Abstract

COVID–19肺炎では腹臥位呼吸療法の有効性が注目されている。今回,腹臥位から仰臥位への体位交換時に発症した肺血栓塞栓症を2例経験したので報告する。1例目は59歳の男性,発症11日目に人工呼吸を開始し,15日目から腹臥位呼吸療法を開始した。17日目に仰臥位へ体位交換した30分後より,SpO2が94%から85%へと低下し,心拍数も90bpmから120bpmへ上昇した。D–ダイマーが9.2μg/mLから22.5μg/mLへ上昇していたため,肺血栓塞栓症を疑い,造影CTで左肺動脈血栓が判明した。2例目は46歳の男性,発症13日目で人工呼吸を開始し,同日腹臥位呼吸療法を開始した。14日目に仰臥位へ体位交換した10分後より血圧低下,12分後からSpO2が97%から84%へと低下した。D–ダイマーが5.6μg/mLから48.1μg/mLへ上昇していたことと,心臓超音波検査で右心負荷所見がみられたことから肺血栓塞栓症を疑い,造影CTで左内頸静脈血栓と右肺動脈血栓が判明した。今回の2症例は,いずれも腹臥位から仰臥位に体位交換した際に肺血栓塞栓症を発症しており,いずれも中心静脈カテーテル挿入側の内頸静脈に血栓を認めた。長時間の腹臥位から仰臥位への体位交換は,内頸静脈血栓から肺血栓塞栓症を発症させる可能性が示唆され,バイタルサインに留意して行うことが望ましい。 The prone position during mechanical ventilation has been reported to be effective in respiratory failure caused by COVID–19 pneumonia. We report two cases of pulmonary thromboembolism that may have occurred during return to the supine position. A 59–year–old man, with COVID–19 pneumonia, was put on mechanical ventilation in supine position from day 11 to day 15, and prone position from day 15 to day 17. Thirty minutes after returning to the supine position on day 17, he developed hypoxemia and tachycardia. Pulmonary thromboembolism was suspected based upon elevated D–dimer levels. Echo venogram of the right internal jugular vein showed thrombi, and contrast–enhanced computed tomography (CECT) showed thrombi in the left pulmonary artery. A 46–year–old man, with COVID–19 pneumonia, was put on mechanical ventilation in prone position from day 13 to day 14. On day 14, when he was returned to the supine position, he developed hypotension after 10 minutes, and hypoxemia after 12 minutes. CECT showed thrombi in the left internal jugular vein and right pulmonary artery. During mechanical ventilation, a change to the supine position after prolonged prone position may cause pulmonary thromboembolism from thrombi in the internal jugular vein, and should be performed with attention to vital signs. 腹臥位呼吸療法は,acute respiratory distress syndrome(ARDS)の死亡率を低下させる可能性があり 1,COVID–19肺炎にもしばしば実施される。当院でも,集中治療管理を要するCOVID–19肺炎患者に対し,16時から翌日10時の18時間を腹臥位,残りの6時間を仰臥位とする腹臥位呼吸療法を施行した。腹臥位呼吸療法での合併症として,気管チューブ閉塞,事故抜管,静脈路の事故抜去,褥瘡,視力障害,腕神経叢損傷などが報告されている 2。今回,腹臥位から仰臥位への体位交換を契機に発症した肺血栓塞栓症(pulmonary embolism: PE)を2例経験したので報告する。 なお,本症例の報告は倫理委員会の承諾は不要であり,個人情報保護法に基づいて匿名化がなされ,患者・家族の同意を得ている。 患 者:59歳の男性 既往歴:痛風,脂質異常症 現病歴:発熱・頭痛で発症し,同日SARS–CoV–2 PCR陽性と判明した。発症5日目に酸素化不良のため,当院に入院となった。11日目に呼吸状態悪化のため気管挿管し,人工呼吸管理となった。 入院後経過:気管挿管後より,深部静脈血栓症(deep vein venous thrombosis: DVT)予防を目的として,ヘパリンカルシウム5,000単位の皮下注射を1日2回開始した。発症13日目に撮像した体幹部造影CTでは,PE,DVTともに指摘されなかったが,14日目にD–ダイマーが9.8µg/mLと上昇した。超音波検査で,中心静脈カテーテル挿入側である右内頸静脈に血栓を認め(Fig. 1a),リバーロキサバン15mg内服を開始した。また,13日目に撮像したCTでは背側の無気肺が著明であり,人工呼吸器関連肺炎も併発したため,背面開放と体位ドレナージを目的とし,15日目より腹臥位呼吸療法を開始した。17日目に,腹臥位から仰臥位に体位交換した30分後より,SpO2が94%から85%へと低下し,心拍数も90bpmから120bpmへ上昇した(Fig. 2)。 Case 1: Jugular vein echo (a). major and minor axis image showing right internal jugular vein (white arrow). Chest computed tomography (b). Axial view showing left main pulmonary artery thrombus (white triangle). Case 1: Course at onset of pulmonary embolism. ベッドサイドで可能な検査や理学所見では,気胸や痰による閉塞性無気肺を認めなかった。超音波検査では右心拡大を認めなかったが,依然として右内頸静脈に血栓が存在していた。両側大腿静脈,膝窩静脈には,血栓はみられなかった。右内頸静脈血栓があること,D–ダイマーが22.5µg/mLと上昇(前日9.2µg/mL)していること,また長時間の腹臥位から体位交換をした際に起きた酸素化低下と頻脈であることから,PEを強く疑った。既にリバーロキサバン内服が行われていたが,治療量でなかったため30mgに増量し,翌日待機的に造影CTを施行した。造影CTでは,左主肺動脈に血栓塞栓症がみられた(Fig. 1b)。以上の所見より,腹臥位から仰臥位への体位交換を契機に発症したPEと診断した。 その後,COVID–19肺炎後器質化肺炎に対して,プレドニゾロン60mg/day(1mg/kg)を開始した。発症25日目に38度台の発熱があり,膿性痰が出現したため,人工呼吸器関連肺炎としてピペラシリン・タゾバクタム13.5g/日を投与開始した。その後のCTで,左肺に多発空洞影を認め,肺化膿症と診断した。抗菌薬治療を60日間継続した後,発症93日目に,リハビリテーション目的に転院となった。 患 者:49歳の男性 既往歴:慢性中耳炎 現病歴:咽頭痛・発熱で発症し,翌日SARS–CoV–2 PCR陽性と判明した。呼吸困難感が出現したため,発症11日目に前医入院となった。呼吸状態悪化のため翌日当院に転院となり,13日目に気管挿管を施行し,人工呼吸管理を開始した。 入院後経過:気管挿管後より,DVT予防を目的として,ヘパリンカルシウム5,000単位の皮下注射を1日2回開始した。気管挿管後も酸素化が改善しなかったため,同日夕方より腹臥位呼吸療法を開始した。翌日,腹臥位から仰臥位に体位交換した10分後から,徐々に血圧が低下し,SpO2も低下した(Fig. 3)。 Case 2: Course at onset of pulmonary embolism. ベッドサイドで可能な検査や理学所見では,気胸や痰による閉塞性無気肺を認めなかった。超音波検査では,両側大腿静脈,膝窩静脈には血栓を認めなかったが,左内頸静脈の中心静脈カテーテル周囲に血栓を認め,右心拡大も認めた。左内頸静脈血栓があること,D–ダイマーが48.1µg/mLと上昇(前日5.6µg/mL)していること,右心負荷所見があり,長時間の腹臥位から体位交換をした際に起きた血圧低下,酸素化低下であることから,PEを強く疑った。APTTの目標を50secとしてヘパリンナトリウム14,000U/dayの持続静脈注射を開始し,同日に造影CTを施行した。造影CTでは左内頸静脈(下顎角から胸鎖関節付近の鎖骨下静脈合流部),および右肺動脈に血栓を認めた(Fig. 4a, b)。 Case 2: Chest computed tomography. Axial view showing right pulmonary artery thrombus in the middle lobe (a. white triangle). Axial view showing left internal jugular vein thrombus (b. white arrow). 以上の所見より,腹臥位から仰臥位へ体位交換した際に発症したPEと診断した。発症第15日目に人工呼吸器関連肺炎を発症したため,セフェピム3g/日を投与開始した。16日目に,P/F ratioが191から289へ改善し,18日目に気管チューブを抜去した。また,19日目にヘパリンからリバーロキサバン30mg/dayへ変更し,22日目に前医に再転院となった。 PEの塞栓源は,約90%が下肢あるいは骨盤内の静脈とされている。しかし,2例とも内頸静脈に血栓があり,超音波検査と造影CTで,両下肢静脈内に明らかな血栓はみられなかった。このことから,内頸静脈血栓からの塞栓子が原因で,PEを発症したと考えられる。集中治療を行う場合,内頸静脈への中心静脈カテーテル留置を行う機会が多いが,中心静脈カテーテルの挿入は内頸静脈血栓形成のリスクとして知られている 3。また,2例ともヘパリンの予防投与を行っていたが,中心静脈カテーテル挿入側の内頸静脈に血栓を認めた。COVID–19では,血管内皮細胞にもSARS–CoV–2感染が成立する。ウイルス感染により障害された血管内皮細胞からの凝固第VIII因子とvon Willebrand factorの放出や,サイトカインストームが血栓傾向の誘引となり,深部静脈血栓症の発症率が上昇するとされている 4。 なお,今回の2症例目では,中心静脈カテーテルを挿入した同日16時ごろから翌日10時ごろまで腹臥位呼吸療法を行い,仰臥位に体位交換をした際にPEを生じている。中心静脈カテーテル挿入時の超音波検査では血栓を認めておらず,腹臥位呼吸療法を行っている18時間の間に,血栓が形成された可能性が高い。鎖骨による鎖骨下静脈合流部への圧迫で内頸静脈の血流うっ滞が生じ,内頸静脈血栓の形成に腹臥位が寄与していた可能性が考えられる。1例目においても,長時間の腹臥位が,既存の内頸静脈血栓の伸展を助長した可能性がある。このような血栓形成のリスクが重なり,ヘパリン予防投与を行っていたにもかかわらず血栓が形成されたと考えられる。 DVTは,通常発生部位から中枢へ成長する過程で,血栓中枢端や伸展血栓が遊離,もしくは血栓の静脈壁接着面が剥離して塞栓子となる。関節周囲や下腿筋ポンプ内のような特殊な状況では,起立,歩行などの際に下肢の筋肉が収縮し,伸展血栓が容易に塞栓化しやすいとされている 5。腹臥位呼吸療法において,腹臥位から仰臥位へ体位交換したことを契機としてPEを発症したという報告は,我々の渉猟する限りみられなかったが,脊椎手術では数例報告されている 6, 7。腹臥位中は,鎖骨による圧迫や胸腔内圧上昇に伴い,内頸静脈や下大静脈のうっ滞が起こることが示唆されている。腹臥位から仰臥位への体位交換で,これらが解除されることにより,血行動態が一時的に変化しうる。それにより,体位交換という受動的な運動であっても,長時間の腹臥位の間に伸展,形成された内頸静脈血栓が遊離した可能性が考えられる。 腹臥位から仰臥位に体位交換した際の酸素化低下はしばしば経験され,原病が重篤,あるいは背側無気肺が著明である場合は,対症療法を行うのみで見過ごされてしまう可能性もある。しかし,今回1例目は頻脈,2例目では血圧低下と,SpO2の低下以外にもバイタルサインの変化を認めていた。COVID–19の血栓症発症リスクが高いことも踏まえ 8, 9,PEを鑑別にあげて対応し,治療介入することができた。さらに2例目は,1例目の経験から,仰臥位への体位交換が内頸静脈血栓を塞栓子としたPE発症の契機となる可能性があることを認識していた。そのため,ベッドサイドでの超音波検査で,両側大腿静脈に加え内頸静脈も観察を行い,内頸静脈血栓を認知することができ,PEを鑑別疾患の上位に挙げることができた。なお,両症例ともPE発症日の採血でD–ダイマーの上昇がみられていた。腹臥位呼吸療法施行中のD–ダイマー上昇は,血栓形成もしくは伸展を示唆している可能性があり,仰臥位に復帰した際にバイタルサイン変動がみられた場合には,PEの発症を疑う必要があると考える。なお,ARDS患者の腹臥位では健常人と異なり,換気血流比不均等の改善による右心負荷の軽減や,左心前負荷増大により,心拍出量が増加する 10。仰臥位への体位交換時には,これらの血行動態の変化は速やかに元に戻り,心拍出量は低下する。これは,PEを発症した際の重症度を高める可能性がある。 当院では,腹臥位からの体位交換時はSpO2,心電図,end–tidal CO2などの観血的動脈圧以外の一部モニターを外していた。同様にモニターを外しており初期症状であるバイタルサインの変化を察知できずに 11,心停止まで至った脊椎手術症例の報告もある 6。今回2例とも,モニターは仰臥位復帰後早急に再装着され,バイタルサインの変化に早期に気づくことができた。モニター未装着となる時間を短縮することが,早期にPEの兆候を察知するために重要である。なお,PE発症時にSpO2低下はよくみられるが,より劇的な症例では急激にend–tidal CO2が低下することが知られており,脊椎手術中end–tidal CO2低下がPE発症覚知の一助となった報告もある 12。当院では腹臥位から仰臥位への体位交換時,end–tidal CO2モニターを外していることがほとんどであった。end–tidal CO2モニターは,頭側で回路混線せずに装着したまま安全に体位交換できるため,今後の腹臥位療法では,装着を継続して体位交換することも,検討の余地がある。 腹臥位呼吸療法時は,内頸静脈還流のうっ滞などにより形成・伸展した内頸静脈血栓が,仰臥位への体位交換で遊離しPEを発症する恐れがあるため,注意して体位交換を行う必要がある。また,腹臥位からの体位復帰時に生じる循環虚脱や肺酸素化能の低下にはPEが関与している可能性があり,これらのバイタルサインの変化を早期に察知するために,装着可能なモニターはできる限り装着を継続し,困難な場合にもモニター未装着時間を可能な限り短縮して迅速な体位交換を行うことが望ましい。 著者全員に本論文に関する利益相反はない。

Full Text
Paper version not known

Talk to us

Join us for a 30 min session where you can share your feedback and ask us any queries you have

Schedule a call

Disclaimer: All third-party content on this website/platform is and will remain the property of their respective owners and is provided on "as is" basis without any warranties, express or implied. Use of third-party content does not indicate any affiliation, sponsorship with or endorsement by them. Any references to third-party content is to identify the corresponding services and shall be considered fair use under The CopyrightLaw.