Abstract
服毒自殺目的に大量摂取されたアスピリン[アセチルサリチル酸(acetylsalicylic acid: ASA)]が通常の半減期を大幅に延長していたが,血液透析により著明な症状改善を得た1例を経験したため,若干の考察とともに報告する。症例は20歳の男性,2日間にわたりASAを過量摂取(各13.2g,26.4g)し,発熱などを主訴に2回目の摂取から約8時間経過して救急外来を受診した。来院時は頻呼吸・頻脈・耳鳴症状を認め,活性炭投与,大量補液,アルカリ化利尿などの保存的治療を行ったが,症状改善に乏しく,難聴の出現,呼吸性アルカローシスと凝固機能の悪化を認めたためsalicylic acid(SA)の除去目的に血液透析を行った。初回および再検査の血中SA濃度から半減期が20.3時間と過延長していたが,2回の血液透析により,自覚症状の改善と採血結果の改善を認め,第7病日に聴力検査したところ感音難聴は改善した。中毒学的には2回目のみで考えても致死的の517mg/kgを摂取,予測最高血中濃度は1,045μg/mLと重症例であったが,血液透析により速やかな血中濃度減少を認め,有効な治療であったと考えられる。 We report a case of attempted suicide by aspirin (acetylsalicylic acid: ASA) poisoning that was markedly improved by hemodialysis. After ingesting a large dose of ASA on two days (13.2g and 26.4g, respectively), a 20–year–old man came to the emergency department on his own about 8 hours after the second intake. His chief complaint was fever, but tachypnea, tachycardia, and tinnitus were also observed at admission. Conservative treatments such as administration of activated charcoal, supplemental fluids, and alkaline diuresis were performed, but his symptoms did not improve. There was hearing loss and deteriorated coagulation function deteriorated, the patient underwent hemodialysis to remove salicylic acid (SA). The initial and subsequent blood SA concentration showed that the half–life of SA was increased to 20.3 hours; however, two hemodialysis sessions improved subjective symptoms and blood sample results, and a hearing test on the seventh day showed improvement in sensorineural hearing loss. Although the patient was severely poisoned and had a calculated maximum blood concentration of SA of 1,045μg/mL, hemodialysis effectively decreased the concentration of SA in blood. アスピリンは代表的な非ステロイド性消炎薬(NSAIDs)として処方箋なしで手に入る解熱・鎮痛剤であるとともに,抗血小板作用により虚血性心疾患や虚血性脳血管疾患の再発予防薬として有効 1であるため,広く利用されている薬剤である。その結果,自殺目的にしばしば大量服用されることがあるが,乳幼児の誤食や湿布薬と内服薬の併用などによる中毒報告もある 2, 3(Table 1)。 この論文は患者本人の同意を得て作成しており,個人情報保護法に基づいた匿名化がなされている。また,倫理委員会の承諾が必要ない発表である。 患 者:20歳の男性,体重51kg 主 訴:発熱,耳鳴,嘔気 既往・併存症・家族歴:特記事項なし 病 歴:自殺目的に2日間にわたり2回にわけてバファリンA®(ASA)を過量服薬(各40錠,80錠。330mg/錠)。2回目の内服後約8時間経過したところで発熱と嘔気,耳鳴を主訴に救急外来を独歩で受診した。 来院時の身体所見は意識清明,心拍数92bpm,血圧112/56mmHg,呼吸数28/分,SpO2 98%(室内気),体温37.0℃,発汗著明であった。呼吸音や心音に明らかな異常を認めなかった。 血液検査結果では軽度の凝固機能障害(PT–INR 1.55,APTT 32.7秒)を認めたものの,肝腎機能障害を認めず(AST 31,ALT 34,BUN 17.8,Cre 0.94),CT検査で胃内容物を認めなかったため胃洗浄は行わなかった。通常の半減期であれば症状軽快傾向に向かうと判断し,保存的治療として大量補液,炭酸水素ナトリウム投与,経鼻胃管から活性炭,クエン酸マグネシウムを投与した。来院後6時間後の採血でPT–INR 2.88,APTT 61.7秒と凝固系の異常延長と呼吸性アルカローシスの悪化を認め(Table 2),難聴症状が明らかとなり,中毒が進行していると考え積極的な治療介入が必要と判断した。初回血液透析を施行(4時間,中空糸管であるPMMA(NF)膜2.1m2,血液流量150mL/min,抗凝固薬ナファモスタット)し,自覚症状として耳鳴は消失するも難聴症状が残存しており,聴力検査でも両側感音難聴を呈していたため翌日にも血液透析を前回と同条件で4時間施行した。第3病日の採血では凝固能を含め,明らかな異常値を呈することなく,精神状態も安定しており,希死念慮がないことを確認して退院した。第7病日に外来で聴力検査を再検査し,難聴が改善していることを確認できた(Fig. 1)。後に血中SA濃度結果が出たところで半減期が常用量では2~3時間であるのに対し,本症例では20.3時間と過延長していたことがわかった(Fig. 2, 3)。 Hearing test. 左:初回血液透析後,右:退院後(第7病日) Changes in blood SA consentration. 来院時と初回透析前の2値からFig. 3を用いて半減期を推定。その半減期を基に2回目の内服後4時間後を血中濃度のピークと仮定し,ピーク値を推定。また,初回透析後,2回目透析前からの予想半減期曲線を描いた。初回透析後にほぼ中毒レベル以下になったが半減期は初期と変わらずに延長したままである。 Half–life calculation. ASAは化学式C9H8O4,分子量180.16g/molである。主に胃・十二指腸から吸収されて肝臓でサリチル酸(salicylic acid: SA)に加水分解される 3, 4。SAは全身の組織および体液中に広く分布し,中枢神経系や母乳,胎児組織にも分布する 4, 5。タンパク結合率は血中濃度依存性を示し,低濃度域(<100μg/mL)では約90%であるのに対し,高濃度域(>400μg/mL)では約75~30%と低下する 5, 6。主に尿から排泄(80~100%)され,半減期は低用量のときは2~3時間である 3が,高容量のときは胃石を生ずることがあり持続的に吸収される 3, 4ことによったり,血中濃度の上昇に伴い代謝能が飽和し,全身クリアランスが低下したりすることで15~30時間に延長することもある 5。本症例では胃石を認めなかったが,半減期は約20時間と延長しており血中濃度上昇によりクリアランスが低下していたものと考えられる。主な中毒症状は初期症状として耳鳴,めまい,頭痛,嘔吐,難聴,軽度の頻呼吸など 3があり,血中濃度の上昇に伴い過度の過呼吸,呼吸性アルカローシス,代謝性アシドーシス,けいれん,昏睡,呼吸不全などが認められ,とくに過換気,耳鳴,嘔吐は古典的三徴とされる(Fig. 4)。処置は催吐,胃洗浄,活性炭投与,大量輸液,アシドーシス是正,重炭酸ナトリウム投与によるアルカリ化利尿,血液透析を必要に応じて行う。 Relationship between blood SA concentration and side effects/poisoning symptom. 中毒量は摂取量が150mg/kgを超えると耳鳴などの軽度の中毒症状が出現し,240mg/kgを超えると重篤となり,致死量は500mg/kgと言われている 5, 7。本症例では2日目の26.4g摂取だけで考えても517mg/kgであり致死量の摂取があったと考えられる。血中濃度の観点からみると,中毒症状はSA濃度に依存している 8とされ,200μg/mL以上で初期症状である耳鳴が出現し,270μg/mL以上で延髄の化学受容体が刺激され,悪心,嘔吐,さらに高濃度では過換気から呼吸性アルカローシスやテタニー様のけいれんを認めたりする。500~700μg/mLを超える中毒量では酸素消費と代謝速度が増すことで発熱や脱水,電解質異常などで循環不全や意識障害が出現し,最終的に腎不全に至ることもある 9。750μg/mL以上では中枢神経症状,脳浮腫,非心原生肺水腫などのリスクもある。血液透析の適応として絶対適応は900μg/mL以上 3,相対的適応は難治性アシドーシスや重篤な中枢神経症状,臨床症状の悪化などとされている 4。終了については190μg/mL以下まで継続することが望ましい 10とあり,これは蝸牛症状(難聴・耳鳴・めまい)の出現濃度にほぼ一致する。本症例では血中濃度で絶対的適応となるが,後日報告であったため来院直後の透析適応の判断はできなかったが,呼吸性アルカローシスや難聴症状,凝固機能の増悪を臨床症状の悪化と判断し,相対的適応として血液透析を施行した。 透析性については一般的に分子量が3,000以下,水との親和性が大きい,タンパク結合能が小さい,分布容積が小さいものは透析が有効とされている 11。ASA,SAについては分子量[180.16(ASA),138.12(SA)],水溶性,分布容積が小さいため有効である。血漿タンパク結合能は治療量では80~90%と高値であるが,中毒量以上ではほとんどが遊離状態にあるため透析性は高いとされている 3。本症例では来院時852μg/mLと血液透析前606μg/mLの2値点から半減期は約20.3hrと考えられる。これを基に予測および実測血中SA濃度推移のグラフをFig. 2に示す。初回および2回目の血液透析終了時の実測値と予測血中濃度により血液透析が有効な治療法であることがわかる。また,初回血液透析後の血中濃度が211μg/mLと低値になっているにも関わらず翌日の血液透析まで半減期は変わらず約20時間で経過している。これは本症例での代謝能力が思った以上に低いことを示唆している。 SAにはビタミンK依存性凝固因子活性が抑制されることでPT時間の延長を来すこともわかっている。容量依存的にSAがビタミンKの代謝において間接的にビタミンKエポキシド還元を阻害し,還元型ビタミンKが産生できず凝固因子の合成ができないためである 12。さらに,ビタミンK依存性凝固因子は遅発性に障害される可能性がLoewらにより報告されており 13,本症例の経過にも一致する。このため,PT時間は経過観察が肝要であり,延長傾向がみられた際にはビタミンKの投与が望ましい。本症例においてはPT時間の延長理由を治療段階では判断できなかったものの,経過からSA中毒による所見と判断し,血液透析を行うことによりSA濃度を低下させることでPT時間の改善を認めた。 SAによる難聴は可逆性薬剤性難聴であり,両側に水平型の感音難聴を呈する 14。過量服薬だけでなく,各種疾患に対しての処方薬に加え湿布薬や市販の感冒薬の屯用などによる意図しない複合摂取や常用摂取だけでも難聴症状が出現することがある 3。ASAは蝸牛神経線維や有毛細胞に作用するという報告 15があり,蝸牛神経や有毛細胞の興奮性を低下させることで症状が出現しているものと考えられている 16, 17。また,難聴の程度はSA濃度に正の相関を示し 4, 18,150~200μg/mLになると難聴症状が出現し,400μg/mLまでは濃度依存的に増悪するが,それ以上になると難聴症状は進行しないとされている 19。本症例では初回血液透析後(211μg/mL)では自覚症状の改善を認めるものの症状残存,翌朝(125μg/mL)には自覚難聴症状ほぼ消失という臨床経過であった。聴力検査は血液透析後のものであるが,両側で気導・骨導とも低下しており感音難聴を呈していたが,退院後の第7病日に再検査したところ難聴所見は改善していた(Fig. 1)。 アスピリン(アセチルサリチル酸)を致死量内服し,遅発性凝固機能障害と薬剤性感音難聴を来した1例に対し血液透析を行い,救命と速やかな症状改善を認めた。本症例では摂取後から約8時間経過して来院しており,通常の半減期で考えれば血中濃度は低下し,快方に向かうと考えられたため内科的に治療を試みたが,入院後に難聴症状が明らかとなり,採血検査結果で呼吸性アルカローシスや遅発性の凝固機能異常の増悪を来したために臨床症状の悪化と判断し,相対的適応と判断して血液透析を施行するに至った。 大量摂取で摂取後数時間は徴候や症状が軽いかほとんどないこともあるが,有症状時は中毒濃度にあることから代謝が律速となり半減期は過延長している可能性が高く,代謝量<吸収量の場合,血中濃度が上昇し,症状が悪化する。そのため,血液透析治療開始の閾値を下げて薬物を速やかに除去することにより重篤な毒性作用を回避することができるかもしれない。本症例においても脳出血などの重篤な出血合併症を来すことなく救命し得た。また,凝固機能の経過観察も必要で,増悪時にはビタミンKの投与や血液透析により速やかな改善が期待できると考える。最後に,本症例はこまめに血中濃度測定を実施することで,血液透析の実際の効果を知ることができた貴重な症例である。 本論文の投稿にあたり,開示すべきCOIはない。
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