Abstract

【目的】Lidocaine–epinephrine–tetracaine(LET)は,多くは小児における創傷処理の表面麻酔に使用されている。LETはリドカインの局所注射麻酔と比較しても効果に遜色がないことが示されているが,本邦におけるLETを使用した創傷処理に関する報告は限られている。そこで当院救急外来におけるLETを使用した小児の創傷処理の現状と有効性,副作用に関して調査した。【対象】本報告はカルテレビューに基づく単施設記述研究である。2018年4月1日から2021年3月31日までの期間に当院救急外来を受診した15歳以下の患者で,LETを使用し創傷処理を行った患者群を対象とした。調査項目は年齢,性別,創部の長さ,部位,局所注射麻酔もしくは鎮静鎮痛(procedural sedation and analgesia: PSA)の追加の有無,有害事象の有無とした。【結果】対象患者は312人で,LETのみで創傷処理を完遂できた症例は262例(84%),LETと局所注射麻酔を併用した症例は35例(11%),LETとPSAを併用した症例は10例(3%),LET,局所注射麻酔,PSAを併用した症例は5例(2%)であった。本報告において有害事象は0例(0%)であった。【結語】LETでの創傷処理は適切な鎮痛効果かつ少ない有害事象で施行可能と考えられる。 Introduction: A combination of lidocaine, epinephrine, and tetracaine (LET) is often used for surface anaesthesia in wound management in children. Several studies, mainly from the United States, showed that LET is as effective as lidocaine infiltration. However, reports on the LET are scarce in Japan. Therefore, this study evaluated the efficacy and safety of LET during wound management in children at the emergency department in Japan. Methods: This single–center retrospective descriptive study included pediatric patients (age ≤15) treated with wounds using the LET from April 2018 to March 2021. We collected data on patients' age and sex, length, and site of the wound, use of additional lidocaine infiltration, procedural sedation and analgesia (PSA), and adverse events. Results: A total of 312 patients were included in this study. Wound treatment was completed with only LET in 262 cases (84%), LET and lidocaine infiltration in 35 cases (11%), LET and PSA in 10 cases (3%), LET, lidocaine infiltration, and PSA in 5 cases (2%). Moreover, no adverse events were reported. Conclusion: Using the LET during wound management could be effective and safe in Japanese pediatric patients. 小児にとって救急外来を受診することは非常に大きなストレスを伴う経験であると言われている 1。さらに痛みを伴う創傷処置では恐怖や不安がいっそう強くなる。それにより医療者と患者の間で信頼関係を構築できず,泣いたり暴れてしまうことで治療に非協力的になり処置に難渋することも少なくない 1。救急外来での小児の創傷処理への対応は施設によって違いがあるが,患者は自ら上手く訴えられないことが多く,痛みや恐怖を取り除く配慮が必要になる 2, 3。その一方で小児の痛みに対する治療はしばしば未介入のままにされてしまうことや,対応が不十分であることが指摘されており,小児の痛みの訴えは過小評価される傾向にある 4, 5。不十分な疼痛管理は,処置時の恐怖や苦痛といった短期的な影響だけでなく,長期的にも神経系の発達や将来の痛みに対する反応にも影響を与えると言われている 5ため,疼痛や苦痛を最小限にする努力が重要と言える。1980年代には小児の鎮痛薬の使用が成人と比較し極端に少ないという事実が多く報告された 5。このような報告が増えたことで小児の疼痛管理の重要性が認知され様々な方法が考案され,今日では多くの種類の薬物療法や非薬物療法が使用できるようになり小児の痛みや不安を最小限にする努力がなされるようになってきた 5。 救急外来の創傷処理において表面麻酔は針を使わずに麻酔を行うことができ,注射の痛みや針そのものに対する恐怖を軽減させる方法の一つである。1980年にtetracaine–epinephrine–cocaine(TEC)が効果的な表面麻酔として初めて報告され,北米などを中心に広く使用されるようになったが,コカインの副作用の懸念がありコカインを含まない表面麻酔が発展してきた。Lidocaine–epinephrine–tetracaine(LET)は,リドカイン(lidocaine),エピネフリン(epinephrine),テトラカイン(tetracaine)の合剤で,欧米において1990年代頃から創傷処理における小児の表面麻酔として使用されている 6, 7, 8。LETはコカインを含まずTECと比較し安全でコストが安いことが知られている 8。 LETはリドカインの局所注射麻酔と比較しても効果に遜色がないことが示されているが 9, 10, 11,本邦ではLETに用いられる各薬剤が塗布薬としての使用承認を得ていないため,本邦におけるLETを使用した創傷処理に関する安全性や有効性に関する報告は限られている。そこで今回,独自にLETを作成し救急外来におけるLETを使用した小児の創傷処理の現状と有効性,有害事象に関して報告する。 なお,LETの使用に関しては,先進医療・保険適用外医療用の倫理委員会(東京ベイ浦安市川医療センター倫理審査委員会,受付番号:10 平成24年12月6日)にて承認を得ている。この論文は個人情報保護法に基づいて匿名化がなされている。 方法はカルテレビューに基づく単施設記述研究である。本研究の対象は,2018年4月1日から2021年3月31日の3年間で,当院救急外来を受診した15歳以下でLETを使用し創傷処理を行った患者である。創傷処理とは保険収載上の「縫合処理」と同様,縫合もしくはステイプラーで処理を行った患者のみを対象とした。洗浄のみの患者や,テープ固定を行った患者は除外している。LETの使用に関しては診療医がLETによる麻酔が適切と判断し,保護者の同意が得られた患者とした。保護者の同意は当院で独自に作成した説明書(補足図1)を用い同意を得た。 調査項目は年齢(新生児:生後28日以内,乳児:1歳未満,幼児:1歳以上6歳未満,小児:6歳以上),性別,創部の長さと深さ(表皮,皮下組織,真皮,筋層以下),部位(顔面,頭部,四肢,その他:耳介,背部),受傷機転(転倒,物や人に衝突し受傷したもの,転落,切創),既往歴の有無(発達障害や自閉症スペクトラム障害など),局所注射麻酔もしくは処置時の鎮静(procedural sedation and analgesia: PSA)の追加の有無,処置の方法(縫合もしくはステイプラー),処置者(初期臨床研修医,外部病院救急科専攻医,当院救急科専攻医,指導医),有害事象の有無とした 10, 12。深さに関しては,カルテ記載もしくはカルテに取り込まれた創部写真で判断した。有害事象は,先行研究 7と同様にアレルギー,皮膚炎,アナフィラキシーとした。局所注射麻酔の追加の判断は患者に痛みの程度を聞き,口頭での表出が困難な例では縫合時の表情から痛みが強いと臨床医が判断した場合に追加した。また,苦痛が強い,安静が保てないなど処置の完遂に支障を来すと考えられた場合も臨床医の判断でPSAを導入して創傷処理を完遂した。臨床医の判断については,痛みの程度について部門内で統一されたスケールや担当医に定められた事前学習はなく,個々の判断に依存していた。 LETの組成と施行手順は以下の通りである。本邦には欧米と同濃度の薬剤がないため組成はリドカイン2%(5mL),エピネフリン0.05%(5mL),テトラカイン0.5%(50mg)を混合したものを使用した。混合した液体は遮光の瓶に入れ冷所保存とし,保存期間は作成してから28日間とした。当院でのLETの使用方法は過去の報告に準拠し,創部に接着できるサイズのガーゼにLET液を通常1〜3mL程度を浸し,防水素材で被覆を行ったうえで約30分後に創傷処理を行った 6。 統計解析にはRを使用した。統計処理として,連続変数はマン・ホイットニーのU検定,2値のカテゴリー変数はフィッシャーの正確検定を用い,有意水準はP < 0.05とした。 対象期間中,312例が当院救急外来でLETを使用し創傷処理を行った。年齢中央値4歳[四分位範囲(interquartile range: IQR)2.0–5.5],男性203人(65%),創部の長さの中央値は1.5cm(IQR 1.0–2.0)であった。 LETのみで創傷処理を完遂した症例は262例(84%),LETと局所注射麻酔を併用した症例は35例(11%),LETとPSAを併用した症例は10例(3%),LET,局所注射麻酔,PSAを併用した症例は5例(2%)であった。 各処置別の年齢中央値,性別,創部の長さの中央値,部位の内訳の詳細は表の通りである(Table 1)。 Age (year), median (IQR) Sex, male, n (%) Length of injury (cm), median (IQR) Face (n = 260) Scalp (n = 27) Extremity (n = 19) Other (n = 6) LETのみで創傷処理を完遂した症例の年齢中央値は4歳(IQR 2.8–5.0)であったが,LETのほかにPSAを必要とした症例の年齢中央値は3.5歳(IQR 2.3–9.8),LETのほかに局所注射麻酔とPSAを必要とした症例の年齢中央値は3.0歳(IQR 1.0–4.0)であった。その他の部位に含まれる耳介や背部の創傷処理の際に,6例中3例はLETに加えPSA,もしくは局所注射麻酔とPSAの両方を行っていた。 年齢,創部の深さ,受傷機転,処置者別のそれぞれのLETのみで創傷処理の完遂数と完遂率(%)は表の通りで有意な差は認めなかった(Table 2)。 Overall (n = 312) LET only (n = 262) LET ± LI ± PSA (n = 50) 年齢,創部の大きさや深さ,受傷機転,処置者によって,LETのみでの創傷処理の完遂率に統計学的に有意差が出るか検証した結果は表の通りである(Table 2)。 発達障害,自閉症スペクトラムなどの既往歴がある患者は本報告には含まれていなかった。 ステイプラーで創傷処理を行った患者は312例中10例で,全例が頭部挫創もしくは切創であった。追加で局所注射麻酔やPSAを必要とした症例は0例であった。 LETによるアレルギーなどの有害事象は312例中0例であった。 本報告において312例中262例(84%)が追加の局所注射麻酔やPSAを使用することなく,LETのみを使用し創傷処理を完遂することができた。追加の局所注射麻酔やPSAを使用しなかった患者のうち,部位別内訳では顔面や頭部の処置が多く,262例中242例(93%)を占めた。本報告ではLETによる重篤な有害事象は認めなかった。 顔面や頭部の処置で多く用いられた理由としては,顔面はより患者の視野に近く恐怖心を惹起しやすく医療者がLETによる効果を期待して選択しやすいことに加えて,顔面や頭部は血流が豊富で体幹部や四肢よりも麻酔の効果が得られやすいためLETの効果が高いことが知られている点 12や,小児は転倒による頭部外傷が多いことからそもそも小児の創傷処理は頭部や顔面の頻度が高いこと 13などが考えられる。 LETのみでの完遂率は,欧米の先行研究の75~90%と比較し同等の完遂率であった 9, 14, 15。LETの鎮痛効果を比較検討した論文において組成濃度はリドカイン2〜4%,エピネフリン0.05〜0.1%,テトラカイン0.5〜2%と違いがある(Table 3) 16, 17, 18。本報告で使用したLET製剤はリドカイン2%,エピネフリン0.05%,テトラカイン0.5%であり,本邦で作成しうる最大濃度のLET製剤となっている。先行研究間で患者の年齢層や評価方法に違いがあるが,最終的に得られたLETのみでの創傷処理の完遂率は同様の結果であり,本邦で使用可能な製剤で作成するLETも創傷処理の鎮痛方法として有効であることが示唆される結果であった。 Years of publication Age (Average) LETの効果を検証するうえでは年齢,創部の大きさや深さ,受傷機転,患者因子,処置の方法,処置者など多因子が関係していることが予想される。年齢層別の結果では,先行研究 9で6歳未満と6歳以上でLETの効果を比較しているが有意差は認めていない。本報告でもLETのみでの創傷処理を完遂した割合は幼児84%,小児82%とほぼ同じで先行研究と同様の結果であった。一方で,乳児は3例中すべてLETのみで処置を完遂できているが,乳児は痛みをうまく表出できない。啼泣が激しければ痛みを強く感じているのかと考える手がかりにはなるが,恐怖などでも啼泣するため痛みの評価が難しい。また抑えて処理をすることができる年齢であるため痛みの管理が不十分であっても早く処置を完了することを優先する心理が働く。そのため痛みが十分管理できて完遂できたのかそうでなかったが完遂したのかは判別が難しい。年齢,創部の大きさや深さ,受傷機転,処置者の違いによって,LETのみでの創傷処理の完遂率に統計学的に有意差が出るか検証したが,明らかな有意差は認めなかった(Table 2)。 患者の因子として発達障害,自閉症スペクトラムなどが背景にある患者は,指示が入らず処置が困難になる可能性があるが,本報告には含まれていなかった。 ステイプラーで創傷処理を行った患者は312例中10例で,全例が頭部挫創もしくは切創であった。本報告では全例LETのみで処置を完遂できている。ステイプラーは頭部挫創や切創の良い適応で,縫合と比較し簡易に短時間で創傷処理が可能な点が利点である 8。一方でLETは毛髪のために頭部外傷の疼痛管理には不向きとされている。にもかかわらず今回はステイプラーによる処置ではLETのみで処理を完遂できた割合が高かった。短時間で創傷処理が可能なため,疼痛緩和が不十分だったとしても創傷処理が行われていた可能性はあるが今後の検証が必要な領域であることが示唆された。 追加で注射麻酔やPSAを使用した創部の特徴として,若年であることや耳介などの末端部,背部などの体幹部が含まれている点が挙げられる。若年患者はLETの処置そのものでも暴れてしまうことがあること,痛みの表出が困難であることや処置への理解が乏しいことから,たとえLETによって痛みがコントロールされていたとしても医療者が追加の注射麻酔やPSAが必要と判断することが影響したかもしれない。その他にも末端部,四肢や体幹部に関しては麻酔の効果がやや低下するとの報告があり 15,LETの効果が十分に得られなかった可能性もある。 LETなどの表面麻酔によるアレルギー反応などの有害事象は非常に稀であり,今回も有害事象は認められなかった。局所注射麻酔よりも頻度は少ないと言われ 14,安全性に関しても先行研究と同等の結果であった。加えて,追加で局所麻酔を要する創であったとしてもLETにより注射麻酔の痛みは軽減されているという報告もある 16。そう考えるとLETのみで処置の完遂が困難と思われる創部においても局所麻酔の痛みを軽減する目的であらかじめLETで表面麻酔しておくことも有用と考えられた。 LETのみでは処置を完遂できない場合に備え,追加の局所麻酔やPSAなどのバックアッププランを準備,精通しておくことが重要である。前述の通りLETによる有害事象は稀であり,創傷処理の際にまずLETを行うことを検討してみてもよいと考える。そうすることでほかの鎮痛・鎮静薬の使用頻度の減少につながる可能性がある。 本報告をきっかけに本邦にてLETを使用した創傷処理の有用性がさらに認知され,救急外来における小児の創傷処理の際の局所麻酔の選択肢の一つとして考慮されることを期待する。 本報告には複数の限界がある。第一に単施設研究であり,ほかに子供の対応に慣れた医療者を配備できる施設においては麻酔方法を含めた子供への関わりが異なるため一般化できない可能性がある。 第二にLET処置後の局所注射麻酔やPSAの追加処置の必要性は医師の判断に依存している。追加処置を判断する際の判断は,救急外来に常駐する6年目以上の救急科医師と合議しているが,visual analogue scale(VAS)などのスケールによる客観的な痛みの定量的評価ができていないため,個々の症例で追加処置の適応基準に差があった可能性がある。また,本来は満足度を調査すべきであるが,小児であり表出が困難な年齢も含まれるため今回は検証できていない。 第三にLETの効果を検証するうえでは単一の因子だけでなく,多因子が関係することが予想されるが,今回収集されたデータだけではサンプルサイズが少なく,多変量解析を行うことができなかった。今後さらなる研究が必要になる。 第四にLET,注射麻酔,PSA以外の未測定の因子の存在がある。例としてはスマートフォンやタブレット端末を利用した動画使用の有無,子供対応専用の人員配備,子供の発達や理解度などは本報告では測定できておらず,これらの因子が麻酔方法の選択に影響を与えた可能性がある。 最後に後方的にカルテの記録を参照しているためアレルギーなどの有害事象の有無は実際の症状よりもカルテ記載に依存している点などが挙げられる。 当院救急外来でLETを使用した小児312例の創傷処理の現状について報告した。小児の創傷処理の鎮痛方法として有効かつ安全であることが示された。 本稿のすべての著者に規定された利益相反はない。 Please note: The publisher is not responsible for the content or functionality of any supporting information supplied by the authors. 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