Abstract
先史狩猟採集民の遺跡内での人間活動に関する推論を確立するため,北海道厚真町上幌内モイ上部旧石器遺跡(14,400~14,800 yrs BP)の研究を行った.はじめに,パリンプセスト(複数の行動エピソードが空間的に重複することによって生じた考古学的記録)が生じる確率を予測することを目的とした,占拠地点への居住強度・居住集団の規模・堆積率を変数とする形式モデルを提示した.遺跡の層序,堆積物,年代,遺物分布,石器組成をのべた上で,存在が推定された不可視的な炉(H-2)と発掘時に確認された炉(H-1)のあいだの垂直的位置に違いがないことについて,堆積率と居住強度の関係から説明を加えた.次に,二つの炉(炉址 : H-1と,不可視的な炉址 : H-2)の利用についての仮説 : 同時利用(プロセスA)と断続利用(プロセスB)を提示し,それぞれについて踏みつけが生じた場合の遺物分布パターンを予測した.垂直分布と二つの炉を中心とする被熱遺物の平面分布の定量的検討から,狩猟採集集団が二つの炉を同時に利用したこと(プロセスA),そして居住強度(居住期間と居住頻度)は低いとみなされることが示された.さらに,二つの炉の周りにおいて石器石材(黒曜石・“硬質頁岩”・砂岩)の消費形態には相異があることから,それぞれの炉に結びついた分業が想起された.分析結果を形式モデルに利用し,パリンプセストの生じる確率を評価すると,上幌内モイ遺跡がパリンプセストである可能性は中程度であったといえる.しかし分析結果そのものが示す居住強度の低さは,当遺跡がごく短期間利用されたことを示唆している.本研究は,上部旧石器狩猟採集民の短期居住開地遺跡の場の使い方にみられる行動的多様性を理解するうえで,貴重な事例と評価できる.
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