Abstract
急性大腸偽性閉塞症(acute colonic pseudo–obstruction: ACPO)は,明らかな閉塞機転や炎症性腸疾患などがないにもかかわらず急激な腸管拡張を来す疾患で,穿孔により手術を要することがあるが,腸管壊死を来すことは少ないとされる。今回我々は,直腸におけるACPOによる壊死型虚血性腸炎の1例を経験したので報告する。症例は93歳の男性,前日からの腹部膨満感と下腹部痛を主訴に搬送されてきた。患者は毎日排便がみられていたが,直腸内には大量の便が充満しS状結腸まで著しく拡張していた。腹部造影CTでは直腸壁は造影されており閉塞機転もみられなかったため,ACPOを考慮して可及的に便の摘出を行ったが,数時間後にショック状態に陥り緊急手術を必要とした。組織所見では壊死型虚血性腸炎を呈していたが明らかな血管閉塞はみられず,ACPOにより貯留した便が粘膜の圧迫壊死を来した原因と思われた。これまでACPOの多くは,S状結腸までの左半結腸に病変の首座を有し,横行結腸や上行結腸などの腹腔内の腸管が拡張する比較的予後の良い疾患とされていたが,直腸におけるACPOでは,周囲を骨組織に囲まれた骨盤腔内の腸管が拡張するため,腸管内圧の上昇から腸管の圧迫壊死を来しやすいものと思われ,より早期からの腸管減圧介入と厳重な経過観察が必要と考えられた。 Acute colonic pseudo–obstruction (ACPO) causes abrupt intestinal dilation, although intestinal obstruction and toxic megacolon are absent. Although ACPO rarely causes ischemic necrosis, we report a case of gangrenous ischemic colitis in the rectum due to ACPO. A 93–year–old male presented with abdominal distension and lower abdominal pain. He had daily bowel movements; however, we found large amounts of fecal matter in his rectum and a markedly dilated sigmoid colon. Contrast–enhanced abdominal CT showed well–enhanced rectal wall and no intestinal obstruction, but a few hours later he needed emergency surgery because of septic shock. Although histological findings indicated gangrenous ischemic colitis, vascular occlusion was absent; therefore, we suspected compression necrosis of mucosa due to ACPO. Most ACPO cases have a fair prognosis if the dilation is localized between the ascending and the sigmoid colon and remains within the abdominal cavity. However, because ACPO in the rectum causes intestinal dilation within the narrow pelvic cavity, increased intraenteric pressure may result in compression necrosis of the intestinal tract and worsen the condition, as was observed in this case. We believe that prompt bowel decompression and subsequent observation of patient progress are necessary for cases of ACPO with the dilation within the pelvic cavity. ACPOは非閉塞性に急激な腸管拡張を来す疾患であり,多くは保存的加療にて改善するものの,時に腸管虚血や穿孔により外科的加療が必要になる 1, 2, 3。発症からの時間経過や拡張した腸管径などを参考に治療方針が決定されるが,何らかの基礎疾患を有する症例や高齢者などの場合は,時に自覚症状や理学所見に乏しいことがある。今回我々は高齢者のACPO患者において,比較的早期に診断し得たが,その後,急激に全身状態が悪化し最終的には救命できなかった症例を経験した。病変の首座が直腸であるACPO症例は稀と考えられたため報告する。 患 者:93歳の男性 主 訴:下腹部痛,腹部膨満感 既往歴:高血圧,陳旧性脳梗塞,前立腺癌 内服薬:トラマドール塩酸塩,メロキシカム,エメプラゾール,タムスロシン塩酸塩,イルベサルタン/トリクロルメチアジド,ビカルタミド,バイアスピリン 現病歴:前夜からの下腹部痛と腹部膨満感にて発症し,自力での排便がみられたが症状の改善に乏しいため当院救急搬送となった。 来院時現症:意識は清明で自力歩行も可能であった。血圧97/59mmHg,脈拍85/分,整。体温36.2度,呼吸数23/分,SpO2 95%。理学所見上,下腹部は軽度膨隆しており,同部位の持続的な自発痛と圧痛を認めるものの筋性防御はみられず腸蠕動音は聴取された。直腸診では明らかな肛門狭窄や腫瘤性病変を認めず,黄色泥状便の貯留を認めた。 来院時血液検査所見:WBC 7,100/μL,Hb 11.6g/dL,BUN 39.1mg/dL,Cre 1.31mg/dLであったが,それ以外にはとくに異常所見を認めなかった。動脈血液ガス分析(室内空気)ではpH 7.359,PCO2 32.4mmHg,PO2 76.6mmHg,HCO3– 19.4mmol/L,BE –4.2mmol/L,乳酸5.4mmol/Lであり,腹部症状に伴う脱水から末梢循環不全と軽度の腎機能障害を来したものと判断した。 来院時画像検査所見:腹部レントゲンでは直腸からS状結腸にかけての腸管ガス貯留を認めた。腹部単純CT検査(Fig. 1)では直腸粘膜の軽度肥厚と直腸内の大量の便貯留,直腸からS状結腸までの最大径8.5cmに及ぶ著しい拡張を認めたが,明らかな狭窄部位は認めなかった。腹部造影CT検査でも,腸管粘膜の明らかな造影不良域や血管の途絶や閉塞を認めなかった。 Plain abdominal CT showed fecal matter filling the rectum but no stenosis from the rectum to the anal sphincter (arrow). 来院後経過:搬送直前にも排便はみられていたが,下腹部の膨隆および持続痛は直腸内の大量の便貯留が原因と判断し,可能な範囲で摘便を行うも症状の改善には至らず,さらなる排便コントロールを目的に入院とした。 入院後経過:入院後,輸液負荷による脱水の補正と緩下剤の内服や摘便を行うも,入院3時間後にショック状態に陥り急速輸液負荷と昇圧剤の投与を開始した(Fig. 2)。腹部造影CT再検では直腸壁内の嚢胞気腫像の出現と腹水の増量を認めたため,腸管壊死を疑って入院7時間後に緊急開腹術を施行した。 Changes in systolic blood pressure (sBP: continuous line), heart rate (HR: dashed line), arterial pH (pH: dotted line), and serum lactate (Lac: dashed spaced line) from admission to death. TAZ/PIPC: tazobactam and piperacillin 手術所見:開腹したところ混濁した悪臭を伴う腹水を認め,明らかな腸管穿孔は認めなかったが,直腸からS状結腸にかけての連続した壊死腸管を認めた(Fig. 3)。手術は壊死腸管を切除し,人工肛門造設術を施行した。切除標本で,直腸の漿膜面の色調は比較的良好で血流は保たれていたが,粘膜面の壊死は全周性かつ連続的にみられた。 Surgical findings indicated continuous bowel necrosis from the sigmoid colon to the rectum. 病理組織所見:粘膜面はほぼ完全に凝固壊死し,粘膜下層には強い浮腫とうっ血を認めたが,固有筋層の平滑筋には壊死が少なかった。虚血による腸管壊死の所見であったが,明らかな動脈内の血栓や塞栓は認めなかった(Fig. 4)ため,腸管内圧の亢進に伴う虚血壊死と診断した。 Histological findings indicated necrosis of the mucosa and loss of microvilli and extreme vascular congestion and edema in the submucosa, but virtually no necrosis in the muscularis propria. 術後経過:術後,集中治療室にて人工呼吸器管理下に,輸液負荷と昇圧剤の併用による循環管理,抗菌薬投与を行ったが,敗血症性ショックから多臓器障害を来し入院24時間後に永眠された。 ACPOはOgilvie症候群とも呼ばれ,1948年にOgilvieにより初めて報告された急激に発症する腸管の異常拡張を特徴とした疾患 1であり,腸管内に明らかな機械的閉塞がないにもかかわらず,腸管内容が停滞し腸閉塞症状を呈する。同様の状態を呈する疾患に中毒性巨大結腸症が挙げられるが,前者では何らかの器質的疾患や病態によって生じた交感神経系と副交感神経の不均衡が主病態とされる一方で,後者では炎症性腸疾患などにおいて炎症細胞から産生された一酸化窒素による平滑筋弛緩作用が主病態 4とされており,後者の診断基準や臨床経過は本症例には該当しなかった。 医学中央雑誌にて「Ogilvie症候群」もしくは「急性大腸偽性閉塞症」をKey Wordに検索すると,本邦では1984年以降,2015年までに自験例を含めて51例が報告されている。その多くは腹部手術後など入院治療中に発症しており,高血圧や脳梗塞など本症例と同じ既往歴を有する報告もみられたが,ACPOとの因果関係は不明である。また,本症例は数年来,前立腺癌の内服加療中であったが,これまでに副作用や同様の腹部症状の訴えはなく,腫瘍マーカーも基準値内で手術歴や放射線治療歴もなかった。過去の骨盤部CTと比較しても前立腺のサイズや肛門周囲組織に変化はみられなかったことなどから,服用薬剤や前立腺癌とACPOの関連性は低いと考えた。 本症例はこれまでに便秘の既往もなく,搬送直前まで自力排便がみられていたことから,大量の便貯留はACPOに伴うものと考えられた。ACPOの治療では速やかな腸管減圧が必要とされるものの,腸蠕動や排便がみられるため,腸管径が10cm以下の症例や強い腹痛を認めない症例では,発症後48–72時間は保存的加療が第一選択とされている 5。本症例での最大直腸径は8.5cmで発症24時間以内であったこと,腹痛も自制内であったことなどから保存的加療の適応と判断したが,極めて短時間のうちに全身状態が悪化し,病理診断にて壊死型虚血性腸炎と診断された。 壊死型を含めて虚血性腸炎の発症には,血圧低下や動脈硬化,微小血管攣縮などの血管側因子と,便秘やガス貯留による腸管内圧亢進などの腸管側因子が相互に関連している 6, 7。本症例における血管側因子として,来院時からの低血圧とその後に用いた昇圧薬による腸管の低灌流状態の関与も考慮され,非閉塞性腸間膜虚血(non–occlusive mesenteric ischemia: NOMI)との鑑別が必要であった。NOMIは心不全や循環血液量減少性ショックなどによる腸管の低灌流状態に起こる腸間膜動脈の攣縮が主病態であり,病変部位も上腸間膜動脈に多いとされる 8, 9。腸間膜の血管攣縮がランダムに起こるため,虚血部位は非連続性に斑状に発生する点が虚血性腸炎との重要な鑑別点 10とされ,手術所見や病理所見などからも本症例はNOMIには合致しない。低血圧や入院後の昇圧薬使用などの血管側因子の関与よりは, 腸管側因子として直腸内の大量の便塊による腸管内圧亢進が壊死型虚血性腸炎の発症に大きく関与したものと考えられる。 壊死型虚血性腸炎は致命率が高いことから早期診断が重要とされ,加瀬ら 11は早期診断における入院時のSIRS(systemic inflammatory response syndrome)スコアとSIRS持続期間の有用性を述べている。本症例では,入院時にSIRSの診断基準は1項目しか該当せず持続期間も短時間であったが,臨床所見などに乏しく,手術適応の判断が遅れた可能性は否めない。ACPOの多くは保存的加療にて軽快する比較的予後の良い疾患とされ,保存的加療に反応がないものや腸管径が10–12cm以上で6日間以上続くものは,腸管虚血や穿孔の危険性が高く外科治療の適応 5とされる。本邦の症例においても多くは初期に保存的治療が選択されており,緊急手術となっている症例の多くはACPOとしての手術適応ではなく,異常腸管拡張から腸管壊死や腹膜炎が疑われて開腹手術となり,手術所見とあわせて閉塞起点がないことからACPOの診断に至ったものが多かった。 これまでACPOの多くはS状結腸や横行結腸など周囲を比較的柔らかい組織に囲まれた腸管に発症するため,ある一定以上に腸管径が拡張するまでは合併症は起こりにくく,保存的加療が選択され手術適応に至るまでに時間的な猶予があった。ところが,ACPOでは少ない 3とされる直腸に発症した症例 12では,病変の首座が周囲を硬い骨性成分で囲まれた骨盤腔内にあるため直腸内圧が上昇しやすく,より早期に壊死型虚血性腸炎などを合併する可能性がある。本邦の報告例では,直腸に病変を認めたものは51例中6例(11.8%)とやはり少なく,多くはS状結腸などの他部位の腸管拡張が直腸に及んだ症例であった(Table 1)。またACPOから壊死型虚血性腸炎に至ったのは3例のみ 13であり,直腸に病変の主座を有し壊死型虚血性腸炎に至った症例は自検例のみであった。ACPOとは異なるが,巨大直腸を来す疾患において,腸管減圧などの治療的介入を要する腸管径は6.5cm以上とする文献 14もあり,自検例が8.5cmの拡張であったことを鑑みても,直腸病変ではより早期からの積極的な腸管減圧を考慮するべきである。 本症例は,術前の血液培養および術中の腹水培養はともに陰性であったが,手術所見や輸液抵抗性のショックなどの術後経過から,敗血症性ショックと診断した。エンドトキシン吸着療法などの血液浄化療法は,家族の強い希望もあり施行しなかった。高齢であるがゆえの所見の乏しさと,壊死型虚血性腸炎の早期診断・手術適応決定の難しさを痛感させられた1例であり,重篤な合併症の一つとして念頭におくべきである。 直腸におけるACPOによる壊死型虚血性腸炎の1例を経験した。直腸を病変の首座とする症例は,骨盤腔との関連で容易に内圧が上昇し壊死型虚血性腸炎へ進展する可能性があり,腸管減圧などの早期介入を要すると思われた。 本論文における利益相反は存在しない。
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