Abstract

腫瘍塞栓性肺微小血管障害(pulmonary tumor thrombotic microangiopathy: PTTM)は,肺動脈腫瘍塞栓の特殊な型として報告された新しい疾患概念である。前医にて慢性閉塞性肺疾患に対するリハビリ目的で入院中の71歳男性が,突然の低酸素血症を伴うショックを呈し当院へ救急搬送となった。造影CT検査により肺塞栓症は否定されたが,来院6時間後,急速な酸素化障害から心停止に至りECMO(extracorporeal membranous oxygenation)を導入した。著明な肺高血圧状態にあることが判明したが,治療抵抗性であり入院8日目にECMO離脱困難のまま死亡となった。その後の病理組織診断にて肝内胆管癌由来のPTTMであることが判明した。PTTMは肺動脈内皮の増生を伴う腫瘍塞栓が特徴的な病態で,本症例のように急性増悪する肺高血圧症を認めた際に鑑別を要する病態と考えられる。 Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy (PTTM) is a new disease concept that has been reported as a specific type of pulmonary tumor embolism. A 71–year–old man who was undergoing rehabilitation for chronic obstructive pulmonary disease in a different hospital was transported to our hospital due to sudden shock with hypoxia. Initial CT examination was negative for acute pulmonary embolism. Six hours after admission, he went into cardiac arrest following rapid progression of impaired oxygenation, and percutaneous cardiopulmonary support was introduced. Remarkable pulmonary hypertension was identified that was intractable to treatment, and it eventually led to his death 8 days after admission. Subsequent pathological diagnosis revealed the presence of PTTM derived from intrahepatic cholangiocarcinoma. PTTM is characterized by tumor emboli accompanied by endothelial proliferation in the pulmonary vasculature. It should be considered as one differential diagnosis when a patient presents with acute progressive pulmonary hypertension as in this case. 救急領域において,肺高血圧を伴う急性呼吸不全の原因検索は,治療方針の決定のために重要となる。本症例は急速進行性かつ治療抵抗性の肺高血圧を呈し原因不明のまま死に至り,その後の病理組織診断により腫瘍塞栓性肺微小血管障害(pulmonary tumor thrombotic microangiopathy: PTTM)を基盤とする病態であったことが明らかになった1例である。 71歳の男性である。60歳までの40年間の喫煙歴(20本/日)があり,高血圧で内服加療中であった。当院への入院1か月ほど前より労作時呼吸困難が出現したために前医を受診し,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)と診断され入院となった。入院時の心エコー検査では,異常所見は認められなかった。入院18日目,仰臥位から側臥位への体位変換後に突然の呼吸苦とSpO2の低下を認め,ショック状態となった。血液ガス検査では,pH 7.2,PaO2 71mmHg,PaCO2 21.5mmHg,BE –15mmol/L(O2 8L/minリザーバーマスク投与下)と代謝性アシドーシスを伴う低酸素血症を認めた。輸液負荷と非侵襲的陽圧換気の導入によりショックは一時的に解除された。翌日に精査・集中治療目的に当院へ緊急搬送となった。 当院入院時の身体所見は,血圧115/69mmHg,心拍数115bpmで整,呼吸数26/分,SpO2 96%,腋窩体温37.2°C,意識清明で問診聴取は可能であった。聴診上ラ音は聴取せず,右季肋部に圧痛を認めたが反跳痛や筋性防御は認められなかった。動脈血液ガス分析上では,著しい酸素化の障害と極端な過換気を呈していた(Table 1)。血液検査では,白血球増多を伴わないCRPの軽度上昇と貧血,血小板減少を認めた。間接型優位の高ビリルビン血症が存在し,著明なトランスアミナーゼ,LDHの上昇を伴っていた。ヘモグロビン尿を認め,血清総ハプトグロビン値は測定閾値以下であった。D–ダイマーは増加していた(Table 1)。来院時の胸部X線は気腫性変化を認めるのみであった。胸部CT検査所見は前医と著変なく気管支壁の軽度肥厚と両側肺野の気腫性変化を伴っていたが,主幹肺動脈内に血栓は同定されなかった(Fig. 1a)。腹部CT検査では,肝臓に数mm径の多発性結節影,壁肥厚を伴う胆嚢腫大と周囲の限局性腹水,傍大動脈リンパ節腫脹を認めた(Fig. 1b)。心電図上は異常所見を認めなかった。 (O2 10L/min) (mask with reservoir bag) Findings of CT scan on admission. a: Contrast–enhanced CT imaging of the chest. Filling defect suggesting pulmonary thrombosis/embolism could not be detected. b: Contrast–enhanced CT imaging of the abdomen. The CT showed thickening of the gallbladder wall with surrounding fluid (circle), paraaortic lymphadenopathy (arrow), and multiple low density nodules in the liver (square). c: Ultrasonic cardiography after the resuscitation from cardiac arrest. It revealed that the right ventricle dilated obviously in association with collapse of the left ventricle. RV and LV indicate right ventricle and left ventricle, respectively. 以上より,入院当初は画像所見より急性胆嚢炎からの敗血症性ショックを考慮し,抗菌剤投与とハプトグロビン投与を行い,人工呼吸器管理を視野に入れながら精査・加療方針を立てることになった。その途上,入院約4時間後に突然不穏状態となり,モニター上SpO2の低下が急速に進行し始めた後に血圧が急激に低下し心停止となった。初期波形は心静止であり,速やかに心肺蘇生を開始したが循環虚脱が持続したためECMO(extra–corporeal membranous oxygenation)を導入し,心停止から23分後に心拍再開を得た。 心拍再開直後,再度速やかに造影CT検査を行ったが,主幹肺動脈に塞栓像は認められなかった。心エコー検査では,前医で認めていなかった左室の虚脱を伴う著明な右室の拡張像が認められ(Fig. 1c),高度な肺高血圧症を基礎病態として低酸素血症が急速に進行したために心停止に至ったものと考えられた。しかし,なぜ肺高血圧症が急速に出現したのか,その時点では原因を指摘することができなかった。Swan–Ganzカテーテルを挿入にて高度な肺高血圧状態にあることが確認され,一酸化窒素吸入やミルリノン静注療法を順次開始した(Fig. 2)。第3病日には,胸骨圧迫が原因と考えられる心嚢液貯留を認めたため,心嚢開窓術を施行した。いずれの治療効果も乏しく,平均肺動脈圧 60mmHg前後,中心静脈圧 46mmHg,CI 1.0 L/min/m2とさらに肺高血圧症の進行を認めた。ECMO下にても循環動態維持困難となり,第7病日に死亡確認となった。家族に承諾の上,病理解剖を施行した。 Clinical course after admission. Polygonal lines: systoric and diastolic arterial blood pressure, Crosses: mean pulmonary arterial pressure, Closed circles: cardiac index, NO: nitrogen monoxide, CPA: cardiopulmonary arrest, iv: intravenous injection, V–A ECMO: venous–arterial extracorporeal membrane oxygenation 病理所見上,両肺ともに出血性肺梗塞を認め,肺動脈に関しては毛細血管から径200μm前後の細動脈まで様々な径の血管内に,肺静脈については径1,000μm前後の細静脈内にまで腫瘍塞栓を多発性に認めた(Fig. 3a)。同時に,再疎通を伴う器質化フィブリン血栓を認め(Fig. 3a),血管壁は内膜の線維性肥厚を伴い(Fig. 3b),肺腫瘍塞栓性肺微小血管障害(PTTM)と診断した。肝臓のマクロ所見では,区域を越えて白色調の結節が散在していた。HE染色にて,壊死を伴い腺腔形成の乏しい異型上皮が小胞巣を形成し増生する像が主体で,一部腺腔形成を示す領域が認められた。異型上皮は非腫瘍肝索との連続性を認め,腫瘍胞巣辺縁では置換性発育を示し,腫瘍胞巣内部では既存門脈域構造が保持されていた。腫瘍細胞はCK(cytokeratin)7陽性,CK20陰性,EMA(epithelial membrane antigen)陽性,HSA(hepatocyte specific antigen)陰性であり,HE染色による形態学的特徴と合わせて,肝内胆管癌であることが判明した。大動脈周囲,肝門部,肺門部・縦隔,鎖骨窩の頸部リンパ節には細胆管癌の転移が認められ,さらには占拠された転移腫瘍細胞による骨髄抑制所見を得た。胆嚢には組織学的に明らかな炎症所見は指摘し得なかった。以上より,病理診断によって本病態は肝内胆管癌を基礎に持つPTTMであることが明らかになった。 Pathological findings of the lung and the liver. a, b: Hematoxylin and Eosin staining (a) revealed tumor emboli (black arrow) and thrombus formation (white arrow) followed by recanalization (black arrowhead) in the vessel. In addition, intimal thickening (white arrowheads) was observed by Elastica van Gieson staining (b). c: The images of immunohistochemistry to detect the expression of growth factors related to pathogenesis of PTTM. The embolized tumor cells inside the lung vessel expressed PDGF, Osteopontin, FGF–2, and VEGF, respectively (Magnification×200). 壁肥厚を伴う胆嚢腫大は右心系容量負荷に続発するうっ血によるもの,さらに頻回の輸血を要した貧血と血小板減少は骨髄転移による骨髄抑制が関与していたものであることが判明した。 その後,腫瘍から分泌され血管内膜の線維性肥厚を促進する可能性があるいくつかの因子に関して,病理組織標本を用いて免疫組織化学的に解析したところ,肺病変部の腫瘍細胞においてplatelet–derived growth factor(PDGF),osteopontin(OPN),fibroblast growth factor–2(FGF–2),vascular endothelial growth factor(VEGF)の発現を認めた(Fig. 3c)。一方,保存検体における各因子の血中濃度は正常範囲内であった。 本症例は,急速進行性かつ治療抵抗性の肺高血圧症にて死亡に至り,病理解剖でPTTMとの確定診断に至った一症例である。1987年,Goldhaberらは病理組織学的に筋性動脈以上の径をもつ肺動脈に腫瘍塞栓が存在するものを肺動脈腫瘍塞栓症と定義した 1。これに対し1990年,Herbayらは肺動脈腫瘍塞栓症の特殊型として,pulmonary tumor thrombotic microangiopathyを報告した。血管病変の首座が肺小動脈及び細動脈にあり,血管病変の首座が肺小動脈および細動脈にあるものを新たな疾患概念として確立し,pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)と呼称した 2。血管内腫瘍塞栓に加えて内膜の線維性肥厚および血栓の器質化と再疎通を伴っていることが特徴的である。本症例においても血管径約200μm以下の細動脈を中心に,これらの組織所見が確認できたことよりPTTMとの診断に至った。 PTTMにおける肺血管内腔狭窄の病因として,腫瘍細胞から分泌されるVEGF 3,FGF,OPN 3,PDGF 4などの成長因子群により内膜の線維細胞増生が誘導される機序が推定されている 5。我々の免疫組織学的な検索においても,肺血管内の腫瘍細胞に同因子群の発現が確認された。これらの成長因子群は血中での上昇が認められず,肺血管内で局所的に作用してPTTMを誘導している可能性が示唆された。 臨床的には呼吸困難,咳嗽,全身倦怠感等を主訴とする予後不良な病態である。山口らは,無症候のうちに微小な肺動脈の腫瘍塞栓を繰り返すことで血管内膜の肥厚や線維化を来し,ある閾値を超えてから肺高血圧症の症状が出現すると示唆している 6。我々が調べた限りでは,本邦におけるPTTMの症例報告は医学中央雑誌で27編30症例存在する。このうち,死亡経過が明記された24例の入院後生存期間は14.9日であった。24例中16例が7日以内に死亡しており,PTTMは入院管理が必要となる病態から死亡に至るまでは急速に病勢が進行していくものと考えられる。本症例では,前医入院1か月ほど前から労作時呼吸困難感が出現しているため,その時期にはPTTMの病態は形成され始めており,低酸素血症が先行する突然の循環虚脱は,既存の肺血管内腔狭窄を基盤にしてびまん性に腫瘍塞栓や血管攣縮が急激に生じて誘導されたものではないかと推測している。 本症例では前医入院中に突然のショックを伴う呼吸不全を呈したことで,まずは急性肺動脈塞栓症を疑ったが造影CT検査により否定された。心エコー検査上では,著明な右心負荷を伴う左心圧排像を示し,左心系への血液流入が抑制されることによるcardiac index(CI)の低下を来していたが,明らかな肺高血圧症を引き起こす左心疾患は指摘できなかった。軽度COPDと診断されていたが,肺炎などCOPDを増悪因子も存在せず,病態が急速進行性であるため慢性呼吸器疾患の進行による肺高血圧症も否定された。一方で本症例では,著明な溶血所見を伴っていたことが特徴的であった。肺高血圧所見を検査上得るまでは,敗血症に伴う一連の全身症状と考えて治療の初期対応を行ったが,結果的には各種培養と病理所見からは本病態における感染症の関与は指摘できなかった。また,自己免疫機序により肺高血圧症,溶血性貧血等の全身症状が急速に出現した可能性も考えられたが,前医までは基盤となる自己免疫疾患を示唆する所見や自己免疫を賦活化させる感染,薬剤投与等のエピソードが無く,実際に特異的な組織学的炎症所見も得られなかった。結果的に,溶血性要因はPTTMを基礎とした肺血管内狭窄による機械的な赤血球破壊によるものと明らかになった。我々が検索した国内外のPTTM症例報告でビリルビン値が記載されている14文献のうち,間接型ビリルビンの上昇を認めた症例は4件あるが,それらが溶血性要因によるものであるかどうかは不明であり,病期の進んだPTTMにおいて赤血球破壊が誘導される現象が特徴的な臨床診断としての指標になり得るのかどうかは今後の検討が必要である。 Herbayらは,300例の固形癌患者の剖検所見において21例(7%)でPTTMが存在していたと報告 2している。PTTMの原発腫瘍としては半数以上が胃癌で,肺癌がそれに続いている 2。我々が医学中央雑誌およびPubMedの国内外の症例報告を検索した限りでは,本症例が初めての肝内胆管癌を起因とするPTTMの報告となる。PTTMを引き起こしやすい癌の細胞特性に何らかの共通性がないかを検索することは,PTTMを制御する薬剤の開発を目指す上でも重要と考えられる。残念ながら,現在PTTMに対する根治的治療法は存在しない。一度進行した肺高血圧の症状を呈すると,本症例のように治療抵抗性に一気に病勢が進行し得る疾患である。末期的なPTTMと診断されれば,その予後を考慮した集中治療方針が決定されることもあるであろう。救急・集中治療において,原因不明の肺高血圧症を認知したら,積極的に胆癌の可能性を疑いPTTMの鑑別を行う必要がある。 急速進行性の肺高血圧症にて死亡に至り,肝内胆管癌由来のPTTMとの病理組織診断を得た1例を経験した。 本論文における利益相反はない。

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