Abstract

75歳の女性。突然発症した呼吸困難を主訴に,当院に救急搬送された。来院時,循環虚脱および低酸素血症を認め,心臓超音波検査で左室の圧排を伴う右室の著しい拡大を認めた。来院15分後に,心肺停止状態となったため,心肺蘇生術を開始した。約2分後に自己心拍が再開したが,循環虚脱が継続したため,経皮的心肺補助装置(veno–arterial extracorporeal membrane oxygenation: VA–ECMO)を導入した。その後に行った肺動脈造影検査で,肺動脈の塞栓像を認め,肺血栓塞栓症と診断した。しかし,線溶亢進型の播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)を合併し,出血傾向を認めたため,抗凝固療法,血栓溶解療法は施行せず,輸血療法およびVA–ECMOを用いた循環呼吸管理を行った。第2病日に,出血傾向,循環呼吸動態が改善したため,VA–ECMOから離脱した。抗凝固療法は,VA–ECMO抜去部の止血が完了した第3病日から開始した。その後の経過は良好であり,第29病日に,神経学的後遺症もなく独歩退院した。心肺停止に至った重症肺血栓塞栓症に,線溶亢進型DICが合併し,急性期に抗凝固療法や血栓溶解療法が施行できない場合でも,出血傾向が改善するまでVA–ECMOによる循環呼吸管理を継続することで救命できる可能性がある。 A 75–year–old woman was admitted to our hospital because of sudden–onset dyspnea. She was in a state of obstructive shock and hypoxia and echocardiography showed right ventricular dilatation. Approximately 15min after arriving at the hospital, she experienced a cardiac arrest; we performed cardiopulmonary resuscitation, and spontaneous circulation restored in 2min. However, as obstructive shock was not resolved, we performed veno–arterial extracorporeal membrane oxygenation (VA–ECMO). Pulmonary angiography revealed pulmonary artery occlusions. Disseminated intravascular coagulation (DIC) was of the fibrinolytic phenotype; it was complicated with pulmonary embolism, and a bleeding tendency was noted. Therefore, blood transfusions were performed and hemodynamic support was provided with VA–ECMO and catecholamines, without anticoagulation and thrombolysis. The following day, her coagulopathy resolved and hemodynamic status recovered; VA–ECMO support was successfully removed. Anticoagulation was started on the 3rd hospital day, when bleeding at the VA–ECMO puncture site was confirmed to have stopped. The patient recovered and was discharged from the hospital on the 29th hospital day. DIC is sometimes complicated with pulmonary embolism in post–cardiac arrest patients. This case shows the possibility that continued hemodynamic and respiratory support with VA–ECMO until bleeding tendency resolves might aid in recovery of patients for whom anticoagulation and thrombolysis are contraindicated. 心肺停止(cardiopulmonary arrest: CPA)蘇生後は,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)や 1, 2,胸骨圧迫による胸部外傷など 3, 4,出血性合併症を来す場合がある。今回我々は,線溶亢進型DICを合併した肺血栓塞栓症(pulmonary embolism: PE)症例を経験した。出血傾向のため,急性期に抗凝固療法や血栓溶解療法が施行できなかったが,DICが改善するまで経皮的心肺補助装置(veno–arterial extracorporeal membrane oxygenation: VA–ECMO)による循環呼吸管理を継続することで,救命できたため報告する。本症例報告の作成にあたり,個人情報保護法に基づき匿名化し,患者本人の同意を得た。 患 者:75歳の女性,身長145cm,体重42.7kg,body mass index 20.3 現病歴:未治療の下肢静脈瘤の既往はあるが,他の特記すべき既往歴,家族歴,常用薬はない。また,長期臥床や,安静を強いられる長距離移動などの病歴もない。来院当日の起床後,屋外で散歩中に突然,呼吸困難を自覚した後に転倒し,顔面を打撲した。その後,独歩で帰宅したが,患者が呼吸困難を訴えたため,家族が救急要請し当院に搬送された。 来院後経過:来院時,JCS 3–R,血圧94/60mmHg,心拍数104/分,呼吸数30/分,体温35.8℃,SpO2 92%(酸素リザーバーマスク10L/分 投与下)であった。胸部レントゲン写真では肺野に明らかな異常は認めなかったが,12誘導心電図検査ではV1–3誘導で,陰性T波を伴う完全右脚ブロックを(Fig. 1),心臓超音波検査では左室の圧排を伴う右室の著しい拡大を認めた。身体所見上は,呼吸音,心音に明らかな異常を認めなかったが,頸静脈の怒張を認めた。また,転倒時に受傷したと考えられる非活動性の出血を伴う口唇,口腔内の挫創,鼻出血を認めた。両側下肢には網目状静脈瘤を認めた。来院時の血液検査結果は,WBC 8,900/μL,Hb 9.6g/dL,PLT 8.2×104/μL,CK 48U/L,CKMB 18U/L,トロポニンI 0.090ng/mL,BNP 31.3pg/mL,APTT 62sec,PT–INR 1.43,fibrinogen 81mg/dL,D–dimer 114.9μg/mL,AT III 82%であった。 Electrocardiogram on admission. Electrocardiogram showing complete right branch block and a negative T wave in leads V1–3. 来院後,徐々に血圧が低下し,来院15分後にCPA状態(無脈性電気活動)となったため,心肺蘇生術を開始した。気管挿管し,アドレナリン1mgを投与したところ,約2分後に自己心拍が再開したが,循環虚脱が継続した。広範型PEを疑い,来院から43分後に透視下に右大腿動静脈からVA–ECMOを導入した(カテーテルサイズは脱血19.5Fr,送血13.5Fr,テルモ社キャピオックス®システムを使用,2,000回転で駆動開始)。その後,左大腿静脈アプローチで肺動脈造影を施行すると,右上葉動脈,中葉動脈,左肺尖動脈,肺舌動脈などが閉塞しており,PEと診断した(Fig. 2)。左右の肺動脈主幹部には血栓を認めず,VA–ECMO挿入後,循環動態が安定したため,直視下肺動脈血栓摘出術や,カテーテル的治療は不要と判断し,右内頸静脈から肺動脈カテーテルを留置し手技を終了した。しかし,来院から約2時間後より,顔面外傷部およびVA–ECMO,肺動脈カテーテル刺入部から止血困難な出血を認めるようになった。血液検査を再検したところ,Hb 5.6g/dLと貧血の進行およびD–dimer 264.5μg/dL,fibrinogen 50mg/dL未満,PT–INR 2.44,PLT 11.3×104/μLと凝固障害の悪化を認めた。線溶亢進型DICと診断し,顔面外傷部の縫合,鼻腔内へのガーゼタンポン挿入,カテーテル刺入部の圧迫および輸血療法を開始した。経過中,出血性合併症のため,VA–ECMO導入時を含め,抗凝固薬や血栓溶解薬は使用しなかった。VA–ECMO導入後に撮影したCT検査では,肋骨骨折,気胸,胸腹腔内出血などの胸骨圧迫による合併症は認めなかった。 Pulmonary artery angiography. Right upper lobe, middle segmental, left apical segmental, and lingular pulmonary artery branches are occluded with thrombi (arrowheads). Fig. 3aにD–dimer,fibrinogen,PLTの経時的変化および輸血療法の時間経過を示す。来院後16時間までに,赤血球濃厚液14単位,新鮮凍結血漿30単位,濃厚血小板20単位の輸血を行い,凝固障害は改善し,Hbは9.2g/dLまで上昇した。Fig. 3bにVA–ECMOの血液流量,肺動脈カテーテルで測定した心拍出量の経時的推移を示す。最大量ドブタミン5μg/kg/min,ノルアドレナリン0.1μg/kg/minを使用したが,抗凝固療法や血栓溶解療法を施行しなかったにも関わらず,心拍出量は徐々に上昇し,導入23時間後にVA–ECMOを離脱した。集中治療室に入室後に施行した超音波検査で,両側下肢深部静脈内に浮遊血栓を多数認めたため,下肢深部静脈血栓症がPEの原因と考え,VA–ECMO抜去後,回収可能型下大静脈フィルターを留置した。抗凝固療法は,出血傾向が消失し,VA–ECMO抜去部の止血が完了した第3病日から,未分画ヘパリンの持続投与を500単位/hrで開始し,APTTがコントロール値の1.5~2.5倍になるように調節した。 Clinical course of the patient. Fig. 3a shows the results of blood tests. Two–way arrow indicates the duration of blood transfusions. –●– D–dimer, –▲– Fibrinogen, –■– PLT Fig. 3b shows the hemodynamic status, and the two–way arrow shows the duration of catecholamine use. –●– CO, –▲– ECMO flow PLT: platelet count, CO: cardiac output, VA–ECMO: veno–arterial extracorporeal membrane oxygenation 第5病日に,人工呼吸器から離脱した。食事摂取量が安定した後,第12病日よりワルファリンの内服を3mg/日で開始した。下肢静脈血栓の消失した第14病日に,下大静脈フィルターを抜去した。未分画ヘパリンは,ワルファリンによる抗凝固効果が得られた第20病日まで継続した。その後の経過は良好であり,第29病日に独歩退院した。退院時のワルファリン服用量は3.5mg/日であり,PT–INRは1.61だった。 後日測定した,プロテインC活性はワルファリン3.5mg服用下で95%,プロテインS活性は90%,ループスアンチコアグラントは蛇毒法で1.29,抗カルジオリピン抗体(IgG)8U/mL以下,抗カルジオリピンβ2グリコプロテインI複合体抗体1.2U/mL以下,と正常範囲であり,先天的な血液凝固能亢進素因は認めなかった。本症例における下肢深部静脈血栓症の原因は,下肢静脈瘤による下肢血流停滞が原因と考え,永続的な抗凝固療法の継続を指示した。 「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン」 5では,心肺蘇生を要する,あるいは高度なショックが遷延する広範型PEには,VA–ECMOによる循環呼吸補助を行ったうえで,血栓溶解療法,カテーテル的治療,外科的血栓摘出術などを行うことを推奨している。血栓溶解療法は,迅速な血栓溶解作用や血行動態改善作用に優れており,循環破綻を伴う重症PEの予後改善につながるとの報告 6があるが,出血性合併症のリスクがある 5, 6。 CPA蘇生後症例は,その心停止原因に関わらず,線溶亢進型DIC 1, 2や,胸骨圧迫による肋骨骨折,気胸,内胸動脈損傷などの合併報告 3, 4があり,出血性合併症のリスクが高い。とくに,extracorporeal cardiopulmonary resuscitation(ECPR)症例での出血性合併症の報告は多く,Iwashitaら 7は未分画ヘパリン3,000単位を投与したECPR 32症例のうち,3例(9%)に外科的処置や血管塞栓術を要する出血が合併したと報告している。また,Hashibaら 8は,ECPRを施行したPEによるCPA症例12例のうち,5例に血栓溶解療法を行ったところ,6例(50%)に出血性合併症を認めたと報告している。 CPA蘇生後症例に合併する線溶亢進型DICは,組織低灌流や虚血に伴い産生される内因性線溶物質が引き起こすと考えられており 1,心停止時間が長いほどその合併頻度は高くなる 2。本症例は心停止時間が約2分間と短時間であったにも関わらず,DICを合併した。広範型PEは心停止の有無に関わらず消耗性の凝固障害を合併することが知られている 9。本症例の来院時血液検査から算出した急性期DICスコアは6点であり,本症例は,来院時すでに,PEに伴う組織低灌流や虚血,あるいは凝固因子の消耗により,線溶亢進型DICが合併しており,VA–ECMO導入後も遷延したと考えた。 出血を伴う線溶亢進型DICに対しては,未分画ヘパリンの投与は禁忌であり,濃厚血小板,新鮮凍結血漿の補充が必要となる 10。しかしながら,DIC治療の根幹は基礎疾患,本症例でいえばPEの治療である 10。本症例は,出血性合併症のため抗凝固療法や血栓溶解療法などのPEの特異的治療が施行できず,VA–ECMOを用いた循環呼吸補助および合併したDICに対する輸血療法のみを施行したにも関わらず,入院翌日にはVA–ECMOから離脱できた。野村ら 11は,肺動脈近位部の血栓は,胸骨圧迫により破砕される可能性を報告している。本症例でも,肺動脈造影時に,肺動脈主幹部には血栓を認めず,上記機序による有効肺血管床の回復が血行動態の改善につながった可能性が考えられた。また,線溶亢進型DIC合併の過程で産生された内因性線溶物質が,自ら肺動脈内の血栓溶解に働きかけた可能性も示唆された。 VA–ECMO使用時には,ACTを180–200sec前後に維持するように抗凝固を行うことが推奨されている 12。本症例では,抗凝固薬を使用せずVA–ECMOを使用したが,回路トラブルは起こらなかった。今回用いたECMOは,テルモ社のキャピオックス®であり,血液流路面には,血液適合性ポリマーコーティングが施されている。同コーティングおよび患者が線溶亢進状態であったため,回路トラブルが起こらなかったと考えた。 なお,本症例では測定していないが,凝固活性化の指標となるTATや,線溶活性化の指標となるPICの測定は,DICの病態把握に有用であり 10,測定を考慮すべきであった。 線溶亢進型DICを合併した重症PE症例を経験した。CPAを合併したPEの診療の際には,胸骨圧迫に伴う胸部外傷や,線溶亢進型DICなどの出血性合併症に注意し,抗凝固療法や抗凝固療法の適応は,慎重に評価する必要がある。 本論文における利益相反はない。

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