Abstract

本邦において報告のないフェノキシ系除草剤2,4–ジクロロフェノキシ酢酸(2,4–D)による急性中毒で,高度の急性循環不全を来たした症例を経験した。症例は66歳の男性。2,4–Dを41g服用し10.5時間後に救急搬送された。ICU入室後の平均動脈圧は60mmHg未満とショックを呈し,代謝性アシドーシス,高乳酸血症が持続した。大量輸液,ドーパミン(6μg/kg/min),ノルアドレナリン(0.2μg/kg/min)使用下にショック離脱を図ったが治療抵抗性で,バソプレシン(0.02単位/min)投与後から平均動脈圧の上昇,代謝性アシドーシス,高乳酸血症の改善が得られた。2,4–Dは致死量が28g,暴露後の血中濃度のピークは4~12時間とされ,海外の報告での死亡例の多くは,破綻した循環動態の是正や臓器障害対策が奏功せず多臓器不全に陥っている。2,4–D中毒による急性循環不全の本態は血管透過性亢進と末梢血管拡張作用による血液分布異常性ショックとされ,本症例においても特徴的な臨床像であった。本症例は2,4–D摂取から長時間が経過し,既に深昏睡,ショック,代謝性アシドーシスといった重篤な中毒症状を呈していたが,適切な循環管理を行った結果,臓器不全の回避に繋がり良好な転帰が得られたと考えられた。 We report a case of acute circulatory failure caused by acute poisoning with 2,4–dichlorophenoxyacetic acid (2,4–D), a phenoxy–based weed killer. Use of 2,4–D is unreported in Japan. A 66–year–old man ingested 41g of 2,4–D and received first aid 10.5 hours later. The mean arterial blood pressure after admission to the intensive care unit was < 60mm Hg, and shock, metabolic acidosis, and hyperlactatemia persisted. For shock management, we performed fluid resuscitation and administered dopamine (6μg/[kg・min]) and noradrenaline infusions (0.2µg/[kg・min]). However, the patient showed resistance to the treatment. Therefore, we administered vasopressin (0.02unit/min), which elevated the mean arterial blood pressure and alleviated the metabolic acidosis and hyperlactatemia. In case of accidental ingestion of 2,4–D, the fatal dose is 28g, and the 2,4–D blood concentration peaks in 4–12 hours. Acute circulatory failure is considered the consequence of distributive shock caused by vascular hyperpermeability and peripheral artery expansion. To date, a case of death was reported abroad. In the present case, a long time had passed since the ingestion of the poison and before serious poisoning symptoms manifested. However, this study showed good outcomes of appropriate circulation management for the prevention of organ dysfunction due to 2,4–D acute poisoning. 2,4–ジクロロフェノキシ酢酸(2,4–dichlorophenoxyacetic acid: 2,4–D)は,水稲栽培の後期雑草防除などに汎用されるフェノキシ系除草剤である。2,4–Dを含有する除草剤は世界中に広く流通し,急性中毒では高度の意識障害,代謝性アシドーシス,急性腎障害を引き起こし多臓器不全による死亡例も認められる 1, 2, 3, 4。一方で,本邦において2,4–Dによる急性中毒の症例報告はない。今回我々は,血管透過性亢進と末梢血管拡張を特徴とし,治療抵抗性の急性循環不全を呈した2,4–Dによる急性中毒の1例を経験したので報告する。 患 者:66歳の男性。身長157cm,体重52.2kg。 既往歴:糖尿病 現病歴:除草剤(2,4–ジクロロフェノキシ酢酸,2,4–D®「石原」アミン塩,石原産業株式会社)100mLを自殺目的に服用し,車内で倒れているのを自宅近くの公園で発見された。救急隊到着時,腹臥位の状態で,意識レベルJapan coma scale 200,血圧88/60mmHg,心拍数112/min,呼吸数30/min,腋窩温36.9°C,瞳孔径3.0/3.0mm,対光反射消失,SpO2 85%であった。周囲に乾燥した吐瀉物が確認された。現場状況から未開封の除草剤を車内で開封し,全量(100mL)を摂取したと考えられた。当院より出動したドクターカーと合流した後,気管挿管と急速輸液が行われ,当院高度救命救急センターに搬入となった。家人が自宅で本人を最後に確認してから10.5時間が経過していた。 搬入時現症:意識レベルGlasgow coma scale(以下,GCS)3(気管挿管時ミダゾラム使用),ドーパミン(Dopamine: DOA)6μg/kg/min使用下に血圧90/68mmHg,心拍数119/min,呼吸数18/min,腋窩温37.5°C,瞳孔径1.5/1.5mm,対光反射消失であった。経鼻胃管を挿入して胃内容物を血液,尿とともに薬物測定のため採取した。服用後の時間経過を考慮し胃洗浄は施行しなかった。 搬入時検査所見:検査所見をTable 1に示す。血液濃縮と乳酸アシドーシス,肝および腎障害を認め,急性期DICスコア4点であった。尿検査(トライエージDOA®,シスメックス)は陰性であったが,ガスクロマトグラフ質量分析計(Gas chromatograph mass spectrometer: GC–MS,GCMS–QP5050A,島津製作所)では血液より2,4–Dが検出された。 入院後経過:経過をFig. 1に示す。人工呼吸器管理下に,イレウス管より消化管除染(活性炭30g)を開始した。平均動脈圧(Mean arterial pressure: MAP)60mmHg未満の高度循環不全に対し細胞外液による大量輸液(>1,000mL/hr)を開始したが,血圧上昇はみられず尿量も得られなかったため,搬入1時間後にノルアドレナリン(Noradrenaline: NA)の投与を開始した。心臓超音波検査とFloTracTM Sysrem(Irvine, CA)ver. 3.06による循環モニタリングを施行した。治療経過に伴う循環指標の推移をTable 2に示す。搬入3.6時間後にバソプレシン(Vasopressin: VP)投与を開始したところ,VP投与直後からMAPは上昇に転じ,VP開始12時間後にはSystemic vascular resistance index(以下,SVRI)1500 dynes・sec/cm5・m2まで上昇した。VP開始後より乳酸値の低下と代謝性アシドーシスの改善が徐々に得られ,NA,VPは漸減可能となり搬入36時間で両者を中止した。また,搬入4時間の時点で腎保護を目的に導入した持続的腎代替療法(continuous renal replacement therapy: CRRT)の下,総輸液量は12,000mL/12時間,尿量は5,470mL/12時間(0~750mL/hr),体重増加は11.6kg/36時間に及んだが,以後7日間で搬入時体重に復した。2病日に意識レベルはGCS 9T(E3VTM6)まで改善し,3病日に経腸栄養を開始し,10病日には呼吸器離脱,12病日には歩行可能となった。明らかな後遺症はなく,第16病日に無治療であった糖尿病治療目的に近医へ転院となった。 Clinical course. VP: vasopressin, HR: heart rate, MAP: mean arterial pressure, Lac: lactate, CRRT: continuous renal replacement therapy, CAI: catecholamine index (CAI was calculated as follows: CAI = dopamine + dobutamine + 100 × noradrenaline + 100 × adrenaline), Setting of CRRT: Blood flow rate: 80mL/min, dialysate flow rate: 1,200mL/h, filtration flow rate: 300mL/h, Noradrenaline was administered at an initial dosage of 0.1μg/[kg・min] at 1 hour after admission, its dosage was increased by 0.2μg/[kg・min] at 3 hours after admission. 2,4–Dは植物の成長を促すホルモンの一種,オーキシンの化学的類似化合物である。選択的除草効果を有し,本邦では1950年頃より水田除草剤として汎用されている。2,4–Dの分子量は221で,本症例で服用した除草剤の主成分2,4–Dジメチルアミン塩(分子量266.13) 5 100g中に49.5g(2,4–Dは41g)含有されている。2,4–Dには主に3つの暴露形態(経口,経皮,吸入)が知られるが 1,経口摂取時のヒトでの致死量は28gとされ 5,本症例では致死量の約2倍に相当する41gの服用が推定された。最高血中濃度への到達は摂取後4~12時間,80%は未変化体として尿中に排泄され,半減期は11.6~33時間と報告されている 1。経口的に2,4–Dを摂取した場合の急性中毒症状として,摂取後12~24時間をピークに数日間持続する嘔気,嘔吐,腹痛,下痢,咽頭痛など濃度依存的に生じる消化器症状や 6,消化管への腐食性作用 7,重症例では昏睡 4, 8, 9,高度の代謝性アシドーシス,急性腎障害,直接的な心毒性に加え血管透過性亢進と末梢血管拡張による血液分布異常で引き起こされる急性循環不全 1,さらには致死的な電解質異常である高カリウム血症や低カルシウム血症 2, 3,横紋筋融解症の合併に伴う 2, 3クレアチンキナーゼの上昇などが生じることも知られている。本症例においては,消化管の腐食以外,ほぼすべての症状が確認されたが,乳酸上昇を伴った代謝性アシドーシスや搬入5日目をピークとする高クレアチンキナーゼ血症(ピーク値2284IU/l)に加え,特に治療抵抗性の高度な血管透過性亢進と末梢血管拡張による血液分布異常性ショックが特徴的な臨床像であった。結果的に,搬入12時間で12,000mLに及ぶ大量輸液を必要とし,DOA,NA投与で循環動態を改善できず,VP投与を必要とした。VP投与が非常に奏功し,MAP上昇と乳酸値低下,代謝性アシドーシス改善につながったと考えられた。報告された中毒例のうち死亡症例の多くが,急性循環不全から多臓器不全に陥り死亡に至っており 1, 2, 3, 4, 8, 9,2,4–Dは極めて深刻な循環不全を引き起こす毒性を持つものと推察される。本症例の治療開始初期の急性循環不全は他の報告 2, 3, 4, 8, 9と比較してより高度であったと考えられるが,後遺症なく治癒し得たのは適切な輸液療法と血管収縮薬の使用などの循環管理が奏功した結果と考えられた。 2,4–Dがこれらの中毒症状を引き起こす毒性機序として,①濃度依存性に,高濃度暴露で引き起こされる細胞膜障害,②アセチルCo–Aの類似化合物としての作用機序,③酸化的リン酸化反応の脱共役剤として作用する機序が報告されている 1。①は,特に中枢神経系への毒性が重要で,血液脳関門通過は高量暴露(250~500mg/kg)で起こるとされ,本症例において深昏睡が認められたのは,本機序が作用したものと推測される。また,②に関して2,4–Dはアセチルコリン(Acetylcholine: ACh)合成経路に取り込まれ(2,4–D–ACh),さらにムスカリン受容体,ニコチン受容体に作用しコリン作動性物質として筋緊張や筋線維束攣縮,心伝導系異常を引き起こすとされる。本症例では筋緊張や筋線維束攣縮,致死的不整脈は確認されなかったが,搬入時現症で縮瞳を認めた。Friesenら 9の報告においても,入院時に縮瞳が認められており,ムスカリン様作用の症状と考えて矛盾しない。③はアデノシン三リン酸(Adenosine triphosphate: ATP)合成を阻害し,ATP依存性Na–K ATPアーゼ(Sodium–Potassium Pump)や,DNA合成,筋肉内でのカルシウムイオン勾配に影響を与える。本症例の高度の循環不全は,直接的な心毒性に加え②および③に起因する血管透過性亢進と末梢血管拡張に伴う血液分布異常性ショックが本態であると考えられた。特に,③ATP合成阻害はATP依存性Kチャネルの活性化を引き起こし,Ca2+の細胞内流入を防止することにより,結果として血管拡張を生じる 10。ATP依存性Kチャネルの活性化は,細胞内ATP減少や乳酸蓄積,アシドーシスなど代謝ストレス状態で増強され,敗血症におけるwarm shockでの血管拡張によるNA治療抵抗性も同様の病態で知られる。一方で,VPはV1受容体に作用し直接血管平滑筋を収縮させて血圧を上昇させるほか,ATP依存性Kチャネルおよび一酸化窒素産生の抑制,カテコラミンの反応性を改善させる効果を持つとされる 11。本症例の急性循環不全にVPが奏功した理由と推察された。 本症例では治療経過中の2,4–D血中濃度を測定できなかったため,血中濃度と中毒症状との関係を明らかにすることはできなかった。過去の報告例では,高量,長時間暴露と酸性尿での管理が半減期を延長する要因と報告されているが 4, 8,本症例では尿のアルカリ化を行わなかったため,結果的に搬入後4日間は酸性尿(pH5~6.5)で推移したものの意識障害などの中毒症状の遷延は認めなかった。尿のアルカリ化に関しては,2,4–Dは弱酸かつ酸解離定数(pKa)2.73であるため排泄促進に有用 1, 4, 8, 9, 12とされ,特に尿pH7.6~8.8が最も効率的であることが報告されている 1。しかし,重炭酸補充による尿のアルカリ化は同時に尿量200~600mL/hr 12の強制利尿を必要とすることを考慮すれば,本症例のように,急性期に高度な循環不全を呈した症例に十分な効果を発揮できるほど尿のアルカリ化を施行することは難しいのではないかと考えられる。また,2,4–Dに対する血液灌流や血液透析が,尿のアルカリ化単独治療より有用との報告もあるが 1, 13,2,4–Dは蛋白結合率が97%と極めて高く 14,Youngら 15の報告によれば,高量暴露時には通常の分布容積0.1~0.2kg/L 1が10.2kg/Lまで増大する。つまり,蛋白結合率や分布容積からは2,4–Dの透析による除去能は小さいと考えられ,血液透析や血液灌流は限定的な治療効果にとどまると考えてよいのではないかと思われた。蛋白結合率が極めて高いことから血漿交換も考慮されるが,2,4–D急性中毒に対して血漿交換を行った報告はなく,効果は不明である。高量暴露時は分布容積が急激に増大することから蛋白結合率は低下している可能性が高い。血漿交換での除去効率は決して高くないと考えられ,医療経済的にも導入には慎重とならざるを得ない。さらに,2,4–D急性中毒は消化器系に強く作用し,麻痺性腸管による排泄遅延例が多いと考えられる。経口摂取後に消化管で長時間の吸収が持続し血液透析や血漿交換による除去効率を下げ,高濃度暴露直後の速やかな2,4–D除去でもなければ代謝性アシドーシスや高度の循環不全など予後を左右する決定的な合併症は避け得ないと考えられる。また,急性腎障害に対するCRRT導入の適切なタイミングについては,現時点で確立されていない。本症例では4時間でCRRT導入を行い,急性腎障害からの離脱を確認して18時間で離脱したが,循環不全が改善された6時間付近から尿量が得られており,CRRT導入を待機的とする選択肢もあったと考えられる。導入のタイミングとしては,血清カリウム値や血清尿素窒素,溢水状態の是正が切迫している場合に導入を考慮するなど,症例に応じた判断が必要と考えられた。 海外での2,4–D中毒による死亡例の大部分は,破綻した循環動態の是正および臓器障害対策が奏功せず多臓器不全に陥っている。本症例は服毒から時間経過が長く,ショックなど既に重篤な中毒症状を呈していたが,臓器障害回避を目的とした適切な循環管理が奏功し良好な転帰に大きく寄与したと考えられた。 本稿のすべての著者に利益相反はない。

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