Abstract

40歳代の女性,10年来の糖尿病に対して,sodium–glucose cotransporter 2阻害薬(SGLT2i),dipeptidyl peptidase–4阻害薬,メトホルミンを服用していた。前医に交通外傷による上腕骨骨折で入院し,受傷後8日目に全身麻酔下に手術が行われた。術当日はすべての内服が中止された。術後より嘔気,多尿を認め,術後2日目には頻呼吸が出現した。精査加療目的に同日,救命救急センターに転院となった。血液検査にて,乳酸値が正常であるanion gap開大性の代謝性アシドーシスを認めた。血糖値159mg/dL,尿検査で尿糖3+(1,854mg/dL),ケトン体3+であった。SGLT2iの内服歴,尿中ケトン体陽性,代謝性アシドーシスから正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis: EDKA)と診断した。脱水の補正,インスリン,グルコースの経静脈的投与により,アシドーシスは改善したが,尿中の高度な糖排泄,多尿は持続した。全身状態は改善し,術後4日目に前医に転院となった。500mg/dL以上の尿中への糖排泄は,SGLT2i中止後も10日間以上持続した。SGLT2i中止後も長期にわたり高度の尿糖排泄が遷延する症例では,多尿,脱水に対して適切な水分管理が必要と考えられる。 A woman in her 40s with diabetes mellitus for 10 years was treated with sodium–glucose cotransporter 2 inhibitors (SGLT2i), dipeptidyl peptidase–4 inhibitor and metformin. Surgery to repair a humerus fracture caused by a car accident was performed on day 8 after the accident at her previous hospital. All medications were stopped on the day of surgery. Nausea and polyuria occurred following surgery. Tachypnea appeared on postoperative day (POD) 2, and she was transferred to our hospital for further treatment. Blood gas analysis showed metabolic acidosis with an open anion gap and normal blood glucose level of 159mg/dL. However, urinalysis showed 3+ glucose (urinary glucose level 1,854mg/dL) and 3+ ketones. She was diagnosed as having euglycemic diabetic ketoacidosis associated with SGLT2 inhibitors. Correction of dehydration and intravenous administration of insulin and glucose tended to improve the acidosis, but her urinary glucose excretion and polyuria persisted. The patient was transferred back to her previous hospital on POD4. Urinary glucose excretion above 500mg/dL persisted for more than 10 days after discontinuation of SGLT2i. Urinary glucose excretion may persist for quite some time after discontinuation of SGLT2i and may require appropriate fluid management to prevent polyuria and dehydration. 糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis: DKA)は代謝性アシドーシス,高血糖,および尿中,もしくは血中のケトン体上昇を認める。DKA患者のうち,血糖値が正常であるものを正常血糖ケトアシドーシス(euglycemic diabetic ketoacidosis: EDKA)として1971年に報告された 1。 Sodium–glucose cotransporter 2阻害薬(SGLT2i)は,近年糖尿病だけでなく,慢性心不全,慢性腎臓病にも適応が拡大された。SGLT2iの重大な副作用にEDKAがある 2。EDKAの急性期の経過に関する報告は多数みとめるが,亜急性期の治療経過に関する報告は少ない。 今回我々は,整形外科術後にEDKAを発症し,SGLT2i中止後も10日以上にわたり尿中に500mg/dL以上の糖排泄が持続した症例を経験したので報告する。 本論文に倫理委員会の承諾は必要がない。また本論文は個人情報保護法に基づいて匿名化がなされており,患者またはその家族より論文の出版に関する同意を得ている。 患 者:40歳代の女性 既往歴:高血圧,糖尿病 内服薬:カナグリフロジン(SGLT2i),テネリグリプチン,メトホルミン,ビソプロロール 現病歴:交通外傷により,左上腕骨近位端骨折,左第1趾基節骨骨折を受傷し前医に入院となった。入院時の身長は160cm,体重は80kg,BMIは31.25であった。SGLT2iを含むすべての内服薬を術当日に中止したうえで,左上腕骨骨折に対して観血的骨整復術を施行された。術後より,嘔気を訴えたため,術後悪心嘔吐として補液,制吐剤の投与がなされた。 術後1日目,SGLT2iを含むすべての内服薬を再開し,食事も再開となった。しかし嘔気が強く服薬はできたものの,食事摂取はできなかった。輸液量500mL/日に対して,6,850mL/日の多尿を認めた。 術後2日目には,嘔気の増悪があり,服薬もできなかった。多尿に加え,頻呼吸が出現し,尿定性検査で尿糖3+,ケトン体3+であった。外部機関による,動脈血液ガス分析(室内気)で,pH 7.131,PCO2 16.3mmHg,HCO3− 5.4mmol/L,anion gapは23.6と高値を示し,anion gap開大性の代謝性アシドーシスを認めた。乳酸値が不明であったことから,メトホルミンによる乳酸アシドーシスも鑑別にあがり,精査加療目的に当救命救急センターへ転院となった。頻呼吸が顕著であり,前医にて重炭酸ナトリウム7% 100mLを投与がなされた。 救命救急センター転院時の意識レベルはGlasgow coma scale E3V5M6であった。経皮的酸素飽和度100%(室内気),脈拍106/分,血圧136/78mmHg,体温37.4度,呼吸数25/分と著明な頻呼吸であり,口腔粘膜の乾燥,ケトン臭を認めた。動脈血液ガス分析(室内気)ではpH 7.146,PCO2 13.2mmHg,HCO3− 4.6mmol/L,BE −22.0mmol/L,乳酸9mg/dLであり,anion gapは15と開大しており,乳酸値は正常であった。血糖値は159mg/dLと正常であり,HbA1cは8.5%であった。その他の血液検査所見をTable 1に示す。尿の定性検査では尿糖3+,ケトン体3+,随時尿のグルコース濃度は1,854mg/dLと高値であった。頭部・胸腹部CT検査では感染巣含め,特記すべき異常所見は認めなかった。 乳酸値が正常であることから,メトホルミンによる乳酸アシドーシスは否定的と考えられた。EDKAの診断基準は除外診断 3,もしくは血糖値の上昇に乏しい(血糖値250mg/dL以下),アシドーシス(pH<7.30,HCO3− <18mEq/L),ケトーシス(血中βヒドロキシ酪酸3mmol/L以上,血中アセト酢酸の上昇,尿ケトン陽性でも代用可)の3つを満たすことであると記載されている 2。本症例では他の代謝性アシドーシスの原因となる疾患を指摘しえないこと,血糖値の上昇に乏しく,pH7.146,HCO3− 4.6mmol/Lと著明な代謝性アシドーシス,尿中ケトン陽性であり,ケトーシスを認めたことから,SGLT2iに伴うEDKAと診断した。同日血中ケトン体の測定を行ったところ,アセト酢酸3,397mmol/L,βヒドロキシ酪酸5,961mmol/Lと著明な上昇を認めた。 術後からの水分バランス,体重の推移をFig. 1に示す。術後1日目の水分バランスはマイナス6,350mL,2日目はマイナス2,700mLであり,食事摂取や水分摂取ができていなかったこともあり,救命救急センター転院時の体重は術前と比較して9kg減少していた。 Water balance and change in body weight over time. 救命救急センター入院後(術後2日目),脱水の補正目的に300mL/時間による輸液を開始した。また,救命救急センター入院3時間後より,ヒューマリン1単位/時間,グルコース7.5g/時間の経静脈的投与を開始した。救命救急センター入院13時間後の動脈血液ガス分析(室内気)では,pH 7.277,PCO2 22.3mmHg,HCO3− 10.4mmol/L,BS 172mg/dLとアシドーシスは残存するもanion gapは11.6と正常値を示した。脱水の補正のため,術後2日目には6L/日,3日目には10L/日を超える輸液がなされた(Fig. 1)。 術後4日目の動脈血液ガス分析ではpH 7.481,PCO2 35.7mmHg,HCO3− 26.7mmol/L,BS 150mg/dLとpHも正常化し,血液検査でアセト酢酸967mmol/L,βヒドロキシ酪酸1,894mmol/Lと救命センター入院時と比較して改善を認めたため,同日前医に帰院となった。 帰院後も輸液,ヒューマリンの持続投与と糖質の補充を継続した。救命救急センターでは絶食管理としていたが,前医に帰院した術後4日目から経口摂取が再開され摂取可能であった。その後も,2,000mL/日以上の多尿が持続したことから,輸液は漸減しながらも術後13日目まで継続した。 術後の血糖値,尿糖の推移をFig. 2に示す。術後2日目(カナグリフロジン最終服用から1日後)には尿中の糖排泄は1,854mg/dLであり,術後3日目(カナグリフロジン最終服用から2日後)には尿中の糖排泄は2,477mg/dLと高値を示した。術後8日目(カナグリフロジン最終服用から7日後)でも651mg/dLの糖排泄であった。術後9日目にヒューマリンの持続投与を終了し,術後10日目より,テネグリプチン,メトホルミンを再開した。カナグリフロジン最終服用から11日間にわたり尿糖3+(500mg/dL以上)の尿中への糖排泄がみられた(Fig. 2)。 Changes in the levels of blood and urine glucose over time. 術後17日目に自宅退院となった。前医退院日には入院時と比較して体重は8kg減少していた(Fig. 1)。 SGLT2iは新しい血糖降下作用機序を有する2型糖尿病治療薬として2014年4月17日に本邦で発売され,1型糖尿病,慢性心不全,慢性腎臓病などに適応が拡大し,SGLT2iの処方量は年々増加している 4。SGLT2iの作用機序は,腎臓の近位尿細管にあるナトリウム/グルコール共輸送体に作用し,尿中グルコース排出を促進することで,血糖降下作用を示す。SGLT2iの有害な合併症として,EDKAが知られており,SGLT2iの適応が拡大し使用が増加することで,救急医がEDKAに関わる頻度が増加することが予想される。 SGLT2iによるEDKAの発症には以下の機序が知られている 5。SGLT2iの内服により,尿からのグルコース再吸収が抑制されることで相対的な糖質不足となり,糖代謝から脂質代謝にシフトすることに伴い,血中ケトン体濃度が上昇する。血中のケトン体の増加に加え,尿中グルコース排出の促進に伴う浸透圧利尿による脱水,尿中グルコース排出による血糖降下作用により,EDKAを発症する。SGLT2iに関連したEDKAは嘔吐,脱水,インスリンの中止・減量,インスリン分泌促進薬の中止,手術,感染,絶食・または摂取カロリーの減量,大量飲酒などによって引き起こされる 6。手術によりEDKAを発症する可能性があるため,術前3日前からの休薬が推奨されている 7。本症例ではSGLT2iの休薬が術当日のみになり,術当日の絶食による糖質不足に手術侵襲などが加わりEDKAを発症した可能性が考えられた。 EDKAの症状は一般的なDKAと同様であり,悪心,嘔吐,腹痛が最も多く報告される 2。一方で,血糖値が正常であることから,診断が難しく50%以上の症例で診断が遅れることが報告されている 2。本症例でも,頻呼吸,尿中ケトン体が陽性であったことから前医でもDKAを強く疑ったが,血糖値が159mg/dLであったため確定診断には至らなかった。また,血液ガス分析にてanion gap開大性の代謝性アシドーシスを認めたため,メトホルミンによる乳酸アシドーシスも鑑別に挙がり,前医では十分な評価ができず診断が遅れた。 EDKAの初期治療は通常のDKAと同様に輸液による脱水の補正である。脱水の補正に続いて,0.02~0.05単位/kg/時間でインスリンの持続静脈投与を開始する 2。通常のDKA管理と異なり,低血糖を回避するために,インスリン注入と同時期より,10%のブドウ糖を125mL/時間で開始し 8,血糖値の目標は150~200mg/dLとする 6。その後,カリウムを中心とした電解質補正を行い,重炭酸,アニオンギャップ,pHの正常化をもって治療を終了する。本症例では,低血糖にならないように十分なモニタリングを行ったうえで,インスリンを0.014単位/kg/時間,ブドウ糖を7.5g/時間で投与した。集中治療室で治療された31例のDKA患者の報告 9ではアニオンギャップの正常化に要した時間は中央値で10.4時間とされている。本症例ではアニオンギャップの正常化(12以下)には13時間を要した。本症例では低血糖を懸念したため,文献に記載されているよりも少量のインスリン投与を行ったことで,細胞内への十分な糖質の補充ができず,ケトアシドーシスが遷延した可能性がある。正常血糖ケトアシドーシスにおいても,十分な糖質補充とインスリンの投与が有効であるか,今後の検討が必要である。 カナグリフロジンの代謝動態を調べた研究 10によると,カナグリフロジンを2週間服用した場合,血中薬物濃度の半減期は11.81時間とされている。本症例と同様にカナグリフロジン100mgを服用した場合,おおよその尿中グルコース排泄量はカナグリフロジン服用前と比較して服用当日でプラス100g/日,翌日でプラス60g/日,翌々日でプラス20g/日であった。本症例では,カナグリフロジンの最終服用から2日後の尿中グルコース濃度は2,477mg/dL,尿量は9,240mL/日であったことから,約170g/日の糖が尿中から排泄されたと考えられた。同様に最終服用から3日後は130g/日,7日後で70g/日の尿糖排泄を認めた。また,カナグロフロジン中止後,血糖値は100〜200mg/dLにも関わらず,中止後11日間にわたり尿糖は3+であった。カナグリフロジンの血中薬物濃度が低下して以降も,持続的な薬理学的反応としての尿中グルコース排泄は過去にも報告されている 11, 12。これらの原因として,SGLT2iは内服後,血液中より腎臓に多く分布しており,局所的な薬物濃度が維持されている可能性,代謝酵素の多型,腎機能障害による半減期の延長,薬物の親油性が高く脂肪組織への分布などが挙げられている。本症例では,尿糖排泄が持続した原因として,腎局所でSGLT2iの薬物濃度が維持されている可能性があること,BMI 30以上の肥満であり脂肪組織へSGLT2iが分布していた可能性が考えられた。尿糖陽性である期間は浸透圧利尿により多尿となり,脱水になりやすいことが考えられる。本症例のように,SGLT2i中止後も長期にわたり高度の尿糖排泄が遷延する症例では,多尿,脱水に対して適切な水分管理が必要と考えられる。 整形外科術後にSGLT2iに関連したEDKAの症例を経験した。SGLT2i中止後も長期にわたり高度の尿糖排泄が持続する可能性があり,多尿,脱水に対して適切な水分管理が必要と考えられる。 本論文の投稿にあたり,開示すべき利益相反はない。

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