Abstract
アセチルコリンは,心臓のアセチルコリン感受性カリウム電流(IK.ACh)を増加させる.この増加されたIK.AChの電流量は,数秒で緩やかに減少する.この現象は短期脱感作(short-term desensitization)とよばれ,その実験的特性はすでに明らかにされているものの,その分子基盤や生理的役割は十分検討されてこなかった.そこで,IK.AChの活性化過程の数学的モデルを構築し,短期脱感作を定量的に再現する必要条件を探索した.その結果,2つの条件の重要性が判明した.一つ目は,アセチルコリンに対して異なる親和性をもつ2つのムスカリン受容体(M2受容体)の存在である.この2成分のM2受容体は,幅広いアセチルコリン濃度下でのIK.AChの応答の再現に必須であった.二つ目は,G蛋白質のβγサブユニットに対して異なる親和性をもつ2つのKAChチャネルである.この2成分のKAChチャネルは,短期脱感作の経時変化の特徴である電流量減少の再現に必要であった.これらの条件を合わせると,(1)0.01μMから100μMという幅広いアセチルコリン濃度下での電流量の経時変化,(2)アセチルコリン前灌流の効果,(3)短期脱感作からの回復という実験的に観察されるIK.AChの特性が,定量的に再現できた.さらに,短期脱感作の心臓における役割を検討するために,洞房結節の活動電位モデルに本IK.AChモデルを導入し,アセチルコリンの添加効果を調べた.すると,過度な迷走神経刺激による自発的心臓興奮の停止および復活という一過性の現象が観察された.これは,vagal escapeとよばれる組織レベルの生理現象に該当すると考えられた.以上の結果から,洞結節細胞レベルで観察されるIK.AChの短期脱感作が,組織レベルで観察されるvagal escapeの分子基盤である可能性が示唆された.
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