Abstract

アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis: AD)は慢性皮膚炎であり,感染性心内膜炎(infective endocarditis: IE)など重症感染症の合併報告はコントロール不良なAD例であり,さらに肺動脈弁の孤立性IE報告例はない。症例は50歳代の男性,既往はコントロール良好な小児期からのADあり。手指消毒剤により指尖部乾燥が増悪していた。入院5日前に発熱し近医から抗菌薬を処方されたが,入院前日に体動困難となり他院へ搬送され敗血症の診断で入院した。翌日精査加療目的に当院へ転院した。来院時意識清明,呼吸循環動態は保たれていたが,40℃の発熱と右肘の発赤腫脹,前腕の有痛性浮腫性紅斑を認めた。血液検査で血小板が3.6万に低下しており敗血症と診断し広域抗菌薬を投与し救命センターに入室とした。入院後右肘穿刺液,左前腕筋間の膿瘍,血液培養からメチシリン感受性ブドウ球菌が検出されセファゾリンにて治療を継続した。入院15日目まで複数回の経胸壁・食道心臓超音波検査とCT検査では疣贅を認めず,ガリウムシンチグラフィーでも有意な所見を認めなかったが,入院33日目に施行した造影CT検査にて肺動脈弁の疣贅を確認した。血液培養陰性化後6週間抗菌薬を投与し,入院51日目に退院した。ADの既往のある菌血症症例は肺動脈弁領域のIEの可能性も念頭に繰り返し評価し考慮する必要がある。 Atopic dermatitis (AD) is a common chronic dermatitis, and severe infectious diseases triggered by AD have been reported. We describe a 58–year–old Japanese male with AD who developed pulmonary–valve infective endocarditis. The dryness of his fingertips had been exacerbated by hand sanitizer. Five days before his admission, he had a fever and was prescribed antibiotics. Two days before admission, he was admitted to a general hospital but was then transferred to our hospital for treatment. On admission, he had a fever of 40℃ and painful edematous erythema of his forearm, but his respiratory and circulatory dynamics were maintained. Platelets had dropped to 36,000, and sepsis was diagnosed. Methicillin–sensitive staphylococci were detected in the right elbow’s fluid and blood culture, and we changed the antibiotics to cefazolin. Enhanced CAT scanning and cardiac ultrasound showed no abnormalities until the 15th day of hospitalization. On the 33rd day of hospitalization, vegetation of the pulmonary valve was confirmed. Antibiotics were administered for 6 weeks, and the patient recovered. Clinicians should be aware that patients with a history of AD may develop serious infections even if their AD is well controlled. アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis: AD)は日常診療でよく遭遇する疾患である 1が,皮膚の保護機能破綻から血流感染を起こし,感染性心内膜炎(infective endocarditis: IE)などの重篤な感染症を起こすことがあるとされている 2。過去にIEを合併した報告はADのコントロールが不良なものがほとんどであり,さらに肺動脈弁に孤立性にIEを認めた報告例はない。今回ADの増悪を契機として,孤立性肺動脈弁IEを合併した1例を経験し,ADの既往がある患者の診療に関して示唆を与えるため報告する。 なお,本論文は症例報告のため倫理委員会の承諾を得る必要はなく,個人情報保護法に基づき匿名化している。また,患者より論文の出版に関する同意を得ている。 患 者:50歳代の男性 既往歴:小児期にADを発症したが保湿剤のみでコントロールは良好であった。外傷・直近の歯科治療歴はない。 現病歴:入院5日前に38℃台の発熱を認め近医を受診,肺炎を疑われクラリスロマイシンを処方された。入院前日に呼吸困難を自覚し体動困難となり他院へ救急搬送された。前医搬送時,40度の発熱,咽頭発赤,右肘に痂疲を伴う発赤および腫脹,四肢の湿疹を認めた。重症軟部組織感染の可能性が考えられ当院に加療目的に転送された。 来院時現症:意識レベル;Glasgow coma scale(GCS)E4V5M6,体温;40℃(腋窩),血圧;110/52mmHg,心拍数;106/分(整),呼吸数;24/分(整),経皮的酸素飽和度;99%(室内気),瞳孔;2.0mm/2.0mm,対光反射;迅速/迅速,眼球結膜出血斑なし,呼吸音;清,心雑音なし,腹部平坦・軟・圧痛なし。皮膚;右肘伸側に痂疲形成を伴う発赤腫脹と,両側前腕に直径2~3cm大の有痛性の浮腫性紅斑周囲には粟粒大の紅色丘疹を認めた。指尖部に一部表皮剥脱・剥離を認めた。 来院時検査所見: <血液検査> 血算;WBC 4,500/µL,RBC 278万/µL,Hb 10.7g/dL,Ht 30.5%,PLT 3.6万/µL,生化学;Na 135mmol/L,K 3.7mmol/L,Cl 103mmol/L,Ca 7.5mg/dL,IP 1.7mg/dL,Mg 1.4mg/dL,Glu 115mg/dL,ALB 1.7g/dL,BUN 14.8mg/dL,CRE 0.85,T–Bil0.4mg/dL,γ–GTP 57IU/L,AST 43IU/L,ALT 32IU/L,CK 402IU/L,CRP 29.12mg/dL,凝固;PT 79.8%,PT比1.14,PT–INR 1.16,APTT 40.5sec,FDP 4.9µg/mL <動脈血液ガス分析(室内気)> pH 7.508,pCO2 25.7mmHg,pO2 78.1mmHg,HCO3− 23.4mmol/l,BE −1.2mmol/L,Lac 1.0mmol/L <画像所見> 胸部レントゲン;肺野に異常陰影を認めない。全身CT;四肢・体幹に膿瘍を疑う所見を認めない。 経過:臨床経過から敗血症を疑いバンコマイシンとメロペネムを投与し集中治療室に入室とした。入院2日目,経食道心臓超音波を施行したが疣贅と弁膜症を疑う所見は認めなかった。血液と右肘伸側皮下の液体貯留部の培養からは黄色ブドウ球菌が検出された(Fig. 1)。 Skin findings. (a) right elbow Day1, (b) left forearm Day1, (c) right forearm Day3, (d) right lower limbs Day3 入院3日目,十分な輸液にもかかわらず平均血圧は50mmHgに低下し,ノルアドレナリンを開始,他の病原体による感染の可能性を考慮しミノサイクリンを追加投与した。右肘部の発赤は改善したが四肢の発赤は拡大し,入院5日目に血液培養からMSSA(methicillin–susceptible Staphylococcus aureus)が検出されたため,抗菌薬をセファゾリンに変更した。さらに毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome: TSS)の可能性も考慮しクリンダマイシンを追加投与した。 入院7日目に造影CTを熱源精査目的に施行したが血管内に有意所見は認められなかった。 入院8日目血液培養は陰性となり,体温も解熱傾向かつ紅斑は退色傾向となったが左前腕に紅斑が残存していたため,超音波で観察したところ撓側手根伸筋と腕橈骨筋の筋間に液体貯留を認め,切開・洗浄を実施した。同部位から提出した培養においてもMSSAが検出された。 入院9日目にノルアドレナリンは終了し,TSST–1(toxic shock syndrome toxin–1)陰性を確認したためクリンダマイシンも終了した(Fig. 2)。 The clinical course. Time course of the patient in therapeutic interventions. その後状態は安定していたが37.5℃前後の微熱が継続しており,IEの可能性を考え経胸壁心臓超音波検査を数日おきに繰り返し施行し,入院12日目にCT検査を施行したが有意な所見は認めなかった。入院15日目には経食道心臓超音波検査を施行したが,有意な所見は認めなかった。その後も感染の可能性を念頭に入れ,入院20日目にCT検査,21日目にガリウムシンチグラフィー検査を施行したが有意な所見は認めなかった。精査にて有意な所見は認めなかったが,血液培養が陽性であったことからIEに準じて抗菌薬を投与する方針とした。その後も経胸壁心臓超音波検査や身体所見に変化を認めなかったが,入院33日目に造影CT検査を施行したところ肺動脈弁に疣贅を疑う所見を認めた(Fig. 3)。経食道心臓超音波を実施したところ肺動脈弁に疣贅を認めたため肺動脈弁の孤立性のIEと診断した(Fig. 4)。右心系のIEであり手術は選択せず,血液培養の陰性化した入院8日目から6週間セファゾリンを経静脈的に投与した。 Enhanced CAT–scan. Day33rd. φ8mm vegetation in pulmonary valve. Transesophageal echocardiography. 8×3mm abnormal echo in pulmonary valve’s anterior semilunar cusp. 入院51日目に経胸壁心臓超音波検査を実施し疣贅に著変なく弁破壊も認めないことから,入院54日目に独歩で自宅退院した。 本症例はADの既往がある患者においてIEを肺動脈弁に合併した症例であり,ADの既往がある患者に対する診療において2つの点で示唆を与える。 1つ目はIEの合併についてである。ADを基礎疾患に持つ患者はIE,化膿性脊椎炎,腸腰筋膿瘍などの重篤な感染を合併することがあると報告され 3,慢性的な掻爬による皮膚の破綻が病原体の侵入門戸となる可能性 4に加え,免疫システムとして存在する抗菌ペプチドのcathelicidins(LL–37)とβデフェンシン2(HBD–2)の減少は,LL–37とHBD–2の組合せが黄色ブドウ球菌への相乗的な抗菌活性を持っていることから黄色ブドウ球菌に対する脆弱性 5とコロニー形成に対する感受性を高める役割を果たしている可能性 6が示唆されている。ADにIEを合併した報告例においては,ADが重症でコントロール不良である症例がほとんどである 6, 9, 10, 11, 12, 13, 14が,本症例では頸部・四肢屈側にも苔癬化を認めておらず,ADのコントロールは良好であったと考えられた。また齲歯や注射痕も認めず,当初侵入門戸は判然としなかったが,後に患者が新型コロナウイルス感染症の流行に伴いアルコールを用いて頻回に手指消毒を行うようになり,手指の皮膚に乾燥を自覚していたことと手指の乾燥と亀裂を認めたことから,指尖部の皮膚損傷が侵入門戸となり,同側の前腕,肘に膿瘍形成をし,敗血症に至った可能性が考えられた。一方で下肢にも入院時に紅斑を認めたが,皮下膿瘍や,足趾・爪辺縁含め外傷痕も認められなかった。IEの皮疹として結節性紅斑が特異的との報告もあり 7,紅斑の存在にも留意が必要と考える。 ADでは,炎症が軽快して一見正常に見える皮膚も,組織学的には炎症細胞が残存し,再び炎症を引き起こしやすい状態にあることが多いといわれており 8,さらに手指消毒によりADが増悪する可能性も示唆されている 9ことからADの既往がある患者においては,重篤な感染のリスクがあることを念頭に入れておく必要がある。 2つ目は肺動脈弁にIEを発症したことである。孤立性肺動脈弁IEはIE全体の1.5~2.0%と稀であるとされ 13,さらに過去にADを基礎疾患として肺動脈弁にIEを合併した報告例はない。右心系IEの要因として薬物常習,先天性心疾患,消化管術後などとされている 13が,本症例ではAD以外に特殊な既往歴はなくこれらの発症要因は認めなかった。本症例では,繰り返し施行していた心臓超音波検査において有意な所見は認めず,心不全も合併することなく経過しており,さらにCT検査においても右心系IEに合併するとされる肺化膿症や肺塞栓などの所見は認めず,肺動脈弁単独にIEを発症した理由は判然としなかった。本症例のように原因不明なものは過去の報告では30%あるともされており 14,稀ではあるが肺動脈弁にIEが発生することにも注意が必要であると考える。 本症例では手術を選択しなかったが,欧州心臓病学会会議のガイドラインに基づく右心系IEにおける手術考慮例は,①真菌などの治療抵抗性の病原体が原因である,②適切な抗菌薬治療を行っても7日以上血液培養陽性が続く,③三尖弁の疵贅が20mmを超え,反復性肺塞栓を認める,④内科的治療に対しての反応不良であり重度三尖弁逆流による右心不全を来した場合,とされる。本症例では持続菌血症は8日以内に陰転化しており弁破壊・逆流増悪も認められなかったことや治療に対する反応が良好であり疣贅の増大も認めなかったため手術を選択せず内科的に加療を継続した。 さらに本症例では経食道超音波検査を繰り返し施行したにもかかわらず,初期に疣贅を確認できず肺動脈弁IEと診断したのは入院33日目であった。本症例では熱源の精査目的に施行した造影CT検査により肺動脈弁に疣贅を偶発的に疑い,確定診断に至った。IEの診断においては,経食道心臓超音波検査が優れているとされている 16が,早期の病変描出は困難とされ,臨床的に疑われる場合は3~7日おきに繰り返し施行することが推奨されている 17。本症例においては,入院2日目,15日目に経食道心臓超音波検査を施行していたが有意な所見は認めなかった。後方視的に振り返ると臨床的に疑い,15日目以降も検査を繰り返し施行していればより早期に診断に至った可能性はあるが,皮下・筋膜膿瘍も形成しており全身性の多発小膿瘍形成が菌血症の長期化につながりIEを来した可能性も考慮される。 ADの既往のある菌血症症例においては当初疣贅を確認できなくても,IEの可能性を念頭に入れて評価を丹念に繰り返していく必要がある。 アトピー性皮膚炎の既往がある患者における持続菌血症は血管内病変として肺動脈弁領域も考慮し丹念に評価をする必要がある 利益相反はない。

Full Text
Published version (Free)

Talk to us

Join us for a 30 min session where you can share your feedback and ask us any queries you have

Schedule a call