Abstract
【目的】入浴関連死の死因診断は,心臓関連死をはじめとした内因性か,溺水か判断に苦慮する症例が多い。入浴関連死症例における死亡診断書記載診断名の妥当性をAutopsy imaging(Ai)所見を中心にした検証から明らかにする。【対象】2009年1月から2013年12月間に来院時心肺停止で当院救命救急センターに搬送された937例中,入浴関連死症例70例を対象とした。70例中50例にAiが施行された。死亡診断書記載の死因とAi所見を後方視的に比較検討した。【結果】1)死亡診断書の死因:外因性死は26例であり,内因性死は43例であった。うち,心臓関連死 は35例であった。1例は司法解剖となり,死因不明。2)Ai所見と肺所見の有無:外因性死19例にAiが施行され,肺所見は14例で認めた。また,内因性死30例にAiが施行され,19例で肺所見を認めた。内因性,外因性による肺所見の有無に有意差は認めなかった。すなわち,Aiで肺所見がないにもかかわらず溺水と診断された症例があり,内因性死診断症例でも肺所見を示した例があった。【結語】入浴関連死の死因診断は,困難な例が多い。診断にAiは有用だが,十分には活かされておらず,さらなる活用が必要である。内因性,外因性ではなく「入浴関連死」という新たなカテゴリーで捉えることも重要と考える。 Purpose: It is difficult to clarify the cause of bathing–associated death in many cases: intrinsic factors including heart–associated death, or extrinsic factors such as drowning. The purpose of this study was to evaluate the validity of diagnoses reported on death certificates mainly from the inspection on autopsy imaging (Ai) findings. Subjects and Methods: The subjects were 70 patients with bathing–associated cardiopulmonary arrest on arrival who were brought to the Emergency and Critical Care Center of our hospital. In 50 of these patients, Ai was performed. We retrospectively investigated the causes of death on death certificates in light of Ai findings. Results: 1) Causes of death reported on death certificates: Twenty–six patients died due to extrinsic factors, and 43 patients died due to intrinsic factors. Of these, 35 died of cardiac abnormalities. 2) Ai findings and Presence or absence of pulmonary findings: Ai was performed in 19 patients who died due to extrinsic factors. Pulmonary findings were noted in 14. Of 30 patients who died due to intrinsic factors, pulmonary findings were noted in 19. There was no significant difference in the presence or absence of pulmonary findings between patients who died due to intrinsic and extrinsic factors. Conclusion: It is difficult to diagnose bathing–associated death in many cases. To improve the accuracy of diagnosis, Ai must be applied. It may also be important to categorize death as “bathing–associated death”, but not intrinsic or extrinsic factors. 浴槽に湯を張るという入浴様式は,本邦独特のものである。それに伴い入浴時の来院時心肺停止(CPAOA)も多く発生している。浴室という状況から目撃のない心肺停止例となることが多く,その死因診断に苦慮する症例が多い。急性心筋梗塞や不整脈などの心臓関連疾患,脳血管疾患,これら内因性疾患が原因なのか,あるいは浴槽内での転倒から生じた溺水など外因性要因が原因なのか,判断が困難となる。そのため,死因診断に疑問が生じる症例も少なくない。入浴中の突然死という状況のみで判断され,死亡診断書記載の死因が虚血性心疾患あるいは溺水とされている可能性が否定できない。 本研究では,当院救命救急センターに搬送された入浴中の心肺停止例(入浴関連死症例)について,死亡診断書の記載診断が妥当であるか,Autopsy imaging(Ai)の所見を中心に検証した。 当センターは一次から三次救急に対応するER型救命救急センターである。平日日中は救急科専門医に研修医を加えた4名が診療を担当し,夜間休日は救急科以外の日当直医4名(内科系医師1名,外科系医師1名,研修医2名)が診療を担当している。入浴関連死症例は内科系医師が担当しており,CPAOA症例への死亡診断書作成は,その勤務中に担当した医師が行っている。 2009年1月から2013年12月までにCPAOAにて当救命救急センターに搬送された患者の中で,現場状況等より入浴関連死と判断された症例を対象とした。 Aiの実施については症例担当医が必要と判断した症例にのみ施行された。したがって,入浴関連死症例を含むCPAOA全症例にAiが実施されてはいない。Ai画像は当院放射線科読影医(日本医学放射線学会放射線診断専門医)により読影されているが,読影所見の死亡診断書への反映については症例担当医に一任されている(ただし,夜間休日は放射線科読影医の読影なし)。 撮影に使用したCT機器は以下の通りである。 東芝メディカルシステムズ社製 80列MDCD 「AQUILION PRIME」 撮影条件:Helical scan 120kvp 400mA 1.0sec/rotation Beam Pitch:0.563 CTDI 58.0mGy 統計解析ソフトとして,SPSS®11.0J for Windowsを使用した。群間比較は,Pearson’s Chi–square testを用い,P<0.05を統計学的有意水準とした。 死亡診断書記載の死因(内因性,外因性)をAi所見等と比較し,死因診断の妥当性を後方視的に検討した。 対象期間中に救急車にて当センターに搬送された患者数は24,565例であり,うちCPAOA症例は937例であった。入浴関連死症例は70例であり,これは同期間に当センターへ搬送された全CPAOA症例の7.5%に相当した(男性37例,女性33例,年齢76±18歳)。70歳以上の高齢者は60例,15歳未満の小児は2例であった。入浴関連死症例70例中50例(71.4%)にAiが施行された(Fig. 1)。 The patients transported to our hospital in an ambulance. 症例担当医によって作成された死亡診断書(死体検案書含む)に基づき死因を列挙すると,外因性死(溺水)26例(37.1%),内因性死43例(61.4%)であった。外因性・内因性判断不能のため,司法解剖に至った症例が1例あった。内因性死43例中,心臓関連死とされた症例は35例(81.4%)であった。心臓関連死以外の内因性死症例は8例あり,肝性脳症,クモ膜下出血,脳出血,てんかん発作,消化管出血,老衰,低血糖発作,不詳が各1例ずつであった(Fig. 2)。 Causes of death based on death certificates. 各担当医による死因診断根拠は診療録に基づいて調査したが,詳細が不明な症例が散見された。Aiや血液検査結果等を根拠としている症例もあれば,Ai等を施行せず発症状況から診断に至っていると推測される症例も存在した。 i)主気管支をはじめとした気道内の液体貯留,ii)両肺野に広がる浸潤影,iii)放射線科読影医のコメント等から溺水によるものと診断される肺所見を50例中33例で認めた(Fig. 3, 4)。外因性死(溺水)と診断された26例中19例にAiが施行され,肺所見は14例に認められた。また,内因性死43例中30例にAiが施行され,肺所見は19例に認められた。診断された死因による肺所見の有無には,外因性死(溺水)診断例,内因性死診断例の両症例群間に有意差はなかった(p=0.452)(Table 1)。言い換えると,外因性死(溺水)診断例が,より多く肺所見を有していることはなく,逆に内因性死診断例が肺所見を有していることもあった。Fig. 3において,症例1は外因性死(溺水)と診断されたが,症例2は肺所見を認めたにもかかわらず内因性死と診断された。 Pulmonary findings on Ai. Case 1: A 71–year–old female. Diagnosis on death certificates: Drowning In from the trachea to bilateral bronchi, the retention of fluid contents was observed shown (a, b). Case 2: An 86–year–old male. Diagnosis on death certificates: Acute myocardial infarction In from the trachea to bilateral peripheral bronchi, the retention of fluid contents was observed shown (revealed) (c, d). In Case 1, a diagnosis of death due to extrinsic factor was made. However, in Case 2, a diagnosis of death due to intrinsic factor was made despite pulmonary findings. Presence or absence of Ai and pulmonary findings. 内因性死因として最多であった心臓関連死35例中25例にAiが施行され,心臓関連死以外の内因性死8例中5例にAiが施行されていた。心臓関連死35例の詳細は,急性心筋梗塞22例,心不全5例,致死性不整脈3例,その他・不詳5例であった。CPK値,トロポニン値等の血液検査結果,ECG,Ai等の所見を参考とし,当院循環器内科医(日本循環器学会循環器専門医)と診断の妥当性を検討した結果では,診断に妥当性があった症例は5例(うちAi施行4例)のみであった。また,心臓関連死と診断された18例にAiによる肺所見を認めた(Fig. 5)。 Heart–associated death. 入浴様式等から本邦における入浴関連死は多いことが知られている。しかし,死亡診断書の死因が様々であるため,正確な数の把握は困難である。全国規模の入浴関連死は,14,000―17,000例/年と推定されている 1。1987―1988年間の東京監察医務院の調査では,入浴中の死亡症例のうち88%が病死,12%が外因死とされた。病死扱いにて剖検を実施した症例のうち58%は虚血性心疾患と判定された 2。また,1995―1998年間の調査では,内因性死63.9%,外因性死33.0%であり,内因性死の約6割が虚血性心疾患とされた 3。このように内因性死が外因性死に対し多数であり,内因性死では虚血性心疾患が最多であることを示した報告が多い 4。 しかし,死因を判断した根拠は曖昧である。厚生労働省研究事業における「入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究」,平成25年度総括・分割研究報告書によると,病死とされた根拠として「溺水の所見に乏しいため」とした除外診断的理由が546例中134例あった 1。また,黒崎らの報告によると,診断を行う医師の個人的要因が関与している可能性があるとしている。つまり,入浴中急性死の死因として虚血性心疾患を70%以上の割合で採用している監察医がいる一方,同疾患を死因とする率が30%台と低い監察医が存在した。そして虚血性心疾患を死因として多く診断する監察医は溺水を死因と診断する率が3%以下と低く,逆に虚血性心疾患の診断率が低い監察医は50%近くの死因を溺水と診断していた 5。さらに警察官立ち会いによる検視を忌避し,病死扱いとしている例も多いのではとの報告もある 6。本研究でも内因性死診断例の多くは心臓関連死であった。しかし,診断に至った根拠に乏しい例が多数認められた。除外診断的に,「外因が認められないから内因性。内因性だから虚血性心疾患」という構図が否定できない。さらに,Aiで肺所見があっても「突然死=心臓関連死」との診断に至っている症例が存在するのではないかと危惧する。また,「入浴中の死亡=溺水」との判断も存在し,Aiなどの諸検査が行われず診断に至った可能性が推察される。これらの要因が,外因性死(溺水)であっても肺所見が存在しなかったり,内因性死であっても肺所見が存在する一因となっていると考える。したがって入浴関連死に関する死亡診断書(死体検案書)の死因診断の信頼性は決して高いものではないと言える。 監察医制度のない地域では検視から解剖に至る割合は低く,これを補う目的でAiの活用は有用と言える 7。Aiにおける溺水の所見としては,副鼻腔や気道内の液体貯留,小葉間隔壁を伴うスリガラス状濃度上昇,両側肺の癒合する浸潤影などが挙げられる 8, 9, 10。もちろん,Aiですべての診断ができるわけではないが,剖検が容易に行えない現状としては,診断につながる多くの情報を提供してくれる手段と言えるだろう。 入浴関連死の原因についての研究 11, 12, 13, 14は数多くある。虚血性心疾患,脳血管障害,不整脈,熱中症,神経調節性失神などが原因として挙げられているが,いずれも意識障害からの溺水という点で共通しているのではないかと考える。もちろん,浴槽内での転倒からの溺水という可能性も否定できないものである。ただし,原因疾患の如何にかかわらず,直接死因を溺水と仮定するとAiですべての症例に肺所見が認められなくてはならず,本研究の結果とも矛盾することとなる。したがって,「溺水を伴わない」突然死の可能性も考慮しなくてはならない。浴室内が密室であり,CPAOA症例のほとんどが「目撃のない心停止」症例となってしまうことが原因精査をさらに困難としている。しかし,十分な根拠がないまま内因性死,外因性死(溺水)と診断をしてしまうことは適切ではないと考える。法医学会国際疾病分類ワーキンググループ(ICD–WG)は,内因性・外因性の明確な根拠のない入浴関連死について「入浴中の死亡,詳細不明」(死因の種類「12.不詳の死」)とすべきであると提言している 11。また,本邦の入浴習慣などが複雑に関係した症候群とみなし,「入浴中突然死症候群」を提唱する意見 15もある。 本研究が後方視的研究であるため,以下のlimitationが生じたと考えられる。1)Ai実施がCPAOAを担当した医師の判断に基づいたため,すべての症例で施行されていなかったこと。すべての症例で施行されていれば,肺所見がさらに多数の症例で認められた可能性がある。2)剖検例がほとんどなかったこと。警察による検視が全症例で実施されていれば,剖検(司法および行政解剖)がより多く行われたかもしれない。3)死亡診断書作成が各担当医に一任されているため,診断に至った根拠が診療録等からでは明らかにならない症例が存在したこと。 入浴関連死全症例でのAi施行やAi所見を含めたスコア化による溺水診断を前方視的研究として行えば,Aiの有用性も含め,より正確な死因診断が可能になると考える。 入浴関連死の死因を特定することは,発生状況やAiを含めた死後の検査の有無により,多くは非常に困難である。本研究では死亡診断書(死体検案書)記載の死因を病歴,血液検査所見,Ai所見などから振り返ってみたが,必ずしも正確な根拠に基づいて診断されていないことがわかった。死因統計や社会医学的観点からも無理に内因性・外因性とするのではなく,詳細不明なものは不明として,不確かな根拠による診断は避けるべきであると考える。 入浴関連死の死因診断は,ほとんどが「目撃にない心停止」であり,多くは困難である。そのため乏しい根拠から診断に至っている症例が存在する。Aiは正確な診断を行うために有用と考えられてはいるが,十分には活かされていなかった。それゆえ根拠に基づいた正確な死亡診断書作成には,一層のAiの活用が必要と考える。また,内因性または外因性ではなく,「入浴関連死」という新たなカテゴリーで捉えることも重要と考える。 本研究において,多大な御協力をいただきました当院放射線診断科,放射線診断技術科,循環器内科各位に深謝致します。 開示すべき利益相反関係はありません。
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