Abstract
症例は50歳代女性,心窩部痛と呼吸苦で発症し,近医にて胸水を指摘されて前医を受診した。前医では,単純CT検査で血性胸腹水,食道壁肥厚,膵周囲の脂肪織濃度の上昇を認め,2日間加療したが改善を認めないため精査目的に当院へ紹介された。来院時,四肢末梢に湿潤を認め,脈拍110/分,血圧80/50mmHg(ドパミン9μg/kg/min)であった。造影CT検査で右血性胸水と食道裂孔ヘルニア,胸部中部以下の食道から胃噴門部小弯側にかけての血腫を認めたが,食道や肺野など胸部には出血源を認めなかった。腹腔内には血性腹水とともに,胸部中部食道周囲から胃小彎側に連続する血腫を認め,内部に直径1.5cmの左胃動脈瘤を認めた。左胃動脈瘤破裂による出血が,食道裂孔を介して縦隔へ進展し,胸腔内に穿破して血胸に至ったものと推測した。血胸に対して単回の胸腔穿刺,左胃動脈瘤破裂に対して血管造影による塞栓術を施行した。翌日から経口摂取を開始し,血胸が再燃することもなく経過は良好で,第22病日に自宅退院した。腹部内臓動脈瘤破裂による出血が食道裂孔を介して胸腔内に穿破し,血胸を契機に診断された稀な症例を経験したので報告する。 A 59–year–old woman visited her local hospital with dyspnea and epigastric pain. A chest X–ray showed a right pleural effusion. The patient consulted a second hospital where she was treated for two days, but due to her unstable vital signs, she was transferred to our hospital. A contrast–enhanced CT scan revealed a right hemothorax and esophageal hiatal hernia. While there was no source of bleeding in the thoracic cavity, there was an intra–abdominal hemorrhage from a ruptured aneurysm of the left gastric artery. The suspected cause of the hemothorax was bleeding from a ruptured aneurysm that entered the thoracic cavity through the esophageal hiatus. We performed a transcatheter arterial embolization for the ruptured aneurysm. After treatment, the patient recovered without significant incidents and was discharged on the 22nd day of hospitalization. We speculated that the hemorrhage from the rupture of the gastric aneurysm extended through the esophageal hiatus into the mediastinum and perforated into the thoracic cavity, resulting in a hemothorax. Since such conditions are rare, we will report this case with a review of the literature. 腹部内臓動脈瘤は破裂すれば出血性ショックにより致死的状況に至ることもある重篤な疾患である。本邦の腹部内臓動脈瘤破裂として報告されている症例の多くは腹腔内出血による出血性ショックを呈している 1, 2。しかし,今回我々は左胃動脈瘤破裂による出血が食道裂孔ヘルニアを介して縦隔,胸腔内へ進展し,出血性ショックを来した症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。 本論文は,個人情報保護法に基づいて匿名化がなされており,本人から論文報告に関する同意を得ている。また,本論文は倫理委員会の承諾を要する事項として該当しない。 症 例:50歳代の女性 主 訴:心窩部痛 現病歴:搬送6日前に突然の心窩部痛,呼吸困難感が出現し,食事摂取ができなくなった。搬送2日前に近医を受診したところ,胸水を指摘され前医を紹介された。前医受診時より血圧が低下しており,単純CT検査で血性胸腹水,食道壁肥厚,膵周囲の脂肪織濃度の上昇を認め急性膵炎などが疑われた。2日間の入院加療後も改善に乏しく,循環動態の維持にカテコラミン投与を要する状態となったため,当院救命救急センターへ搬送された。 既往歴:特記事項なし 生活歴:ビール1本/日,喫煙なし 来院時現症:意識清明。軽度の呼吸困難感の訴えを認めるが呼吸促拍はなく,呼吸数22/分,酸素飽和度97%(3L/min),顔面蒼白,四肢末梢に冷感湿潤を認め,脈拍110/分,血圧80/50mmHg(ドパミン 9µg/kg/min)。左背部痛の訴えがあるものの圧痛は認めなかった。 血液検査:RBC 213×104 /μL,Hb 6.7g/dL(前医受診時 Hb 9.8g/dL)と著明な貧血を認めた。血小板数や凝固検査には異常を認めなかった。 画像検査:胸腹部造影CT検査;胸部CTでは右血胸,滑脱型食道裂孔ヘルニアを認め,周囲に縦隔血腫,左少量胸水を認めた。腹部CTでは直径1.5cmの左胃動脈瘤を認め(Fig. 1a),周囲の血腫は胸部中部食道周囲から胃小弯側へ連続していた(Fig. 1b)。左肝動脈は左胃動脈から分岐しており,肝左葉外側区に微小動脈瘤を認めた。食道や肺野には出血源を認めなかった。 An enhanced CT scan of the abdomen revealed a pseudoaneurysm of the left gastric artery. Computed tomography (CT) of the chest showed a right massive hemothorax,a slipped esophageal hiatal hernia, and a mediastinal fluid collection (black arrow). 搬入後経過:乳酸リンゲル液の急速輸液を行うとともに輸血を開始した。搬入後より呼吸困難感が増悪し,仰臥位の維持が困難となったため,右血胸に対し慎重に胸腔穿刺を施行したところ,約830mLの血性排液を認めた。穿刺後,呼吸困難感の改善を認め,輸血投与後よりバイタルサインの安定を得た。左胃動脈瘤からの出血が食道裂孔ヘルニアを介して血胸に進展したものと推測し,動脈瘤に対して緊急interventional radiology(IVR)による止血術を行う方針とした。 腹部血管造影:腹腔動脈からの造影では,直径1.5cmの左胃動脈瘤を認め(Fig. 2a),瘤よりも近位より分岐する左胃動脈分枝,瘤末梢から分岐する左肝動脈を金属コイルでisolationし,瘤内をNBCA(n–butyl–2–cyanoacrylate)により塞栓した(Fig. 2b)。 Celiac artery angiography showed a pseudoaneurysm of the left gastric artery and left hepatic artery. Transcatheter arterial embolization (TAE) was done successfully. Arterial flow for the aneurysm was shut out. 入院後経過:後日判明したmyeloperoxidase–anti–neutrophil cytoplasmic antibodies(MPO–ANCA)や,proteinase–3–anti–neutrophil cytoplasmic antibodies (PR3–ANCA)などの血管炎マーカーはいずれも陰性であり,微小動脈瘤形成の所見から,臨床的に節性動脈中膜壊死(segmental arterial mediolysis: SAM)と診断した。濃厚赤血球4単位の輸血投与と緊急IVR後は循環動態の安定が得られた。呼吸器症状も改善し第2病日から経口摂取を開始した。胸水の再貯留は認めず,その後も血胸が再燃することはなかった。IVR後大きな合併症なく経過は良好で,第22病日に独歩で退院した。その後発症から1年までの時点では,新たな動脈瘤の形成もなく経過している。 腹部内臓動脈瘤は比較的稀な疾患であり,その発生頻度は0.01~2%とされている。Stanleyらの腹部内臓動脈瘤1,118例の集計によると,脾動脈が最も多く656例(58.7%),次いで肝動脈が227例(20.2%),上腸間膜動脈瘤89例(7.9%)と続くのに対し,胃動脈瘤は53例(4.7%)であると報告されている 3。 腹部内臓動脈瘤の成因としては,動脈硬化,神経線維種症I型やEhlers–Danlos症候群などの先天性疾患,腹部外傷,ベーチェット病や高安病,多発血管炎などの膠原病,正中弓状靭帯圧迫症候群,慢性膵炎などの炎症性疾患などがあるが,近年画像診断の進歩に伴って,SAMが注目されている 4。SAMは1976年にSlavinらにより提唱された疾患概念 5で,腹部内臓動脈の中膜が分節性に融解し動脈瘤を呈する病態である。稲田らの報告によると,SAMと診断された患者の35.7%に多発動脈瘤を認めており,一般的には異所性,異時性に動脈瘤を形成することが多いとされている 6。 SAMの確定診断は切除標本からの病理学的診断によってなされていたが,近年,画像診断の進歩や開腹手術と比較して低侵襲であるIVRが動脈瘤治療の第一選択となってきており,病理学的確診が得られる機会が少なくなってきた。内山ら 7は腹部内臓動脈瘤の中で,①中高年の患者,②炎症性変化や動脈硬化性病変などの基礎疾患がない患者,③突然の腹腔内出血で発症,④血管造影で血管の数珠状の不正な拡張と狭小化を認める,の4項目をSAMの特徴とし,これに合致するものをSAMと診断する臨床的診断基準を提唱している。本症例においては,中年女性であること,非動脈硬化性,非炎症性であること,血管造影検査で左胃動脈だけでなく左肝動脈外側区領域にも動脈瘤を形成し,特徴的な数珠状変化も認めていたことから臨床的にSAMと診断した。 また,胃動脈瘤の中では左胃動脈瘤破裂が最も多く報告されている。医学中央雑誌による検索では,左胃動脈瘤破裂の本邦報告例は25例であり,いずれも腹腔内出血あるいは消化管出血によるショック症状で搬送されていた。海外においては,腹部内臓動脈瘤破裂に伴い胸水貯留を呈した症例についての報告 8, 9, 10が散見される。一般に,腹部内臓動脈瘤破裂は血性腹水の貯留を認めるが,本症例の場合は血胸を呈していた。横隔膜を隔てた液体成分の移動に関して,腹腔内圧の上昇に伴い,横隔膜小孔を通じて胸腔内へ液体成分が漏出した症例報告がみられる。本症例では,滑脱型食道裂孔ヘルニアが存在し,腹腔内における血腫が食道裂孔を介して腹腔から縦隔へ連続していた。食道裂孔は伸縮性を持つ約3cmの筋性管で,左右の横隔膜脚内側縁により境界される。食道裂孔を形成する筋束は右脚の内側部から送られ,これが食道を包むようにめぐっており,下部食道~胃噴門部は横隔食道膜という靭帯に固定されている。食道裂孔ヘルニアとは,加齢によりこの横隔食道膜が弛緩することにより胃の一部が胸腔側に逸脱した状態である。食道は漿膜を持たず,周囲は疎な結合組織と脂肪組織に覆われているため,食道胃接合部手術における剥離は容易である。また,右胸腔とは薄い食道臓器鞘で接していることから,剥離操作時には右胸腔開放に注意を要する。腹部内臓動脈瘤破裂症例で,合併する食道裂孔ヘルニアを通じて胸腔穿破,胸水貯留を来した報告は少数にみられ 11, 12,食道裂孔ヘルニア内の胃穿孔から縦隔気腫や膿瘍を形成した報告例 13もある。また,慢性膵炎における仮性膵嚢胞で,嚢胞が後腹膜を頭側へ進展することで食道裂孔を貫き,胸腔へ穿破,内瘻を形成したことで膵性胸水貯留を来した症例も報告されている 14。食道裂孔部が弛緩した状態では,食道周囲の結合組織が疎であることによる血腫の下縦隔への進展,そこに接する胸膜穿破が起こりうると考える。本症例は,画像診断では血胸の原因となる病変を肺,胸膜,食道に認めず,単回の胸腔穿刺ドレナージとIVRによる止血術で血胸の再燃を認めなかった。左胃動脈瘤破裂による出血が,腹腔内の圧が上昇したことで,最も抵抗の少ない食道裂孔ヘルニア部から疎な結合組織を通じて縦隔へ進展し,壁側胸膜を穿破して血胸に至ったものと推測した。 右血胸を伴い出血性ショックを呈した左胃動脈瘤破裂の症例を経験した。腹腔内を出血源とする血液が,食道裂孔ヘルニアを介して主に胸腔内へと進展した可能性が考えられた。 共著者全員が利益相反はない。
Published Version (Free)
Talk to us
Join us for a 30 min session where you can share your feedback and ask us any queries you have