輸入脚症候群は胃切除術Billroth–IIまたはRoux–en–Y(以下R–Y)再建後の稀な合併症であるが,急性に輸入脚が完全閉塞した急性輸入脚症候群(acute afferent loop syndrome: AALS)は膵炎を併発し致死的な病態となることがある。症例は胃癌に対し幽門側胃切除,D–2郭清,R–Y再建術の既往のある81歳の男性。腹痛を主訴に当院へ救急搬送されCTで絞扼性腸閉塞と診断された。緊急手術を施行したところ,Y脚が内ヘルニアとなってclosed loop obstructionを形成しており,Y脚を引き抜き,絞扼を解除した。術後は集中治療室で全身管理を行ったが,重症急性膵炎に進展し,CTで膵周囲壊死が疑われ,膵液瘻も認めた。術後19時間後に再開腹したところ膵十二指腸壊死を疑う所見を認め,膵十二指腸全摘術(total pancreatectomy: TP)を施行した。術後より全身状態は改善し,インスリン導入,膵消化酵素補充剤を開始した。SSIを併発したが,第45病日に独歩退院した。本症例ではAALSから重症壊死性膵炎に進展したが,緊急TPにより救命し得た。十二指腸壊死を伴うAALSに対してはTPも選択肢となると考えられた。 Acute afferent loop syndrome (AALS) is a rare complication that the afferent loop is acutely closed and obstructed after distal gastrectomy with Billroth–II or Roux–en–Y reconstruction, complicated with acute pancreatitis and sometimes critical. An 81–year–old man with past history of distal gastrectomy and Roux–en–Y reconstruction was admitted to our hospital presenting abdominal pain. Computed tomography (CT) revealed closed loop obstruction of the afferent loop incarcerated in a mesentery and the internal hernia was reduced by emergent surgery. After the initial surgery, the patient glowed a pancreatic fistula and severe pancreatitis. CT showed necrotizing in the pancreas and duodenum. Re–operation was considered to be necessary and total pancreatectomy (TP) was carried out. After the TP, the patient started to recover, insulin and pancreatic enzyme replacement therapy has been introduced, and was discharged on day 45. He has been followed on the outpatient and stable. AALS should be in a differential diagnosis in patients presenting small bowel obstruction with a history of gastrectomy. Urgent intervention is indispensable for AALS, and although it is a high–risk and invasive procedure, TP is an option for the most severe cases complicated with necrotizing acute pancreatitis. 輸入脚症候群は胃切除術Billroth–II法(以下B–II)/ Roux–en–Y(以下R–Y)再建後の稀な合併症であるが,急性に輸入脚が完全閉塞しclosed loopとなった場合は膵炎を併発し致死的となることがある。今回我々は,膵十二指腸全摘術により救命し得た急性輸入脚症候群の1症例を経験したため報告する。 なお,本症例の掲載にあたっては,患者の了承を得ている。また倫理委員会の承諾の必要がない論文であり,個人情報保護法に基づいて匿名化している。 患 者:81歳の男性 手術歴:73歳;胃癌(pT4aM1M0 pStage IIIa)に対し幽門側胃切除+D–2郭清,R–Y再建術,79歳;胆嚢結石症に対し腹腔鏡下胆嚢摘出術 既往歴:高血圧 内服薬:テルミサルタン 主 訴:腹痛 現病歴:1時間前に発症した上腹痛のため当院救命救急センターへ救急搬送された。嘔吐なし。 入院時現症:意識清明,血圧162/92mmHg,心拍数77/min,呼吸数24/min,SpO2 98%(室内気),体温36.5℃。心音整,呼吸音清。腹部板状硬,心窩部に圧痛あり。 入院時血液検査所見をTable 1に示す。 入院時造影CT検査:Y脚がTreitz靭帯直後で狭窄し,その直遠位部で拡張し,さらにその遠位でまた狭窄しており,両狭窄部は互いに近接してbeak signを認め,Y脚が横行結腸間膜をヘルニア門として左頭側に脱出した内ヘルニアとなってclosed loop obstructionを形成していると考えられた。膵臓は正常大で,膵管拡張,腫瘤影,周囲液貯留はいずれも認めなかった(Fig. 1)。 a: Computed tomography showed dilated duodenum (black arrows) and closed loop obstruction of the Y–limb (white arrow). b: Dilated duodenum (black arrows) and beak sign (white arrow). 経 過:絞扼性腸閉塞の診断で緊急手術を施行した。 全身麻酔,仰臥位で,胃切除時の上腹部正中切開創から開腹した。腹壁への癒着は認めなかった。腹水は黄色混濁していた。Treitz靭帯から吻合部までのY脚空腸が,上腸間膜動脈の背側を通り,右側に脱出していた。ヘルニア門を拡大し,空腸を引き抜いた。空腸は肉眼的には壊死に至っていないと判断し,腸管切除は行わなかった。後腹膜に暗赤色の液貯留が透見された。後腹膜を開放し,結腸肝湾曲,十二指腸下行脚を授動し,十二指腸に穿孔部がないか検索したが,明らかな穿孔部は認めなかった。横行結腸間膜のヘルニア門を縫合閉鎖し,左右横隔膜下,骨盤腔,開放した後腹膜腔にドレーンを留置し,閉腹して手術を終了した。手術時間は2時間54分,出血量100mL,輸血は施行しなかった。 <術後経過> 術後は抜管して集中治療室へ帰室した。腹痛は経時的に増悪してきた。左横隔膜下,骨盤腔のドレーン排液は淡血性から漿液性へ変化していったが,右横隔膜下,後腹膜ドレーンの排液は術後より一貫して暗赤色であり,術後4時間時点でドレーン排液中のアミラーゼ値を測定したところ後腹膜は11,485IU/L,右横隔膜下は5,115IU/Lと高値であり,同時刻の血清アミラーゼ値は855IU/Lであり,膵液瘻を疑った。輸液にも関わらず,経時的に代謝性アシドーシスが進行しBEは−6.3mEq/Lまで低下した。LDH >基準値の2倍,年齢>70歳,SIRS3項目陽性(脈拍>90/分,呼吸数>20/分,幼若白血球>10%)で重症急性膵炎の診断基準を満たした。術後16時間後に再度造影CTを撮影したところ,十二指腸下行脚内側の壁内および膵周囲,後腹膜に連続するガス像を認め,十二指腸壊死とそれによる穿孔が疑われた(Fig. 2)。末梢冷感や冷汗はなく,輸液により収縮期血圧>90mmHgは保たれたが,血清クレアチニン値は1.83mg/dLまで上昇し,純酸素投与下でP/F=321で,modified Marshal scoreは3点であった。以上より,膵液瘻,十二指腸壊死・穿孔,臓器不全を伴う急性壊死性膵炎と診断し,再手術を施行する方針とした。術式としては十二指腸切除術または,膵壊死が認められれば膵頭十二指腸切除術(pancreaticoduodenectomy: PD)または膵十二指腸全摘術(total pancreatectomy: TP)を考慮した。 a, b: Sixteen hours after initial surgery. CT showed free air accumulation around duodenum and pancreas (white arrows). 初回手術終了の約19時間後に再手術を開始した。全身麻酔,仰臥位で手術を開始した。前日の正中創を抜糸して開腹した。肝外側区域を横隔膜から授動し,左三角靭帯は結紮切離した。膵臓は固縮しており,膵周囲は胃切除術後の影響と炎症の影響で癒着していた。小腸全体に浮腫,壁肥厚,組織の脆弱性を認めた。十二指腸背側にはドレーン排液と同様の暗赤色液の貯留がみられた。十二指腸下行脚背側の膵頭部との境界付近が黒色調であるのを認め,同部位の壊死を疑った。十二指腸に明らかな穿孔部位は同定できなかった。術中カテコラミンを要する血圧低下を伴っており,腸管の状態も不良であることから,膵頭十二指腸切除術は膵管空腸吻合の縫合不全リスクが高く,術後に膵液瘻が生じれば致死的になると考えられたため,TPを施行する方針とした。 膵頭部頭側に総肝動脈を触知し膵上縁の剥離を行い胃十二指腸動脈,門脈を確認した。Y脚吻合部を一旦切離し,Treitz靭帯に向かって小腸間膜を腸管に沿って処理し,上腸間膜動脈(superior mesenteric artery: SMA),上腸間膜静脈(superior mesenteric vein: SMV)の背側を通り右側に引き抜いた。前面で膵頭部に流入する血管を結紮切離しSMVと膵頭部を剥離した。SMVの直上で膵臓を離断し,膵頭部とSMAの間を下膵十二指腸動脈や神経叢を処理しながら剥離した。総胆管は十二指腸上縁で切離し,膵頭部と十二指腸の標本を摘出した。次に膵下縁から脾下極を回る後腹膜を切開し,膵尾部,脾臓を脱転した。膵体部断端を腹側に挙上しつつ脾動静脈との間を剥離し,脾動静脈および脾臓は温存して膵体尾部の標本を摘出した。Y脚吻合部で小腸を切離し,肛門側断端を後結腸経路で挙上し胆管空腸吻合を行った。胆道減圧目的に5Frステントチューブを吻合部に留置し,挙上空腸断端から引き出し外瘻とした。胆管空腸吻合から45cm肛門側の小腸と,残胃と連続していた空腸を側々吻合した(Fig. 3)。左右横隔膜下,骨盤腔,胆管空腸吻合近傍にドレーンを留置し,閉創して手術を終了した。手術時間は8時間59分,出血量は2,300mL,輸血は赤血球4単位,新鮮凍結血漿8単位であった。 The schema of the surgery and reconstruction. 術後病理所見では十二指腸と膵臓の広範な壊死や膿瘍形成が認められ,急性出血性壊疽性膵炎と診断された(Fig. 4)。 Pathological findings showed hemorrhagic necrosis of the duodenum and pancreas with gangrenous inflammation. a: Pancreas showed focal necrosis and abscess with phlegmonous peritonitis. b: Duodenum with hemorrhagic erosion. <術後経過> 術後よりアシドーシス,循環動態は経時的に改善し始めた。第3病日にカテコラミンを離脱,第5病日から経口摂取を開始し,第6病日にICUから一般病棟へ転棟した。正中創のSSI,創離開,腹腔内遺残膿瘍を合併し,陰圧閉鎖療法,膿瘍穿刺ドレナージを併用し加療した。膵内外分泌障害に対しインスリンおよび消化酵素補充薬パンクレリパーゼを導入した。第45病日に独歩退院した。退院後も1年以上外来通院しており,経口摂取状況や血糖コントロールは概ね良好に経過している。 輸入脚とはB–II法または胃空腸吻合術後の胃空腸吻合部より近位の十二指腸空腸ループのことであり,輸入脚症候群とは一般的に輸入脚の一部閉塞により膵臓および肝胆膵の分泌物が腸管内に貯留し,腸管が拡張して発生する病態であるとされている。慢性輸入脚症候群ではblind loop syndromeによるVitB12欠乏,巨赤芽球貧血,脂肪吸収不良などが問題になるが,不完全閉塞であれば内圧上昇に伴い内容物が排出されるため最終的に輸入脚内容物が排出され症状は緩和される 1。 一方,輸入脚が急性に完全閉塞した急性輸入脚症候群(acute afferent loop syndrome: AALS)は,急性膵炎を併発し重篤と成りうる 2。輸入脚閉塞の原因としては悪性疾患,狭窄,癒着,捻転,内ヘルニア,腸石 3,胆石 4など多岐に渡る。膵炎に至る機序としては,膵液のトリプシンが,輸入脚閉塞により膵管内に逆流するため 5, 6, 7,または輸入脚圧の上昇により膵実質の循環不全が生じ,free radicalが発生するため 8と考えられている。症候としては,胃の手術歴がある患者で,画像上腸閉塞の一形態ではあるが,嘔吐は出現し難い点に留意が必要である。胃の術後早期の報告が多いが,最長で37年経過後に発症した報告 3もあり,病歴聴取,CTなど画像検査による術後再建方法の検索が重要である。 AALSはB–II再建に限らずR–Y再建後にも生じ得 2,(R–Y後は0.2~0.68%,B–II後は0.3~1.0% 3),Braun吻合や器械吻合でも防ぎ得ない 3。本症例は幽門側胃切除,R–Y再建後で,輸入脚が横行結腸間膜をヘルニア門とする内ヘルニアとなってclosed loopを形成し,絞扼性腸閉塞が生じて輸入脚内圧が上昇しAALSに至ったと考えられた。AALSの死亡率は11~60% 2, 3ともいわれ,迅速な診断と対応が必要である。 本症例では来院時点では膵炎の所見を呈していなかったことから,AALSによる膵炎は急速に発症・増悪しうると考えられた。また初回手術時の後腹膜に認めた暗赤色貯留液はAALSによる膵炎の発症や重症化を予期していた可能性があったと考えられた。急性膵炎の死亡率は全体で2.1%,重症では10.1%であり,70歳以上の急性膵炎は死亡率が3倍とも報告されている 9。さらに本症例ではCTで膵周囲十二指腸壊死が疑われ,壊死性膵炎を併発したと考えられた。壊死性膵炎は膵実質または膵周囲組織の両者またはいずれか一方が壊死に陥ったもので,急性膵炎の10~20%を占め,死亡率は15~20%と言われる 9。膵壊死を伴う重症膵炎の死亡率は23% 10と言われ,壊死性膵炎に臓器不全を伴う場合の死亡率は約50%,急性膵炎の発症早期に臓器不全がある場合や48時間以上続く臓器不全がある場合は死亡率70%とされている 9。また初回手術後にドレーンアミラーゼ値が高値となったため,膵液瘻も生じてきたものと考えられ,CTで十二指腸壊死・穿孔を疑われた。初回手術により腸閉塞は解除されて輸入脚内圧は減圧されており,ドレーンも留置されていたにも関わらず病状が増悪してきており,発症24時間時点でmodified Marshal score 3点 11であった。術後病理診断では十二指腸と膵臓の広範な壊死や膿瘍形成が認められる急性出血性壊疽性膵炎を呈していた。以上より,膵液瘻,十二指腸壊死,発症早期に臓器不全を伴う重症壊死性膵炎に該当する致死的な病態であり,救命のための介入が必要であったと考えられた。 AALSに対する手術術式としては,輸入脚の絞扼や内ヘルニアであれば解除,輸入脚の穿孔や壊死を伴っていれば切除・吻合(バイパス),吻合部狭窄では吻合部を切除して新たなRoux–en–Y再建,B–II後で元々Braun吻合がなかった症例では減圧のためBraun吻合追加,などがよく行われる 2。手術以外の治療選択肢として経皮的腸管ドレナージ 2, 3,経皮経肝輸入脚ドレナージ 2,経皮経肝胆道ドレナージ 2,経皮経肝胆嚢ドレナージ 2,内視鏡的ドレナージ 2, 3,内視鏡的ステント留置 2,狭窄部の内視鏡的バルーン拡張術 12などがあるが,内視鏡的減圧後の死亡の報告 4もあり,AALS急性期の治療について統一見解は得られていない。本症例では初回手術後のCTで十二指腸穿孔が疑われたため再開腹した。術中所見では十二指腸穿孔部位は同定できなかったものの十二指腸下行脚背側および膵頭部の壊死が疑われたため,PDまたはTPが必要であると考えられた。 TP後には膵内外分泌能が欠落するため,糖代謝障害,消化吸収障害などの代謝栄養障害を来す 13というデメリットもあるが,TPは膵管空腸吻合を要さず,膵自体を全摘するため,膵液瘻のリスクはない。TPの手術死亡率は2.6~9%,術後合併症発生率31~74%で,PDの術後合併症発生率と差がないと報告されている 14ものの,これは癌の定時手術の場合であり,本症例では腹腔内および全身状態から術後膵液瘻のリスクが高く,かつ生じれば致死的になると考えられたため,PDは選択しなかった。また若年者であれば膵機能温存を試みて,一期的再建を断念して膵外瘻のみとするか,あるいは一旦再建を省略した膵頭部切除+膵外瘻とし,全身状態安定後に膵管空腸吻合を含む二期的再建を狙う戦略も考えられたが,本症例では全身状態不良かつ高齢で再々手術が施行可能となるかも不透明であり,初回の保存的な輸入脚減圧手術後に状態が悪化したなかでの再手術であったため,救命,短期予後および早期社会復帰を最優先とし,TPを選択した。 医学中央雑誌を用いて「輸入脚症候群」,「輸入脚閉塞」をキーワードに会議録を除いて本邦報告例を検索したところ,AALSに対して膵切除を施行した報告は4例あるが,TPの報告はない 15, 16, 17, 18(Table 2)。急性膵炎の急性期手術については,1970年代から1980年代にかけて膵全摘術を含む膵広範囲切除術が行われた時期もあった 19が,現行のガイドラインでは推奨されていない 9。しかし,臓器不全を伴う重症急性膵炎に対するTP術後死亡率が60%に対し,75%以上の壊死を伴う膵炎の死亡率が90%であることを踏まえると壊死性急性膵炎に対しTPは救命率を改善させうるという報告もある 20。SSIなどの術後合併症のため入院期間は延長したが,TP後の膵内外分泌障害に対しては投薬により退院後も良好に経過している。以上より,本症例においてTPは妥当であったと考えられ,膵周囲壊死および臓器不全を伴う重症急性膵炎を呈したAALSに対しては,高侵襲な手技ではあるが,TPにより救命しうる可能性が示唆された。 year (published) past history interval (years) wide resection for GU wide resection for GU AALSに併発した重症壊死性急性膵炎に対しTPにより救命し得た1症例を報告した。 本論文のすべての著者に利益相反はない。