Abstract

Marchiafava–Bignami disease(MBD)は,長期間のアルコール摂取や低栄養を原因に意識障害を引き起こす一方で,稀な疾患であるため意識障害の原因疾患として鑑別に挙がらず,正確なMBDの診断に至らない可能性がある。症例は大酒家の56歳男性。受診3日前に1mの高さより転落し,その後体動困難となり前医を受診した。前医では顔面および後頭部に多発する汚染創と後弓反張を認め,破傷風と診断され加療目的で当院へ転院搬送された。当院来院時,破傷風は否定的であったが,前医での経過から確実に除外することも困難であり,低侵襲な治療は必要と判断した。一方で長期のアルコール摂取歴からアルコールや栄養障害に伴う脳症を第一に疑い,ビタミンB1を中心とするビタミン補充療法を開始した。第2病日に,飲酒歴と臨床症状,前医の頭部MRI画像における脳梁膨大部高信号からMBDと診断した。ビタミン補充療法で症状は改善し,第13病日に前医へ転院となった。MBDは早期のビタミン補充療法で神経症状改善の可能性があるため,救急医はMBDの病態を理解し,長期間のアルコール摂取歴のある意識障害患者では,MBDを想起し鑑別を行うことが重要である。 Marchiafava–Bignami disease (MBD) is a rare, severe, and usually fatal neurological disorder associated with chronic alcoholism. An accurate diagnosis of MBD is difficult. A 56–year–old man with a history of long–term alcohol use disorder originally visited a doctor because he had fallen from a height of 1m three days prior, injuring himself and subsequently experiencing difficulty moving. His doctor identified contaminated wounds and opisthotonos. He was diagnosed with tetanus and transferred to our hospital for intensive tetanus–specific care; treatment was initiated despite scant symptoms. Given his history, alcoholic encephalopathy was also considered, and vitamin supplementation therapy was initiated. On day 2, he was diagnosed with MBD based on symptoms and the presence of a high–intensity lesion in the splenium of the corpus callosum on diffusion–weighted and fluid–attenuated inversion recovery imaging. His symptoms improved with vitamin supplementation therapy. On day 13, he returned to the original hospital. This case emphasizes the need to consider MBD when patients with impaired consciousness have a history of long–term alcohol use disorder. Marchiafava–Bignami disease(MBD)は,長期間のアルコール摂取や低栄養を原因として脳梁に脱髄壊死を来す疾患であり,急性期には意識レベル低下を含む精神状態の変化や歩行障害,構音障害を呈する 1。MBDは稀な疾患であるため意識障害の原因疾患として鑑別に挙がらず,正確なMBDの診断に至らない可能性がある。今回我々は,受傷から数日以上経過した多発する汚染創と後弓反張から破傷風と診断され当院へ搬送となったが,長期間のアルコール摂取歴と頭部MRI所見からMBDと診断された症例を経験したので報告する。 なお,本報告は介入のない1例の症例報告であり,倫理委員会の承諾を必要としない。また本報告にかかわる症例はすべて個人情報保護法に基づいて匿名化が行われており,報告に際しては患者本人より同意を取得している。 患 者:56歳,男性,身長173cm,体重53kg,BMI 17.7 既往歴:高血圧症 内服薬:アムロジピン5mg/日 喫煙歴:15本/日,36年間 飲酒歴:焼酎 500mL/日,36年間 現病歴:患者は焼酎を500mL/日ほど飲酒していたが,受診3か月前に失業し,その後から飲酒量が1,000mL/日に増加した。受診2か月前からふらつきが出現し,頻回に転倒するようになった。受診1か月前には「着物を着た猫が見える」などの幻覚症状が出現し,それを追いかけるようになった。受診3日前に1mの高さの窓から地面に頭部から転落し,受診2日前から呂律が回らなくなった。その後ふらつきが悪化し体動困難となったため前医を受診した。身体所見では全身不潔と異臭が目立ち,鼻根部と頭部に受傷時期不明な骨組織まで露出する汚染した挫滅創を数か所認めた。診察後に撮影したCTでは明らかな骨折や出血はなく,続けて撮像を行ったMRIでは拡散強調画像とfluid attenuated inversion recovery(FLAIR)画像で脳梁部に高信号(Fig. 1a, b)を,apparent diffusion coefficient(ADC)画像で脳梁部に低信号(Fig. 1c)を認めたが,この時点では臨床所見との関連性は不明とされた。MRI撮像後に5分間継続する四肢を伸展し,頸部や背部を反り返らせる痙攣を認めた。痙攣の様式から後弓反張と判断し,フェニトイン750mg静注によって痙攣は消失した。顔面および頭部に多発する汚染創と後弓反張から破傷風と診断され,加療目的に同日当院へ転院搬送された。 Brain MRI on day 1. DWI (a) and FLAIR (b) showed a high intensity lesion in the splenium of the corpus callosum on MRI. ADC(c) showed a low intensity lesion in the splenium of the corpus callosum on MRI. DWI: diffusion–weighted imaging, FLAIR: fluid–attenuated inversion recovery, ADC: apparent diffusion coefficient 来院後経過:当院到着時はJapan coma scale(JCS)3,痙攣や不随意運動,錐体外路症状を認めなかった。バイタルサインは血圧126/65mmHg,心拍数98/分・整,腋窩温37.3度,SpO2 96%(大気下)であった。全身不潔で異臭があり,鼻根部と頭部に多発性の骨組織まで到達する汚染創を認めた(Fig. 2a, b)。開口障害を認めなかった。また光や疼痛刺激による痙攣誘発を認めなかった。来院時検査所見をTable 1に示す。動脈血液ガス分析では代償困難な代謝性アシドーシスや低血糖を認めなかった。血液生化学検査では,軽度の腎機能障害と貧血,炎症反応の上昇を認めた。髄液検査では細胞数の増加と糖の低下は見られず,髄膜炎は否定的であった。 Injuries to the face and head. Open wounds reaching the periosteum were found at the base of the nose (a) and back of the head (b). 前医で後弓反張を一度認めたが,来院後に開口障害,筋強剛・痙攣,自律神経障害に伴う血圧変動を認めなかった。また軽度の意識障害を認めるものの,その他のバイタルサインは安定しており,積極的に破傷風を疑う所見に乏しかったが,前医での経過から確実に破傷風を除外することも困難であった。よって侵襲性の低い破傷風に対する治療は必要と判断し,鼻根部および頭部の汚染創は救急外来でデブリドマンを行い,その後は連日創部洗浄を行い,感染コントロールを図る方針とした。また集中治療室で暗室管理を行い,マグネシウム製剤,抗破傷風ヒト免疫グロブリンおよびセフトリアキソン 2g/日の投与を開始したが,この時点での経口気管挿管による確実な気道確保は必要ないと判断した。一方で長期間の飲酒歴からアルコールや栄養障害による脳症を第一に疑い,ビタミンB1 200mg/日を中心とするビタミン補充療法を開始した。 第2病日も開口障害,筋強剛・痙攣,自律神経障害に伴う血圧変動を認めず,破傷風は否定的であった。一方でビタミン補充療法や輸液療法を中心とした全身管理の開始後から意識レベルは改善を認め,JCS 2となった。長期間のアルコール摂取歴と臨床症状,前医で撮像を行った頭部MRI拡散強調画像およびFLAIR画像での脳梁膨大部高信号(Fig. 1a, b)からMBDと診断した。また同日よりリハビリテーションを開始し,栄養はリフィーディング症候群発症の危険因子である5日以上の経口摂取不良とアルコール依存症があったため,glutamine–fiber–oligosaccharideで経腸栄養を開始し,投与カロリーを漸増する方針とした。第3病日の精神学的評価では,アルコール依存傾向はあるが離脱症状はなく,後弓反張はアルコール離脱によるものではなく,MBDに伴う症状と考えられた。その後も意識障害の悪化や筋強剛・痙攣を認めなかった。第10病日に意識レベルはJCS 1となり,汚染創は感染コントロールが得られたため縫合閉鎖を行った。第11病日までに経腸栄養を目標カロリーである34kcal/kg/日(合計1,800kcal/日)に漸増することができ,経過中にリフィーディング症候群の所見は見られなかった。第13病日には意識は清明で,リハビリテーションにより端座位まで可能となった。また経口摂取も来院時は不可能であったが,意識レベルの改善に伴いゼリー摂取可能なまでに改善を認めた。同日リハビリテーション継続目的に前医へ転院となった。 MBDは1903年にMarchiafavaとBignamiが3例の剖検所見を初めて報告した疾患であり 2,1981年から2012年1月までの約31年間で153例が報告されている 1。長期間のアルコール摂取や低栄養が原因と考えられており,臨床症状として初期には本症例のように意識レベル低下を含む精神状態の変化や歩行障害,構音障害を来すことが多い 1。MBDの診断には頭部MRIが有用であり,拡散強調像とFLAIR画像で脳梁に左右対称性に高信号を呈することが特徴である。ADC画像ではADC値が上昇する場合も,低下する場合もあるとされている 3。これは長期間のアルコール摂取や低栄養によるビタミンB1や微量元素不足による血管壁障害を背景に,ピルビン酸の蓄積に伴う局所アシドーシスや血液脳関門の破綻を引き起こし,脳梁の浮腫誘発と同部位の脱髄壊死,血管漏出性出血を来すためと報告されている 4。病変は脳梁内の中間層に限局し,上下層は障害を免れる傾向を認める(sandwich sign)が,なぜ病変が中間層に限局するかは不明である 5。一方で脳梁高信号はMBD以外にも,ウイルス性脳炎 / 脳症,てんかん発作,高Na血症,低血糖でも来しうるため 6,血液検査や髄液検査を行い他の疾患を鑑別する必要がある。MBDはしばしば脳梁外病変を合併することが知られており,脳梁病変と同様に左右対称性であることが多い。脳梁外病変の中でも皮質病変は,認知症などの予後を決定する重要因子と考えられている 7。Heinrichらは,神経放射線学的所見と臨床症状および予後との関連性について検討しており,急性期の意識障害が強く,画像所見では脳梁全体に病変が及び,予後不良なA群と,急性期の意識障害がないか軽度で,脳梁の障害が部分的な予後良好なB群に分類している 8。MBDに対する特異的な治療法はないが,他のアルコール性脳症と同様に早期のビタミンB1を中心とするビタミン補充療法が神経症状の改善に有効である。またビタミン補充療法の一つであるチアミン大量療法は,1,500mg/日のチアミンを3~5日間,その後250mg/日のチアミンを3~5日間または神経症状の改善が得られるまで投与を行う方法で,Wernicke脳症に対する治療として脳神経領域で行われており 9,MBDでも有効である可能性が報告されている 10。一方でビタミン補充療法に反応せず,長期にわたって見当識障害,健忘,失行といった神経症状が継続した報告もあり 3,治療開始後も長期の経過観察が必要と考えられる。本症例は長期間のアルコール摂取歴と,MRI拡散強調画像およびFRAIR画像でMBDに特徴的な脳梁膨大部の高信号を認めた。一方で血液検査・髄液検査で脳炎 / 髄膜炎,電解質異常,代謝異常などの脳梁膨大部に高信号を来す他の疾患を否定できたため,MBDと診断した。来院時JCS 3と意識障害が軽度であり,MRI画像で脳梁高信号が部分的であったため,本症例はB群に分類されると考えられた。実際,入院後直ちにビタミン補充療法を開始し,意識障害は改善が得られ経過は良好であった。本症例ではビタミンB1 200mg/日と全身管理で意識レベルは改善を認めたが,意識レベルの改善が得られなければチアミン大量療法の実施も検討に値する状況であったと考えられる。 一方で初診時に疑われた破傷風は,破傷風菌が産生する神経毒素により運動ニューロンの抑制シグナル伝達が阻害され,全身の筋緊張亢進を来し,重篤化すると自律神経障害を引き起こす疾患である 11。開口障害など初期症状から全身性痙攣が始まるまでの時間をonset timeといい,これが48時間以内である場合,予後が不良といわれている 12。本症例は来院時に意識障害を認め,開口障害,筋強剛・痙攣,自律神経障害に伴う血圧変動など破傷風に特徴的な臨床症状が乏しかった。また呂律障害を初期症状として,後弓反張を来し破傷風第3期まで進行したとすれば,本症例のように破傷風の治療開始直後から経時的に症状が改善するような経過をたどるとは考え難く,破傷風は否定的と判断できる。 後弓反張は四肢を伸展し頸部や体幹を反り返らせる痙攣様式と定義されており 11,破傷風以外では解離性障害や髄膜炎でも来すことが報告されている 13, 14。本症例では精神疾患の既往はなく,髄液検査でも髄膜炎を示唆する所見は見られず,いずれも否定的と判断した。一方でMBDの報告例の中には四肢対称性に筋強直を示した症例があり 15,本症例でも前医で四肢を伸展し頸部や体幹を反り返らせる痙攣を認めていた。これらの痙攣様式は後弓反張の定義と矛盾せず,MBDでも後弓反張を呈しうると考えられた。本症例ではフェニトインで速やかに鎮痙が得られたが,MBDの痙攣に対する特異的な治療法の報告はなく,てんかん重積状態に準じて抗けいれん薬を使用することが有効である可能性がある。 本症例は外傷歴と後弓反張から破傷風として紹介されたが,長期間のアルコール摂取歴と頭部MRI画像から後にMBDと診断された。MBDは稀な疾患であるため,意識障害の原因疾患として鑑別に挙がらず,正確なMBDの診断に至らない可能性がある。意識障害の原因として長期間のアルコール摂取歴は重要であり,意識障害を伴う場合には,飲酒歴を聴取しMBDなどのアルコール関連疾患の可能性を検討する必要がある。また長期間のアルコール摂取歴と精神状態の変化や歩行障害などの特徴的な臨床症状から,MBDなどのアルコール関連脳症が疑われる患者では,早急にビタミン補充療法を開始し,診断のため全身状態安定後に頭部MRI検査を実施する必要がある。 外傷歴と後弓反張から初診医で破傷風と診断されたものの,長期間のアルコール摂取歴とMRI所見よりMBDと判明した症例を経験した。MBDは早期に適切なビタミン補充療法がなされれば神経症状の改善の可能性があるため,救急医はMBDの病態を理解し,長期間のアルコール摂取歴がある意識障害患者では本疾患を想起し鑑別を行うことが重要である。 本稿のすべての著者には規定された利益相反はない。

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