Abstract

41歳の女性が受診4日前の夕食にしめサバを摂取し,受診当日の朝に呼吸困難感を自覚し全身に皮疹を認めたため救急外来を受診した。来院時,頻脈と頻呼吸に加え,喘鳴と全身の膨疹を認めたことからアナフィラキシーと診断した。薬剤投与で症状は軽快したが,入院当初の病歴からはアレルゲンが同定できず,経過観察目的に入院とした。入院後は症状の再燃はなく経過していたが,入院当日の夕食摂取後に膨疹と湿性咳漱を認め,再度アドレナリンの投与を要した。その後,一旦症状は消退したものの,同日深夜に誘因なく全身の膨疹が再増悪したため,抗ヒスタミン薬の内服を開始し軽快した。しかし,その後も膨疹は誘因なく増悪と緩解を繰り返しながら,やがて消退傾向となった。第6病日に血清アニサキス特異的IgE高値が判明し,第7病日に上部消化管内視鏡にて胃壁に虫体を確認した。以上から,一連の症状は,来院4日前に摂取したサバが原因となったアニサキスによるアレルギー反応と診断した。過去の報告と比較して,本症例ではアナフィラキシーを起こすまでの期間が,アレルゲン摂取後4日と長時間経過していた点が特徴的だった。原因不明のアナフィラキシーでは,詳細な病歴を遡って聴取することが大切である。また,アレルギー症状を繰り返す場合には,アニサキスアレルギーを念頭に置き検査を行うことと,適切な患者指導をする必要がある。 A 41–year–old woman who ingested a raw mackerel developed urticaria and dyspnea 4 days later. Based on skin and respiratory symptoms, we diagnosed anaphylaxis. Although her symptoms improved after treatment, she was hospitalized for observation. We couldn’t detect the allergen from history. On the first day, anaphylaxis developed again after dinner. Once her symptoms improved after treatment, however, urticaria got worse the next morning. Subsequently, repeated remissions and exacerbations of urticaria of unknown cause occurred despite treatment. On the sixth day, we found that radioallergosorbent test findings were positive for Anisakis. We performed a gastroscopic examination next day, which revealed Anisakis in the stomach wall. Finally, we diagnosed her symptoms as an Anisakis–induced allergy, caused by ingestion of mackerel 4 days ago. Compared with past reports, this case is remarkable in terms of the onset of anaphylaxis 4 days after ingestion of the allergen. This case shows that patients diagnosed with anaphylaxis of unknown origin should be evaluated medical history including the day of anaphylaxis occurrence and a few days prior to the episode. If allergy symptoms of unknown cause occurred repeatedly, patients should be examined for Anisakis–induced allergy and educated properly. 魚介類を多く摂取する日本において,急性腹症を引き起こす消化管アニサキス症は広く知られている。一方で,アニサキスがアレルギー反応を引き起こすこと,とりわけアナフィラキシーを起こすことはあまり知られていない。今回,サバを摂取した後,4日後にアナフィラキシー症状を示し,アニサキスによる遅発性アナフィラキシーと診断した症例を経験したので文献的考察を踏まえて報告する。 患 者:41歳の女性 主 訴:皮疹,呼吸困難感 現病歴:受診4日前の夕食時にしめサバを摂取した。受診3日前の起床後から心窩部不快感を自覚していたが日常生活には支障なかった。受診前日の夕食は特段の理由はなく摂取せず,入浴後に軽度の両上眼瞼浮腫と掻痒感に気づいたがそのまま就寝した。その約3時間後に呼吸困難感で起床,全身に広がる膨疹と呼吸困難感の増悪を認めたため救急外来を受診した。 既往歴:気管支喘息 アレルギー歴:なし 内服歴:テオフィリン 100mg 2錠 分2,ブデソニド/ホルモテロール 1回1吸入 1日2回 朝夕 来院時身体所見:意識清明,体温36.4℃,呼吸数28/分,HR 113bpm,整,BP 137/83mmHg,SpO2 97%(自発呼吸,room air)であったが,会話は単語単位で途切れ途切れだった。口腔内発赤腫脹は明らかでなく,聴診上両側肺野にJohnson分類でGrade 3の喘鳴を聴取した。腹部は平坦軟で圧痛は認めなかった。四肢末梢は湿潤しており,体幹四肢顔面に癒合傾向のある膨疹を認めた。血液検査では好酸球の上昇を認める以外に特記異常を認めなかった(Table 1)。 来院後経過:病歴から明らかなアレルゲンは指摘できなかったが,皮膚症状と呼吸器症状からアナフィラキシーと診断した。救急外来でアドレナリン0.3mg筋注,メチルプレドニゾロン80mg静注,サルブタモール吸入3回を行った後に膨疹,呼吸困難感,喘鳴ともに軽快傾向となったが,経過観察目的に入院とした。 入院時にも膨疹は残存していたが,第1病日にタラを含む夕食の摂取後30分で膨疹の悪化と喘鳴を聴取し,再度アナフィラキシーと診断しアドレナリンとステロイドを投与した。タラを摂取した後に症状を認めたため,以降の食事は魚禁止とした。後日,第2病日早朝に誘因なく入院後2度目の膨疹の増悪を認めたため,抗ヒスタミン薬の内服を開始し,網羅的にradioallergosorbent test(以下RAST)を提出した。抗ヒスタミン薬内服後に膨疹は消退傾向にあったが,同日深夜帯に入院後3度目の膨疹の増悪があり,抗ヒスタミン薬の点滴を行った。その後,膨疹は増悪緩解を繰り返した。第6病日に先に提出したRAST検査の結果から,血中アニサキス特異的IgE高値(class 6)が判明し,一連の症状はアニサキスによるものと判断した。この時点で膨疹はほぼ消失していた。第7病日に上部内視鏡検査を行ったところ,胃体部に白色線状の虫体を確認した(Fig. 1)。鉗子による摘出を試みたが,把持はできるものの剥離できなかった。第8病日には膨疹は消失しており,魚介類摂取の禁止とエピペンを処方し退院となった。その後,外来通院中であるが,アナフィラキシー症状は認めていない。 Gastroscopic examination on the sixth day. There is Anisakis (white body) in the stomach wall. アニサキスによるアナフィラキシーの診断には,ヒスタミン中毒によるアレルギー反応や魚類の蛋白自体に対するアレルギーとの鑑別が必要である。しかし,サバ摂取後の11例全例のスクラッチテストでアニサキス陽性かつサバ陰性だった 1ことや,魚介類摂取後にアレルギー反応を示した患者8例中,アニサキス特異的IgE陽性が7例,サバ特異的IgEは8例とも陰性だった 2ことなどから,近年は魚介類摂取後に発症する蕁麻疹の多くはアニサキスアレルギーであるとの考え方を主流とする報告が多い。アニサキスアナフィラキシーは過去にアニサキス抗原と接触があり,感作されている場合に発症すると考えられている。本邦のアニサキスアレルギーと診断された36例中,20例でアナフィラキシー症状を認めたという報告 3があり,アニサキスアレルギーに占めるアナフィラキシーの割合は低くない。 アニサキスアレルギーの診断基準として,藤江ら 4や加賀谷ら 2は,①魚介類摂取後に蕁麻疹やアナフィラキシー反応が出現すること,②アニサキス特異的IgE抗体がclass 2またはclass 3以上であること,③アニサキス粗抽出液によるプリックテストが陽性であること,④魚アレルギーもしくは他の原因が否定されること,の4項目を用いている。しかしアニサキスの粗抽出液は保険許可されたものはなく一般臨床では入手困難であり,過去の報告においてもプリックテストは実施されていないことが多く,①,②,④を満たすことでアニサキスアレルギーと診断している。本症例では,①サバ摂取後に認めたアナフィラキシーであること,②アニサキス特異的IgE抗体がclass 6であること,④サバ特異的IgE抗体はclass 0であること,から3項目を満たしており,アニサキスによるアナフィラキシーと診断した。 本症例では外来受診当時,問診からアレルゲンの同定が困難であり,後日RASTの結果より判明した。アニサキスは原因不明のアナフィラキシーやアレルギー患者の隠れたアレルゲンであり,慢性蕁麻疹患者の約半数が魚の摂取をやめると多くの患者で症状が改善したとの報告 5もある。アナフィラキシーの診察において既知のアレルゲンがある患者の場合,アレルゲンを推定することは難しくないが,アレルギー歴のない患者の場合,アレルゲンを推定することは困難な場合も多い。したがって,受診当日だけでなく,病歴を数日遡って聴取する(とくに魚介類について)ことが大切である。 アニサキスアレルゲンとして,Ani s1–12とトロポニンCを含めた13種類が同定されている。とくに筋タンパク質に含まれるAni s3(トロポミオシン)はエビ・カニなどの甲殻類や,ダニ類,ゴキブリなどの昆虫類,回虫などの線虫類との間に広範な交叉反応性を有し 6,アニサキス特異的IgE抗体は特異性に問題があるとする報告 7もある。回虫は哺乳類の内臓に寄生しており,牛レバー摂取後のアナフィラキシー症例でアニサキス,回虫のプリックテストがともに陽性であった 8ことは,アニサキスと回虫間での交叉反応性を支持するものである。しかし,一方でアニサキスによる蕁麻疹が疑われた25例中アニサキス特異的IgE抗体は19例が陽性であったのに対し,回虫の特異的IgE抗体は2例のみであった 9ことから,交叉耐性については否定的な報告もあり,一定の見解が得られていない。今後のさらなる症例の蓄積が期待されている。 過去のアニサキスアレルギーの報告において上部消化管内視鏡検査を行い,虫体を同定したという報告は少ない。星野ら 10は胃部不快感に対して腹部超音波検査で指摘された胃壁のびまん性肥厚性変化を契機に上部内視鏡検査を行い,アニサキスの虫体を摘出したところ,膨疹は軽快傾向になったと報告している。本症例では上部内視鏡検査で虫体を同定できたことが,アニサキスによるアナフィラキシーの診断に寄与した。虫体を生検鉗子で把持できたものの,胃壁との癒着が強く剥離摘出は困難であり,虫体の除去には至っていない。しかし,その後膨疹は軽快し,アレルギー症状の再燃を認めないことから,アニサキスアレルギーが疑われた症例において上部消化管内視鏡による虫体の除去は必須ではなく,治療方針にも大きく影響しないと考える。一般的にアニサキス症は第III期幼虫が寄生している魚介類をヒトが摂取することで発症するが,ヒト体内でアニサキスは成長することができず,数日で死滅するとされている。本症例ではサバ摂取後10日後の胃壁にアニサキスを認めたが,前述の通り,胃壁に癒着していたことから生死については不明であるものの,長期間生存できないという点を踏まえると,死滅後の吸収過程を見ていた可能性が高いと考える。摘出できなかったアニサキスに対してアルベンダゾールによる駆虫の報告 11はあるが,データは限られており,投与についてのコンセンサスも得られていない。 魚介類摂取からアナフィラキシー症状発現までの過去の報告を参照すると5分から7時間と様々であり,蘆田らの報告 12では3日後に紅斑を認めたと報告している。これは,生きた虫体によるアニサキス症を伴う場合には,アニサキスが消化管粘膜に侵入するまでの時間に依存し,発症までの時間の幅が広くなると考えられている 13。本症例では摂取から4日後にアナフィラキシーを発症している点が過去の報告に比べて長時間である点が特徴的である。一般的に,アナフィラキシーの多くはアレルゲン暴露後,比較的短時間で発症するものが多いが,アニサキスによるものを疑った場合には発症までの時間に幅があることを考慮する必要がある。また,本症例では外来受診時と入院当日に反復するアナフィラキシー症状と数日間持続する蕁麻疹を認めた。入院初日の症状についてはタラの摂取が影響した可能性は否定できない。ただし,その後も症状を繰り返した理由については,アニサキス虫体が死滅し体内に完全に吸収されるまでの間,アニサキス虫体がアレルゲンとして作用することでアレルギー反応を繰り返したことが原因と考える。以上から,ERでアニサキスによるアナフィラキシーを疑った場合には,遅発性アナフィラキシーを含むアレルギー症状の再燃があることを念頭に置いた経過観察,患者指導を行うことが必要である。 アニサキスアレルギー患者における食事療法について,一定の見解は得られていない。アニサキスアレルギー患者で調理した魚を摂取した際に蕁麻疹は完全に予防できなかったがアナフィラキシーの再発はなかったとの報告 14や,十分に調理すれば安全に食べられるとの報告 15もある。アニサキス症の予防には加熱(60℃以上で数分~数十分)や冷凍保存(–20℃以下で24時間~数日)が有効であるとされ,消化管アニサキス症での感染力はなくなるとされているがアニサキスアレルギーでは原因抗原が耐熱性を示すため抗原性は失活しないとされている。アニサキスは寄生した魚の死後に温度の上昇とともに内臓から筋肉内へ移動するため,新鮮なうちに内臓を除去することが重要である。アニサキスは第一中間宿主としてオキアミ類に寄生するため,オキアミ類を捕食しないアユ,イワナ等の川魚やタコは安全に摂取できると考えられる。また,先に述べたAni s3の交叉耐性の問題から,万全を期すのであれば,エビやカニ,回虫が寄生するホルモンやレバー類の摂取にも注意が必要である。患者に正しい知識を伝え,アレルギーの危険性と患者の希望を考慮し,個々の症例に応じて判断することが大切である。 アニサキスは魚介類摂取後の遅発性アナフィラキシーの原因となることがあり,アレルゲンの同定には,詳細な病歴を遡って聴取することが大切である。上部消化管内視鏡検査は治療方針を大きく変えることはないが,診断の一助になりうる。原因不明のアレルギー症状を繰り返す場合には,アニサキスアレルギーを念頭に置き検査を行うことと,適切な患者指導が必要である。 本報告に際し,開示すべき利益相反はない。

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