Abstract

本邦においてmobile ECMO(extracorporeal membrane oxygenation)システムは未開拓の分野であり,ECMO患者のhigh volume centerへの集約化も進んでいない。迅速かつ安全な地域mobile ECMOシステムの構築を目指してsimulation trainingを実施し,今後の運用に向けた課題を検討した。(訓練1)要請から出発までの段階,(訓練2)高規格救急車へのECMO患者の搬入搬出段階,(訓練3)車内での搬送中トラブルシューティングと3つの訓練を実施した。訓練対象は自施設内のECMO管理に関わる医療スタッフとし,訓練後リッカート尺度を用いた13の質問から構成されるアンケートを課した。訓練1では行動のフローチャート化やチェックリスト使用で行動が明確化したことにより迅速な対応ができた。訓練2では搬送に最適なECMO回路の選択と特殊搬送荷台の作成が必要であると考えられた。本訓練によりmobile ECMOへの知識・技術およびノンテクニカルスキルの向上が促され,自信が深められたという意識変容が認められた。地域mobile ECMOシステム運用に向けたsimulation trainingは有用であり,今後も訓練の継続と改良が望まれる。 In Japan, the mobile extracorporeal membrane oxygenation (ECMO) system remains inadequately developed, with little progress in promoting ECMO patient transport to high–volume centers. With the aim of establishing a speedy and safe regional mobile ECMO system, we conducted mobile ECMO simulation training to identify challenges in its future application. We conducted three training sessions, each focusing on the stage from consultation to dispatch (Training 1), loading an ECMO patient into a high–standard ambulance and preparing the patient for transport (Training 2), and troubleshooting during transport (Training 3). Trainees were doctors and clinical engineers involved in ECMO management in our facility. After their training, we conducted a questionnaire survey comprised of 13 questions using a Likert scale. In Training 1, specifying the steps with a flowchart and using a checklist facilitated clarifying actions to be taken, enabling trainees to act expeditiously. In Training 2, it is important to select the optimal ECMO circuit for each patient transport and to make a stretcher specifically designed for use with mobile ECMO. After training, changes were noted in trainee awareness; training contributed to improving knowledge, techniques and non–technical skills required in using mobile ECMO, thereby increasing participant confidence levels. Simulation training aimed at practical application of a regional mobile ECMO system is effective. Therefore, we should continue with this training and make content improvements. ECMO適応患者は,治療成績の向上と医療資源の適正供給の観点からhigh volume centerに集約化されるべきである 1。その手段として,海外の良好な治療成績を収めるextracorporeal membrane oxygenation(ECMO)のhigh volume centerではmobile ECMOシステムを導入している 2, 3, 4, 5, 6。Mobile ECMOとは病院間ECMO搬送と定義され,狭義にはprimary transportとsecondary transportの2種類に分けられる 7。そのうち,前者は『紹介元病院に出向いてカニュレーションを行い,ECMOを導入し自施設へ搬送する』ことを意味し,後者は『既にECMOを導入している患者の病院へ出向き,他施設へECMO搬送する』ことを指す 7。Mobile ECMOシステムの導入は,ECMOセンターへの重症呼吸不全患者の集約化を促進させるとともに,従来の搬送では危険を伴い,搬送中・搬送前に失われていた重症呼吸不全患者群を救命する手段となり得る 8, 9。しかし,本邦においてprimary transportを主体としたmobile ECMOシステムは未開拓の分野であり,ECMO経験値の高い施設への患者集約化も進んでいない現状がある 10。今回,我々は周辺二次医療機関で発生した重症呼吸不全患者の集約化を目的とした地域mobile ECMOシステムの構築をすべく,mobile ECMO simulation trainingを実施し,今後の運用に向けた課題を検討した。 訓練は半径100km圏内の施設から患者紹介を受け,陸路でのprimary transportを実施する想定とした。Primary transportは,1. 要請から出発,2. 紹介元でのECMO導入と安定化,3. 自施設への搬送,と大きく分けて3つの段階で構成される 7。また自施設への搬送の段階では,搬送車両への搬入搬出活動と搬送中の車内活動に細分される。本訓練では,(訓練1)要請から出発までの段階と,(訓練2)高規格救急車へのECMO患者の搬入搬出段階および(訓練3)車内での搬送中トラブルシューティングと3つの訓練を実施した。訓練対象は自施設内のECMO管理に関わる医師と臨床工学技士の5名とした。これらの搬送メンバーをもってmobile ECMOチームとし,各々,director(医師)を1名,cannulation physician(医師)を1名,ECMO physician(医師)を2名,ECMO specialist(臨床工学技士)を1名と役割を分担した。受講者には各訓練前に目標と実施事項をオリエンテーションで掲示し,訓練後に結果を報告し合い,さらによい結果を出せるようにするためにデブリーフィングを行った。 行動目標として『紹介元病院への迅速な出発』を設定した。実際にECMO患者相談を受けるところから訓練を開始し,directorが相談内容をもとにしてreferral form(呼吸不全の診断と状態,導入基準や相対的除外基準などを記載)に患者情報を記入し受諾を判断した。受諾決定後に搬送メンバーを召集し情報共有および役割分担を行った。その後,資機材準備・往路および復路の車両確保・同意書準備などを進め,車両にすべて資機材を搬入し終えるところまでで訓練を終了した。これら要請後からの実施事項をフローチャート化し訓練前に掲示した(Fig. 1)。また,行うべき行動や必要資機材を列挙したmobile ECMO チェックリスト(Fig. 2)を作成し,訓練中はdirectorが実施項目への時間記入やチェックを行うこととした。 A flow chart of preparation for primary transport. Mobile ECMO checklist. 訓練に先立ち,搬送車両(東京消防庁高規格救急車)の性能・装備(十分な内部空間・最大荷重容量・電気供給源・酸素供給源・吸引機材・適度な照明・温度調節)に関して確認を行った。訓練2では行動目標として『搬送患者の安全の確保』を設定した。異なる3つのECMO回路(ROTAFLOW・CAPIOX®・CARDIOHELP)を用いて搬送車両への搬入搬出訓練を実施した。ECMO患者をベッド上から移動用ストレッチャーに移動させ,遠心ポンプと人工肺の固定確認・シリンジポンプの固定確認を行い,搬送車両までストレッチャーで移動した。搬入搬出時の実施事項もチェックリスト(Fig. 2)を用いて確認した。 行動目標は『搬送患者の安全の確保』を設定した。車内に搬入後,ECMOや人工呼吸器の配置を決め,酸素および電源を切り替え,車内の人員配置と役割分担を決めた。搬入後の実施事項もチェックリスト(Fig. 2)を用いて確認した。その後,仮想症例(鎮静の調整・酸素残量低下・人工呼吸器停止・カニュレ位置異常・気泡混入・ECMO停止・気胸合併)によるトラブルシューティング訓練を実施した。 訓練終了後,5点リッカート尺度 11(5:強く同意,4:同意,3:中立,2:否定,1:強く否定)を用いた13の質問から構成されるフィードバックアンケートを訓練参加者に課した。その後,受講者全員でデブリーフィングを実施した。ここでは訓練で使用したチェックリスト(Fig. 2)を用いて,訓練全体の振り返りと問題点を議論した。 チェックリストの時間経過をみると,要請から出発までの過程を20分で終了した。デブリーフィングでも,行動のフローチャート化やチェックリストの使用で行動が明確化したことにより迅速な対応ができたとの意見が出された。 デブリーフィングでは回路ごとの搬入搬出の違いを議論した。各回路とも一長一短であり,搬送に最適なECMO回路の選択が必要であるとの意見が出された。またmobile ECMO用の特殊搬送荷台の必要性も訴えられた。 チェックリスト中の車内活動での実施事項はすべて行われていた。車内は特殊環境であり,トラブルシューティング訓練を積み重ねる必要性が訴えられた。 アンケート結果をTable 1に示す。受講者全員が訓練1~3すべてを有用であると答えた。また,受講者の意識変容に伴う有効性が示された。まず搬送への自信があるという受講者は,訓練前後で0%から60%へと増加した。訓練後,受講者の100%が知識技術面での向上を自覚し,80%がコミュニケーション能力やチームワークなどノンテクニカルスキルの向上を実感していた。受講者の60%が現時点での実運用は不十分であると考え,全員が本訓練の継続の必要性を感じていた。 世界各国のECMOセンターにおけるmobile ECMOの報告によると生存退院率は61–85%とされ,ELSOレジストリーの院内ECMO成績と同等であることからその有用性が示唆されている 3, 4, 5, 6。一方で搬送中のトラブル発生頻度は28–55%にのぼり,多いトラブルとして電源異常・物品の不足・回路やフローの異常などが挙げられている 3, 6, 8。過去の報告をみても,これらの危険を予測し入念な準備を行うことは合併症回避に必須であり 8,今回の訓練を立案するに至った。ELSO guidelinesでは搬送距離400km圏内であれば陸路搬送が推奨されており 7,本邦のmobile ECMOシステムは,まず陸路での整備が現実的と考える。移動手段に関しては,訓練2,3で使用した東京消防庁高規格救急車は内部空間の広さ・供給電源・酸素配管などの性能はECMO患者搬送に耐え得ることが確認できた。今回の訓練想定は,本邦におけるmobile ECMOシステム構築に向けた初期のモデルケースになると考える。 Mobile ECMO simulation trainingの報告は世界的にみても皆無であり,今回の報告の有用性は高い。ELSO guidelinesでは,ECMO搬送を計画するうえで『ECMOチームの紹介施設への迅速な到着』と『搬送中の患者の安全確保』が最重要事項と述べられている。本訓練では,前者を達成するためにフローチャート(Fig. 1)とチェックリスト(Fig. 2)を作成し,混乱を生じやすい覚知から出発までの段階の行動の明確化と迅速化を図った。訓練の評価として,過去のECMO simulation trainingと同様に受講者の反応を評価した 12, 13が,いずれの段階でも訓練への満足度は高い結果となった。また,受講者は訓練によりmobile ECMOに関する技術知識およびノンテクニカルスキルの向上を実感し,自信が深められたという意識変容が認められた。目標1時間とされている準備時間 7を20分まで短縮できた点からも,訓練1の目標である『迅速性』は行動のフローチャート化・チェックリストの導入により達成されていたと考える。また行動を明文化したことで受講者全員にprimary transportの概要への習熟度が高まった点も有用性として挙げられる。そして,デブリーフィングで各々が今後の課題を検討したことで,受講者全員が訓練の継続の必要性を訴え,今後のモチベーターとして働いた点も特筆すべき点であったと考える。 一方で本訓練からみえる課題も3点挙げられる。まず1点目として,搬送中必要資機材の再検討が挙げられる。とくに実際に使用する最適のECMO機器の選択やECMO搬送用荷台の作成は急務であり,これらが整った環境で再度simulationを重ね,問題点を検討する必要があると考える。次に本訓練における訓練評価項目の再検討が挙げられる。本訓練と同様にリッカート尺度を用いて訓練受講者を増やし意識変容を評価するのも一つの手法であるが,本訓練において(訓練2と3)『安全性の確保』の評価に客観性が欠けていた点からも,今後はカニュレ位置の変化やECMO流量変化,訓練3ではトラブル解決までの時間などを評価項目として加えることで『安全性』の評価をより厳密に行う手法も考えられる。また実際のmobile ECMO症例の経験を積んで,その実績(トラブル発生数,生存率)を訓練の評価項目とすることも過去のECMO simulation training報告で存在しており参考になる 14。最後に訓練への多職種参画の必要性が挙げられる。搬送中の合併症回避には,ECMO管理に精通したメンバー個々の能力に加えて,特殊な搬送医療への修練や多職種によるチームワークが必要とされる 7。現行の医師・臨床工学技士以外にも,血管外科医や看護師・救急隊員などが訓練に参加し,各々の役割と連携を確認し課題を抽出することで,搬送スタッフの成熟化がさらに促されると考える。 本邦のECMO治療は発展途上であるが,欧米諸国に追随するにはmobile ECMOを基盤とした集約化・センター化は必須の過程と考える。本報告のような具体的なsimulation trainingの経験を積み重ね,スタッフの育成とmobile全行程の骨子を固めていく必要があると考える。そして実際の運用初期は,合併症の少ない短距離搬送のケースから導入し,経験値を上げてネットワーク内の病院からの信頼を得るといったBiscottiら 4の報告も,mobile ECMO黎明期の羅針盤となり得ると考える。 本邦のECMO成績を向上させるためには,集約化を念頭にした迅速かつ安全な地域mobile ECMOシステムの構築が必要である。Mobile ECMO simulation trainingにより受講生の知識・技術・チームワークの向上が図られ,自信がつけられる。今後も,より安全かつ迅速な運用を目指した訓練の継続と改良が望まれる。 本論文に関して,利益相反はない。

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