immediate removal of air from the ECMO circuit. Subsequently, we diagnosed air embolism by whole–body computed tomography. The next day, he died. In the case, it would be necessary to consider air embolism as a cause of CPA, because it is difficult to detect it. ECMO may be an effective strategy in cardiopulmonary resuscitation, although benefits of chest compression and manual removal of embolized air are limited. But, we should be careful that ECMO itself might made arterial air embolism as a shunt. Therefore, we should consider inserting a drainage cannula into the right internal jugular vein for aspirating air and increasing ECMO pump flow. 上部消化管内視鏡中の合併症として空気塞栓症は非常に稀ではあるが,一度発症すれば致命的となり得る。心肺停止に陥った際は胸骨圧迫,左側臥位,血管内気泡の吸引除去など迅速な対応が必要となるが 1,空気塞栓の予測は困難であり一般的な心肺蘇生法では処置として効果を認めないことが多い。今回我々は空気塞栓症による心肺停止に対してveno–arterial extracorporeal membrane oxygenation(VA ECMO)を導入した1例を経験したので,空気塞栓症に対する適切な対処方法を検討する。 患 者:70歳,男性 既往歴:糖尿病,胃潰瘍穿孔(胃部分切除,B–II再建を施行) 現病歴:近医で肝胆道系酵素上昇を指摘され,精査目的で当院消化器内科に入院となった。入院後の精査により膵頭部癌・多発肝転移と診断された。癌浸潤に伴う総胆管狭窄・十二指腸狭窄が原因で胆管炎,敗血症を呈したため,PTCDチューブを留置,十二指腸水平脚狭窄部への金属ステント留置を施行した。5日後,CT検査でステント留置部位の再度通過障害が確認されたため(Fig. 1),ドレナージ目的での金属ステント再留置を施行することとなった。 Contrast–enhanced CT before endoscopy. It shows an occluded metal stent in the third portion of duodenum (a black arrow) and an extended second portion of duodenum (a white arrow). 上部消化管内視鏡前現症:意識レベルGlasgow coma scale(GCS)15点(E4V5M6),血圧138/78mmHg,脈拍数88/分・整,呼吸数10回/分,SpO2 98%(room air),体温37.5°Cであった。 検査経過:腹臥位とし,BZD系薬で鎮静管理をした後に,通常の送気量で上部消化管内視鏡を十二指腸狭窄部まで進めた際,突然いびき様呼吸となりSpO2が低下,心肺停止となった。直ちに気管挿管,胸骨圧迫などの心肺蘇生術を開始したが自己心拍再開は得られず,extracorporeal cardiopulmonary resuscitation(ECPR)としてVA ECMO導入となった。右大腿静脈に脱血カニュレ(CAPIOX® 19.5Fr 50cm)を,左大腿動脈に送血カニュレ(CAPIOX® 16.5Fr 15cm)を挿入した。ECMO回路とカニュレを接続し徐々に遠心ポンプの回転数を上昇させていったところ,多量の気泡が静脈カニュレからECMO回路に流入し一時回路停止に陥った。回路内の空気除去を迅速に行った後は有効なECMO流量を保つことができた(Fig. 2)。処置中の透視画像(Fig. 3)で肝静脈,下大静脈に空気の混入を疑わせる透亮像が認められていた。 A time course of cardiopulmonary resuscitation. A fluoroscopy after endoscopy. It shows radiolucent shadow in the hepatic veins (black thick arrows) and inferior vena cava (white thick arrows). It shows a metal stent in the third portion of duodenum (an black thin arrow) and an air in the second portion of duodenum (white thin arrows). その後の経過:頭部CT(Fig. 4)・体幹部CT(Fig. 5)の結果,脳血管,肺動脈,両心室,大動脈弓部にガスを認め,空気塞栓症と診断した。空気塞栓症の原因検索として経胸壁心臓超音波検査を施行したが卵円孔開存は認めなかった。 Brain computed tomography 1h after return of spontaneous circulation. It reveals air in the vessels from the anterior and middle cerebral arteries (white arrows). Whole–body computed tomography 1h after return of spontaneous circulation. It shows air in the aortic arch (a), both ventricles of the heart (b) and intrahepatic bile duct (c). It revealed that massive air introduced into the venous circulation caused venous and arterial embolism and cardiopulmonary arrest. CT撮影時には自己心拍と自発呼吸の再開を認め,脳低温療法を含めた蘇生後の集学的治療を開始した。その後,蘇生後脳症による神経学的予後の悪化やもともとの癌の予後を加味した上で,家族のこれ以上の延命処置を希望されない旨を尊重し,翌日死亡確認となった。 上部消化管内視鏡の偶発症として空気塞栓は非常に稀であるが,一度発症すると極めて予後不良となる 2, 3。過去の上部消化管内視鏡の偶発症をまとめた岡林ら 3のreviewでは,12例中7例が死亡,2例が脳死に至ったと報告している。発生機序として粘膜生検部位からの送気ガスの流入が一般的とされているが,通常の送気量や観察行為のみでも発症したという報告もあり,空気塞栓症を完全に予防予測するのは困難である 2, 3。そのため,検査前の事前説明はもちろんのこと,発症時の緊急治療体制を整えておく必要がある。 本症例では多発肝転移巣を有し,PTCD施行後であったことから,微小な胆管肝静脈瘻 4, 5が存在していた可能性がある。内視鏡検査中の一時的な送気圧の上昇に伴ってそれらのシャントを介して空気が静脈系に流入し,その結果急変直後の透視画像にあるような肝静脈,下大静脈の透亮像として現れたと考えられた。 空気塞栓症は流入血管が静脈か動脈かにより大別され,静脈性の空気塞栓症の重症度は流入した気泡量と流入速度により規定され,300~500mLの気泡が100mL/秒で流入した時に致死的になるとされている 6。右室内や肺動脈に停留した粗大な気泡が右室駆出量と心拍出量を減少させ閉塞性ショックを起こす機序,また肺塞栓症に伴う低酸素血症による二次的な循環不全,微小な気泡が冠動脈で塞栓症を起こす心原性ショックなどが複合的に作用し最終的には心肺停止に陥ると推察される。本症例ではカニュレ穿刺や回路プライミング時の空気混入はなかったことより,脱血カニュレから回路に流入した大量の気泡はもともと右心腔内に存在したものであり,致死量を超えた気泡による静脈系の空気塞栓症が本症例の心停止の原因であったと考えられる。 空気塞栓症の初期対応は純酸素投与,人工呼吸,昇圧薬,輸液療法といった支持的治療を基盤とするが,前述の通り上部消化管内視鏡検査中に生じた空気塞栓症では致死的になることが多く,心肺蘇生を必要とする場面が多いと考えられる。蘇生行為としての胸骨圧迫には閉塞気泡の解除も期待され,左側臥位・頭低位への体位変換や中心静脈カテーテルを用いた右室内気泡の吸引も同様に閉塞解除の目的で有効とされている 7。Alvaranら 1は犬の空気塞栓による心肺停止モデルにおいて,気泡吸引,胸骨圧迫による心拍再開までの時間はそれぞれ2.7分,18.3分であったと報告している。臨床で院内発症した心肺停止患者の蘇生に20分近く要することは神経予後を考慮しても得策とはいえず,迅速な蘇生が期待される気泡吸引法も最大20mL程度しか除去できず効果が限定的であるという報告 8もある。そのためこれらの処置に反応がなかった心停止例に対してはVA ECMO導入が考慮されるが,肺血栓塞栓症 9と異なり空気塞栓症へのVA ECMOはエビデンスとして確立していない。藤本ら 10は心停止に至った空気塞栓症に対してVA ECMOを導入し後遺症なく救命したと報告している。従来の蘇生法の効果が限定的である以上,目撃がありby–stander CPRも認める条件下であれば,ECPRとしてのVA ECMO導入は有効な戦略である可能性がある。 空気塞栓症へのVA ECMO導入の問題点として閉塞物質の浮遊性が挙げられる。ECPRのための脱血カニュレの先端は右心房と下大静脈接合部に留置されることが多く,心停止の原因となっている右心系の気泡をECMO導入とともに引き込んで,回路自体が右左シャントとなり動脈性の塞栓症を各臓器で来す可能性が高い。また引き込んだ気泡と血液の接触面では血栓形成が促進されることから,場合によっては回路停止に陥る危険性もある。本症例では卵円孔開存や肺動静脈瘻などの右左シャントは確認できず,結果的にECMO回路自体がシャントとなり脳空気塞栓や大動脈内の気泡を生じさせた可能性が高いと考えられる。 動脈性空気塞栓症を助長させることなくVA ECMOを迅速に確立させるにはいかなる戦略をとるべきか。過去にはcentral ECMO中の逆行性上大静脈還流による気泡除去 11,動脈フィルター 12やbubble–trap 13を組み込んだ回路などの報告があるが,ECPR目的のECMO導入では効果は限定的である。 そのため空気塞栓症を心肺停止の原因と疑う患者にECMO導入を考慮する際は,カニュレーション時に気泡吸引する方法を提案したい。具体的には,まず脱血カニュレ穿刺部位を右内頸静脈として先端を右房まで進め,右心系に残る大量の気泡を可能な限り吸引除去,その後カニュレとECMO回路を接続し回転数を上げる方法である。ECMOの脱血カニュレには21~27Frが選択されるため,これを介した気泡吸引は相当量の閉塞解除をもたらす。またECMO回路の確立後も,大腿動静脈カニュレーションのVA ECMOで問題となるHarlequin syndrome 14に対して予防的に働く面で右内頚静脈脱血は有効なカニュレーション法と考える。胸骨圧迫と併行した内頸静脈カニュレーションは難易度が高い手技ではあるが超音波ガイドにより確実性は増し,皮下組織が鼠径部より薄いことからもダイレーションは容易である。そのため修練を積めば大腿と遜色なく迅速に内頸静脈カニュレーションを行うことができると考える。 上部消化管内視鏡検査中の稀な偶発症として空気塞栓症を忘れてはならない。大量の空気塞栓症による心肺停止では従来の蘇生法の効果が限定的であり,ECPRとしてのVA ECMO導入は有効な戦略である可能性がある。導入時にはECMO回路を介した動脈性空気塞栓症を未然に防ぐ必要があり,そのためには右内頸静脈に脱血カニュレを挿入,気泡を可能な限り吸引除去した後にECMO回路を確立させる手法が提案される。 本論文に関して,利益相反はない。

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