Abstract

症例は81歳の男性で,田んぼでの野焼き中に衣服へ着火して受傷し,当院へ搬送された。腹部から両下肢にかけて皮膚の著明な炭化を認め,両膝より遠位では熱傷が筋層に達していた。深達性II度熱傷7%,III度熱傷46%で熱傷予後指数(prognostic burn index: PBI)は130.5であり,予測される死亡率は98%以上であった。検査所見では血清CPK値の上昇,急性腎傷害,高カリウム血症を認めた。受傷から約4時間後,股関節から10cmの部位での両下肢切断術を施行し,ICUへ入室した。4日目に昇圧剤を終了,7日目に抜管,人工呼吸器離脱に至った。分層植皮術を繰り返し,119日目の転院時には車椅子で自走可能な状態であった。高齢者の広範囲火焔熱傷に対する受傷初日の四肢切断術がその後の集中治療管理や手術戦略に寄与し,救命し得た。過去に熱損傷での両下肢切断術を受傷初日にしたとする症例報告はなく,その臨床経過について詳述した。 An 81–year–old man who suffered a flame burn during burning on the soil presented to our hospital. His skin from the abdomen to bilateral lower limbs seemed to be carbonized. The burn depth extended to the muscles on the distal area from the knees. Because 7% of his body surface area was covered in deep dermal burn (DDB) and 46% was covered in deep burn (DB), his prognostic burn index was 130.5, so mortality was estimated more than 98%. Laboratory test results were consistent with elevation of serum CPK and revealed acute kidney injury and hyperkalemia. Four hours after the accident, an emergency amputation of the bilateral limbs at an area 10cm distal from his hip was performed, and he was admitted to the intensive care unit. Vasopressor was discontinued on day 4, and he was extubated and weaned from the ventilator on day 7. After several split thickness skin graft and debridement, on day 119 he could use a wheelchair at the time of his transfer. In the case of an elderly patient with an extensive flame burn, performing amputation on day 1 may affect subsequent critical care and operative strategy, and in this case, the patient survived. This is a detailed first report of bilateral limb amputation for thermal injury on day 1. 熱傷患者の予後予測の手段として熱傷指数(burn index: BI)や熱傷予後指数(prognostic burn index: PBI)がある。PBI 85以上では有意に死亡率が上昇し 1,とくにPBI 130以上では死亡率98%を超え,救命困難とされる 2。また,熱傷では四肢の切断に至ることがあるが,その適応や時期について未だ議論が残る。今回我々は,受傷初日の両下肢切断術が救命に寄与したと考えられる高齢者の広範囲火焔熱傷の1例を経験したため報告する。 なお倫理委員会の承認を要する内容はなく,本人の同意を得たうえで匿名化した。 患 者:81歳の男性 主 訴:腹部・腰部より尾側の熱傷 既往歴:高血圧症 現病歴:田んぼの野焼きをしていたところ着衣に火がつき,受傷から約1時間後に当院へ救急搬送された。 入院時現症:呼吸数40/分,SpO2 97%(酸素15L/min,リザーバーマスク),脈拍121/分・整,血圧175/131mmHg,意識 Glasgow coma scale 14点(E3V5M6)であった。血液検査所見ではCPK 22,221IU/L,AST 396IU/Lと筋原性酵素の上昇を認め,Cre 1.23mg/dL,K 6.6mEq/L,base excess –6.9mmol/Lと急性腎傷害,高カリウム血症,代謝性アシドーシスを呈した(Table 1)。鼻腔の煤と鼻毛の焦げを認め,腹部から両下肢にかけて皮膚が炭化しており,両足背動脈は触知不能であった。深達性II度熱傷7%,III度熱傷46%,熱傷面積(total body surface area, %TBSA)53,BI 49.5,PBI 130.5であった(Fig. 1)。 Physical examination on the first day. 7% of his body surface area was covered in DDB and 46% was covered in DB. DDB: deep dermal burn, DB: deep burn 入院後経過:両膝より遠位では炭化が筋層にまで達していたため,今後歩行などの荷重に耐えられるまでの機能回復は見込めないと予想された。また,PBI 130.5から予測される救命率は1%程度と推定されるものの上半身の損傷が比較的軽微であり,下肢切断による大幅な熱傷面積の減少が達成できれば予測値よりも救命率を向上できる可能性も考えられた。以上をふまえ,本人・家族に対して一般的な熱傷治療戦略では救命の可能性が極めて低いこと,下肢機能の回復が望めず遅かれ早かれ切断術に至る可能性が極めて高いこと,緊急での両下肢切断により救命率が向上する可能性があること,長期の集中治療管理や人工肛門造設術を要して日常生活動作の著しい低下を伴うこと,緩和医療への移行という選択肢もあることを説明し,両者ともに積極的治療を望まれた。 術式決定に際しては機能的予後の見込めない患肢救済よりも救命を最優先とし,熱傷面積を可能な限り軽減できるよう大腿近位での切断を想定した。また,軟骨面などに感染が生じた際に治療に難渋することが予想され,股関節離断は回避する方針とした。 気管支鏡検査で気道熱傷を否定した後に気管挿管を実施し,Parklandの公式に則った大量輸液(4×62.4kg×53%:13.2×103mL/day)と高カリウム血症の是正を行いながら,受傷から約4時間後に緊急で両下肢切断術を施行した。 手術所見:大腿部は熱傷の深達度が脂肪組織に留まっていたが,切断高位は両股関節から10cmの部位で離断し,その時点で残存する %TBSAは21,III度熱傷は14%となった。断端皮膚の著しい炭化により一期的な創閉鎖を見込めず骨を筋で被覆し,最後に下腹部から両大腿の断端まで焼痂切開を加えた。術中に血色素尿が出現し,ハプトグロビン製剤4,000単位を投与した。術中出血量は浸出液も含めて1,966mLであり,赤血球濃厚液8単位,新鮮凍結血漿10単位の投与,ノルアドレナリン0.09μg/kg/minの開始下にICUに入院となった。 超早期での手術侵襲もあり,受傷24時間での総輸液量は19.4×103mLに達した。受傷から22時間後より0.5mL/kg/hr,30時間後には1mL/kg/hrの尿量が安定して得られた。4日目に腹部,背部,陰茎,陰嚢に対する分層植皮術を行い,同日昇圧剤を終了して7日目に抜管,人工呼吸器離脱に至った(Fig. 2)。10日目に臀部,両大腿部背側,14日目に腹部,両大腿部腹側に対する分層植皮術,21日目に大腿断端の縫縮術をそれぞれ実施した。栄養療法に関しては,入院初日から乳性ペプチド含有の消化体栄養剤による経腸栄養と便失禁管理システムでの排便管理を行っていたが,プレアルブミン値の改善が得られず,低栄養状態による人工肛門の脱落が懸念された。さらに,本患者の最適人工肛門設置位置である左上腹部の健常皮膚領域は狭く,また同部位の上皮化遅延も重なり,人工肛門造設は53日目となった。その後59日目に会陰部,肛門部に分層植皮術を行った。119日目の転院時には車椅子で自走可能であり,熱傷創は全上皮化して完全創閉鎖を得た(Fig. 3)。受傷より301日経過した現在,精神的問題もなく家族の支えのもと自宅で生活している。 Clinical course from admission. Physical examination on day 89. 熱傷の四肢切断術は古くから行われており,1961年に膝上での両下肢切断術の救命例が報告 3されている。また,熱傷に対する四肢切断術が救命率の向上に寄与したとする報告 4, 5も散見される。熱傷における四肢切断術の頻度は1.5–5.8%と報告 6, 7, 8されているが,自験例のように火焔熱傷といった熱損傷での切断は電撃傷の場合よりも圧倒的に少ない 6。また,熱傷での四肢切断術の適応については,患肢の不可逆的な機能喪失,生命を脅かす感染症といった病態が挙げられ 5, 9,横紋筋融解に起因する全身性病態の併発や易出血性などの要素も加味して主観的に判断されている 5, 8。これらいずれの病態も基本的には入院後一定期間を経て判明するものである。しかし,自験例では少なくとも膝下は不可逆的な機能喪失が強く予想され,かつ急性腎傷害,高カリウム血症といった全身性病態も伴ったことから,初日の段階で四肢切断術の適応と判断した。その切断高位についてはリハビリテーションの見地からも判断されるべきである 8が,救命を第一目標とし,大腿部のうち可能な範囲で近位を選択した。 熱傷における四肢切断術の時期についても定まった見解はない。Parshleyら 10は,電撃傷に対する入院当日の四肢切断術は全身状態への忍容性も十分見込まれ,著明な改善が得られることがあるとしている。またYowlerら 4は,深達度の高い熱傷に対する度重なるデブリドマンが結果的に患肢を無機能にさせ,患肢の不適切な温存がかえって創感染のリスクを高めるとし,電撃傷以外の熱損傷での四肢切断術は受傷から平均18.4日と電撃傷よりも遅い傾向にあったと報告した。これは,電撃傷に比してそれ以外の熱損傷では受傷早期の組織損傷が浅い場合が多いことも関与していると思われる。このように,とくに電撃傷以外の熱損傷における受傷早期の四肢切断術は稀と考えられるが,自験例では患肢の筋を含めた深達度の経過を待たずに初日に施行した。Sotoら 8による原著論文の中で受傷初日に四肢切断術がなされた電撃傷以外の熱損傷症例を含んでいるものの年齢や熱傷面積,転帰などの情報は得ることができず,我々が渉猟した限りでは臨床経過について詳述した報告は見当たらなかった。当初のPBIから推定される死亡率98%以上の重症例に対し,入院後の治療経過で難渋しなかったことは特筆に値する。 Mackieら 11は,気道熱傷がなく人工呼吸管理を要した62例(平均42.2歳,%TBSA 47.4)での人工呼吸器離脱に平均18日を要したとし,受傷から3,7日目までの累積水分出納バランスについてもそれぞれ+23.1×103mL,+34.2×103mLであったとしている。自験例では受傷24時間での総輸液量はParklandの公式よりも多かったが,累積水分出納バランスは受傷から3日目で+16.8×103mL,7日目で+14.5×103mLと著明に少なく,人工呼吸器離脱も7日間と比較的短期間であった。これらの理由として,下肢の切断が炎症を来した異常な血管床を減少させ,利尿期を含めた輸液管理を容易にしたことが一因として考えられた。またその背景として,熱傷が広範囲であるほど炎症反応も強くなる 12が,近位かつ初日の切断が全身の炎症性サイトカインを軽減し,血管透過性亢進の制御に有利に作用した可能性が考えられる。さらに,四肢切断術を要した患者の受傷1,2日目の血清CPK値は要さなかった患者に比して有意に高かったとする報告 6や,切断によりミオグロビンによる急性腎傷害を軽減できるとした報告 10もある。自験例は来院時点で既に著明な筋原性酵素の上昇と急性腎傷害,代謝性アシドーシスといった横紋筋融解症様の病態を来していたが,受傷2日目にはCPK 6,382IU/Lと速やかに減少しており,これらのことからも受傷後数日経過した時期ではなく初日こそ四肢切断術のタイミングとして適切と考えられる。また,重症熱傷において壊死した開放創は容易に菌の侵入門戸となり 5,熱傷面積の増加に伴い感染の確率が上がるとする報告 13もあるが,自験例では昇圧剤を要するような重篤な感染は併発しなかった。この要因として,広範囲熱傷に対して早期手術といった迅速な創閉鎖が求められる 14ように,初日のより近位での切断が熱傷創を,ひいては創感染の機会を大幅に減少させたことが挙げられる。さらに,受傷早期の手術は入院後の手術戦略にも好影響をもたらしたと考えられる。高齢者では頭部をはじめとした採皮による出血が増加して全身状態の悪化を来すことがあるが,今回入院直後から32%にも及ぶ熱傷面積の減少が達成できたため,残る未上皮化創は21%に留まった。大小含め計7回の分層植皮術で一度も頭部からの採皮を行わずに済んでおり,この点においてもより早期かつ近位での切断は合理的と言える。 最後に,自験例は救肢の観点だけで考えれば皮弁を用いて膝下も含めて温存できたかもしれない。また自験例の転帰が良好であったことは受傷前の栄養状態や気道熱傷がなかったことも影響している可能性も否定できない。仮に自験例をふまえての提言をするのであれば,下肢を含む重症の広範囲熱傷の場合,例えばその指標として死亡率が50%を超えるとされる %TBSA 50以上,BI 40以上,PBI 100以上 2などの症例では,年齢,全身状態,上半身の熱傷の程度,下肢の機能的予後から総合判断して受傷初日の下肢切断術を考慮してもよいと思われる。現段階では %TBSA,PBIといった重症度と関連づけて四肢切断術を論じた報告は少なく,とくに重症の熱損傷について知見の蓄積が望まれる。 高齢者の広範囲火焔熱傷に対する受傷初日の四肢切断術がその後の集中治療管理や手術戦略に寄与し,救命し得たと考えられた。過去に熱損傷での両下肢切断術を受傷初日に行ったとする症例報告はないため,その臨床経過について詳述した。 本報告において利益相反はない。

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