Abstract

心停止に対する胸骨圧迫による合併症のほとんどが肋骨骨折などの胸郭損傷であり,生命にかかわる重篤な合併症は稀である。今回我々は,院外心停止症例への胸骨圧迫に合併した胸骨骨折によって心筋,冠動脈および内胸動脈複合損傷を来し,緊急手術を要した稀な症例を経験したため,文献的考察を交えて報告する。症例は61歳の男性の目撃のある心停止症例で,初期波形はpulseless electrical activityであったが,すぐにventricular fibrillation(Vf)に移行した。除細動や薬剤の追加投与を行ってもVfが持続したため,搬入後すぐに経皮的心肺補助装置を導入し,自己心拍が再開した。緊急冠動脈造影検査を施行し,冠動脈形成術を施行したが,ショック状態の改善はなく,CT検査上,当初認めていなかった心嚢液貯留と右血気胸を認めたため,心嚢および胸腔ドレナージを施行後に緊急手術を行った。胸骨骨折断片が心嚢を貫き,その直下の心筋および冠動脈,内胸動脈損傷を認めた。Deadly triadを認めたため,止血術と一時的閉胸術を施行し,翌日に定型的閉胸術を行った。その後,低酸素脳症による脳腫脹が進行し,第4病日に死亡した。自己心拍再開後心タンポナーデや血気胸を認めた場合には,胸骨圧迫による合併症の影響も考慮するべきである。 Fatal cardiothoracic injuries due to chest compression during CPR are rare. We report a case of myocardial injury, coronary artery injury, internal mammary artery injury caused by a sternal bone fracture associated with cardiac arrest resuscitation. A 61–year–old man presented with cardiac arrest. The initial cardiac rhythm was PEA, which was subsequently turned into persistent VF. Upon admission, we immediately introduced the percutaneous cardiopulmonary support and the patient returned his spontaneous circulation. The coronary angiography revealed obstruction of the left anterior descending coronary artery, and he underwent percutaneous coronary intervention. Computed tomography showed massive pericardial effusion and hemopneumothorax. Pericardiocentesis and thoracic drainage followed by an emergency exploratory surgery through a median sternotomy were performed. The laceration of the left coronary branch and right internal mammary arterial injury caused by the sternal bone fracture were found intraoperatively. Each bleeding source was controlled by suture and ligation. Although his circulation seemed to be stabilized, the patient passed on day 4 due to severe brain edema caused by cerebral hypoxia. The possibility of iatrogenic traumatic cardiac tamponade and hemopneumothorax should be considered if a CPA patient presents with return of spontaneous circulation after chest compression. 心停止症例に対する胸骨圧迫は非常に重要であり,2010 AHA Guidelines(G2010)以降,質の高い胸骨圧迫の方法が強調されている 1。胸骨圧迫による合併症は少なくなく,そのほとんどが肋骨骨折などの胸郭損傷であり,生命にかかわる重篤な合併症は稀である。今回我々は,院外心停止症例に対して,長時間胸骨圧迫を要し,胸骨骨折とそれに伴う心筋,冠動脈および内胸動脈複合損傷を来し,緊急手術を要した稀な症例を経験したため文献的考察を交え報告する。 症 例:61歳の男性 現病歴:夕食後に突然倒れ,意識がないため救急要請された。消防機関の覚知から12分後に救急隊は現着した。現着時,心停止状態で,初期波形はpulseless electrical activityであった。救急隊により即座に心肺蘇生が開始され,アドレナリン1mgが静脈注射された。その直後にventricular fibrillation(Vf)になり,除細動が施行された。救急隊現着から14分後にラピッドカー医師が接触した。Vfが持続していたため,当救命救急センターに,搬入後迅速にECPR(extracorporeal cardiopulmonary resuscitation)が開始できるように指示連絡を行い,塩酸ニフェカラント,マグネゾールを追加投与し,搬送した。現場近くには救命救急センターがなく,約20kmを搬送することとなり,覚知から病院搬入まで47分を要した。搬送中,ラピッドカー医師は,気管挿管,静脈路の追加,薬剤投与,除細動などを行い,胸骨圧迫と人工呼吸は救急隊が行った。ラピッドカー医師接触後,著明な胸郭の変形のため胸骨圧迫のリコイルは不十分な状態であった。 搬入後の経過:搬入時,Vfが続いていたため,経食道心エコーで大動脈解離がないことを確認し,搬入8分後にECPRを開始した(覚知からECPR開始まで55分)。ECPR開始後,ECGモニター上,Vfとwide QRS波形(Fig. 1a)を繰り返し,約2分後に自己心拍は再開した。心エコー上,心嚢液の貯留はなく,左室壁運動の全体的な低下を認めた。搬入37分後に胸部X線検査を行い,心拡大と右側にdeep sulcus signを認めた(Fig. 1b)。搬入時の意識レベルはGlasgow Coma Scale E1VTM1,瞳孔径は3mm/3mm,対光反射は認めなかった。搬入時の血液検査上,CK 104IU/L, CK–MB 7.05IU/L, トロポニンI 0.166ng/mL, H–FABP 51.8ng/mLと心筋逸脱酵素の上昇を認め,搬入64分後にCAG(coronary angiography)を施行した。CAG上,冠動脈左前下行枝 #6が100%閉塞していたため,血栓吸引を行い,ベアメタルステント(MULTI–LINK8® 3.0×23mm)を留置した。PCI(percutaneous coronary intervention)後,Intra–aortic balloon pumpingを開始したが,収縮期血圧は60–70mmHgのショック状態を認めた。遷延するショックと頭蓋内の精査のため,搬入201分後にCT(computed tomography)検査を施行した。頭部CT上,大脳半球の皮髄境界が不鮮明で,低吸収域が散見し,低酸素脳症を示唆する所見を認めた。胸部CT上,心嚢液の貯留(Fig. 1c),右血気胸(Fig. 1d),胸骨骨折,多発肋骨骨折を認めた。それに対し,心嚢および右胸腔ドレナージを行った。前者は留置直後に約300mL,その後約30分で370mL,後者は留置直後に約750mL,その後,約30分で450mLの出血を持続的に認め,輸血を行ってもショック状態は改善しなかったため,緊急手術を施行した。胸骨正中切開を行うと,胸骨は横断骨折を認めた。心嚢を開放すると血液と凝血塊を多量に認め,左前側壁心筋および冠動脈high lateral枝から動脈性出血を認めた(Fig. 2a)。詳細に観察すると胸骨骨折左側断片部直下の心嚢に穿孔部を認め,その直下に,同心筋および冠動脈損傷を認めた(Fig. 2a)。斜めに切れ一部挫滅した裂創で,骨折断端部と場所が一致した(Fig. 2b)。冠動脈損傷に対しては8–0プローリン糸にて縫合止血し,心筋挫傷部はフィブリノゲン加第13因子+ヒトフィブリノゲン・トロンビン分画で止血した。また,胸骨骨折右側断端部直下の右内胸動脈の損傷も認め,右胸腔側に出血し,血胸の原因となっていた。これに対し結紮止血した。術前より体温34℃,BE –12.4mmol/L,PT活性 23.1%とdeadly triadを認め,循環動態不安定であったため,ダメージコントロール手術とし,vacuum–packing closureで一時的閉胸を行った(手術時間2時間13分)(Fig. 3)。CAGを再確認すると,冠動脈high lateral branchからextravasationを認め,術中所見と一致した(Fig. 2c)。 a: ECG (electrocardiogram) showed wide QRS ventricular arrhythmia. b: Mild cardiomegaly and right deep sulcus sign suggesting pneumothorax were seen in the chest X–ray. c, d: CT scan showed pericardial effusion (white arrow) and hemopneumothorax (black arrow). a: Anterolateral side of the myocardial injury and high lateral coronary branch injury with exsanguinated bleeding (white triangle) were found intraoperatively (black arrow shows cranial direction). b: The left sternal bone fracture was found. c: CAG (coronary angiography): the extravasation from high lateral branch was found (white circle and white arrow). Clinical course. HR: heart rate, Bp: blood pressure, BT: blood temperature, PCPS: percutaneous cardiopulmonary support, CAG: coronary angiography, PCI: percutaneous coronary intervention, IABP: intra–aortic balloon pumping, CT: computed tomography, RBC: red blood cell, FFP: fresh frozen plasma, PC: platelet concentrate 術後経過:循環動態不安定かつdeadly triadを認めたため,低体温療法は行わなかった。輸血は術中・術後合計濃厚赤血球14単位,新鮮凍結血漿26単位,濃厚血小板20単位を投与した。循環動態は徐々に安定し,体温36.8℃,BE –0.8mmol/L,PT活性107.4%とdeadly triadも改善したため,第2病日,再手術を行い,損傷部の止血を確認し,定型的閉胸術を施行した。 その後,呼吸状態,循環動態は安定し,瞳孔は3mm/3mm,対光反射は両側とも認めていたが,第3病日に突然,瞳孔が7mm/7mmに散大し,対光反射が両側とも消失した。角膜反射,咽頭反射,咳反射などの脳幹反射も消失し,低酸素脳症による脳腫脹が進行したものと考えられた。家族に現状を説明し,これ以上の積極的な加療を希望されず,第4病日に死亡した。 心肺蘇生による合併症発生割合に関するレビューでは,成人の肋骨骨折は13–97%,胸骨骨折は1–43%であったが,冠動脈損傷,心挫傷,内胸動脈損傷,血気胸の報告はなかった 2。別のレビューでは,気胸1.3–3.0%,血胸0.8–8.7%,血気胸5.3%,心嚢内血腫1.1–8.4%,左室損傷0–8%であった 3, 4。内胸動脈や冠動脈の損傷の報告はなかった。本邦では胸骨圧迫に伴う冠動脈損傷の報告は1例のみ 5で,内胸動脈損傷は,会議録での報告はあるが,冠動脈・内胸動脈損傷および血気胸の複合損傷の報告はなく,稀な合併症であると考えられた。 今回施行された胸骨圧迫について,本症例にかかわった救急隊に問うと,位置,深さ,リズム,リコイルは,当時のG2010 1を遵守して施行されていた。しかし,深さに関しては当時2015 AHA Guidelines(G2015) 6が発表される前であったため,「6cmを超えない」を行えていたかどうかは不明であった。救急車内に収容後よりリコイルが不十分となった経緯から,この間に,胸骨圧迫の深さが深くなりすぎたことにより胸骨骨折を引き起こした可能性が考えられた。以上から,G2015で変更となった,胸骨圧迫の深さの適正化「5cm以上6cmを超えない」を徹底することにより,今回のような胸骨圧迫の合併症を軽減できると考えられる。また,胸骨圧迫中にリコイルが不十分な胸郭の損傷が生じた後の胸骨圧迫法については,G2015では言及されていない 6。同様の方法で胸骨圧迫を継続することは,その効果が疑わしいばかりか,重篤な合併症へとつながる可能性がある。その場合,用手による胸骨圧迫の代替方法として,①開胸心マッサージや,②Cardio–Pump® の使用などを考慮すべきである。①開胸心マッサージは,内因性心停止であれば一般的には適応がないが,胸骨圧迫のリコイルが不十分である場合,胸骨圧迫による合併症進行の予防と有効な胸骨圧迫の観点から,この限りではない。②Cardio–Pump® は,胸郭を能動的に圧迫し,そして引き上げることにより,胸腔内の陰圧が高まることによる心臓への静脈還流の増大と,その上で圧迫することによる全身への血液の拍出といった胸郭ポンプ説を利用した装置である。文献上,用手胸骨圧迫と比べ,心拍再開率 7や生存率,退院率が高く 7, 8, 9,神経学的後遺症の発生率は差がない 10といった報告もある。リコイルが胸骨圧迫中に不十分になった場合にはこの装置は有用であろう。 本症例で出現した心タンポナーデと血気胸の原因に関して,前者は,当初急性心筋梗塞による心破裂またはPCIに合併した冠動脈損傷を考え,後者は,右鎖骨下静脈穿刺など施行しておらず,来院後の医原性損傷の可能性はないと考えた。急性心筋梗塞による心破裂は0.93–2.96% 11,PCIに伴う冠動脈損傷は0.84%の発生率が報告 12されている。手術所見上,胸骨骨折断端部と各損傷部の形態や場所が一致したこと,PCI時に損傷部にガイドワイヤーなどを挿入していないこと,心筋損傷部は虚血壊死に陥っていなかったことより心筋梗塞やPCIの関与は否定でき,胸骨圧迫による合併症と考えられた。搬入当初,エコー検査で心嚢液貯留や血胸を認めなかったが,PCI後に急激に認めた原因としては,胸骨圧迫によって起こった心筋,冠動脈,内胸動脈の損傷が,心拍再開とともに顕在化し,さらに遷延するショックと低体温から凝固機能が破綻し,大出血に転換させられたためと考えられた。 院外心停止症例に対する胸骨圧迫によって,胸骨骨折とそれに伴う心筋,冠動脈および内胸動脈の複合損傷を来した1例を経験した。心停止症例に対して胸骨圧迫を施行し,心拍再開後に心タンポナーデ,血胸を認める場合には,胸骨圧迫による合併症の関与の可能性があること,また心拍再開後循環動態が不安定な場合には,凝固機能が破綻しているため,軽微な損傷でも大出血になりうることを念頭において対応するべきである。 開示すべき利益相反はない。

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